真相~②
彼女は驚きの表情を見せながらも、その可能性に気付いていたのだろう。ただ意識不明の重体に陥っている怪我人から、義足を外す確率は低いと考えていたのかもしれない。
佐々達としても、この情報を得られたのは偶然の産物だった。烏森が傷病休暇中に取った行動履歴で、一回だけ義肢装具士を訪ねていた件は把握していた。だが余り重要視をしていなかったのだ。
けれど全く期待していなかった編集長から連絡があった。本来なら取材している情報を、警察に流したりはしない。けれど内容が井ノ島個人の不倫関係という本来業務とは別の情報だった。しかも殺されかけた事件に関わっているのならと伝えてきたのである。
そうして決定的な情報を入手できた為、他にまだ調べきれていない盲点があるかもしれないと考えた。そこで思い出したのが義肢装具士だった。
さらには鑑識から、須依の白杖は取り外しができるだけでなく、不自然な空間があったとの報告を受けていた。それを聞いた時、彼女ならボイスレコーダーか何かを仕込んでいたのだろう、と軽く受け流していたと気付いたのだ。
そこで念の為にと的場の部下達に連絡して向かわせ、どんな用件だったか確かめさせたのだ。けれど内容はある程度予想していた通り、襲われた時にずれた不具合の調整だと分かった。
彼らは拍子抜けしたけれど、義足がどれだけ特殊で人それぞれにフィットさせる為、計り知れない労力を必要とするかなどを聞き出した。そこから佐々の指示通り、須依と同じ仕掛けが無かったかを問い詰めさせたのだ。
すると最初は言葉を濁していたが、警察相手に誤魔化しきれないと観念したらしい。義足の中にレコーダーを仕込むスペースがあると白状したのである。
そこで佐々は彼らに装具士を連れ、急遽病院へ向かうよう指示した。そしてまだ意識が戻らないままの被害者の足から義足を取り外させたところ、予想通りボイスレコーダーを発見したのだ。
幸いだったのは怪我が頭部のみだった為、体を激しく揺らさないように注意すれば、外しても構わないと医師の許可がでた点である。また専門の装具士の手で慎重に行った為、問題なくできたという。
その前から犯人は須依だと結論付けていたけれど、何故そんな事態になったのかだけが分からなかった。その為に彼女の家で肝心な部分を自白させようと、的場達とは前日に打ち合わせしていた。
しかし佐々は音声データを昨夜遅くに受け取りその必要が無くなったと判断した為、取調室に連れてきたのである。そう説明すると、完全に彼女は白旗を上げた。
「いいえ、少し違う。私は足を蹴り上げて、井ノ島君が持った右手のナイフを叩き落とそうとした。その行為を烏森さんが止めようとしていたのは確かだと思う。でも彼は躓いたの。咄嗟に立ち上がったから、義足が上手く動かなかったのでしょう。私は途中でその気配に気付いたけれど、蹴りは止められなかった。もし振り切っていれば、彼は即死していたかもしれない。それでも私が彼の頭を砕き、殺しかけた事実は変わらない」
そう話す彼女の目から涙が流れ出し、やがて泣き崩れた。やっと自白する気になったようだ。気は重かったが、これで全て明らかになる。
しかし今後被害者が命を落とすことになれば、少なくとも彼女を過失致死罪で逮捕しなければならない。胸の内では複雑な心境を抱えながら、落ち着くのを待って声をかけた。
「最初から何があったか、話をしてくれるな」
頷いたので質問をした。
「これまで話してくれた中で、違う供述をしたのはどこからだ」
「三人で昼食を食べ終わったところまでは全部本当。嘘をついたのはその後からよ」
彼女の説明によればレストランを出たのは十二時過ぎで、午後一時に井ノ島の部屋で取材する予定だったのは間違いなかったという。
しかしそこから彼女は部屋に戻るまでの間、烏森達が須依に隠れて何らかのやり取りをしていると気付いた。
そこで一旦は自分の部屋に戻る振りをして隠れ、二人がどう動くかを探ったらしい。すると烏森が自分の部屋に、井ノ島を招いている気配を感じたようだ。
約束の打ち合わせまでは時間がまだある為、一体何だろうとこっそり部屋の外から探ろうとした。その時ドアは開いていたという。
恐らく烏森は危険を察知したのかドアストッパーが使われ、ロックされていなかったからだと彼女は言った。それを聞き、そこに被害者の指紋が付いていた意味を佐々達は理解した。
その前からレストランで井ノ島がナイフを隠し持っていると匂いで察していた須依は、烏森が危ないと考えた。そこで静かにドアを開けて入ったという。
入り口から廊下の角の手前までは彼らの死角になっていた。おかげで気付かれずに二人の話を立ち聞きできたらしい。すると烏森が井ノ島と寺畑の関係について、新たな事実を掴んだと迫っていた。
直接的な言葉は口にしなかったが、詩織の耳に入れたくなければ須依に頭を下げ過去に犯した罪を謝罪するよう、暗に要求していたようだ。
けれど井ノ島はそれを拒否し、二人が言い合いになったところでナイフの匂いが強まった。
隠し持っていたものを取り出したのだと気付いた為、花瓶があると把握していた須依は、杖で引っかけ床におき足を突っ込み、ナイフを叩き落とそうとした。事前に入室した後、自分の部屋にもあると分かっていた為、武器になると確かめていたからだ。
位置関係や距離は気配で十分把握していた。自室と同じ間取りだったことや、ブラインドサッカー等で培った絶対的な空間認識力を持っていた為だろう。
井ノ島は前を向いて烏森を刺そうとしている為、背後から近づく須依に直ぐは気付かず反応できない。そう考え躊躇なく足を振り上げた。
もしかすると当たり方が悪ければ、井ノ島は大怪我をするかもしれないと思ったものの、烏森が刺されるよりはマシだ。それに井ノ島が二人を伊豆まで呼び出したのは、須依も一緒に殺すつもりだと確信した。その為頭に血が上り、余計に力が入っていたのだろう。
だから須依の姿を見て驚いた烏森が、意図を察して止めようと立ち上がったようだ。そこまでの気配を感じ、躓いて前のめりになったところまでは把握できたらしい。
だが体は思うように動かず、気付いた時には足に嵌めた花瓶が烏森の頭を直撃していたようだ。
「頭だけは冷静で、何が起こったのか直ぐに分かったけれど体が動かなかった。足に伝わった感触で、彼が相当なダメージを負ったと理解できたから」
もし井ノ島が度胸の据わった悪党、または機転が利いていたなら、須依はそこで刺し殺されていたかもしれない。そうすれば当初の予定通り、外部からの侵入者が二人を殺したと思わせられたはずだ。
しかし倒れた烏森の頭から流れる血を見て怖気づいた。佐々が考えたように、彼らを狙う反社なら花瓶が凶器では疑われてしまう為に計画を中止し、一旦逃げた訳ではなかったのだ。
その証拠に彼は言った。さらに気が動転していたのか、慌てて色んな所を拭き始めたという。
「み、見つかる前に、ここから逃げるぞ。君の部屋がいい。二人はずっとそこにいたことにしよう。お互いがアリバイを証明すれば、犯人は俺達以外の誰かになる」
これは烏森の義足に仕込まれたレコーダーでも確認されている。須依はその際手を引かれ外に連れ出されそうになった為、瞬時に白杖で受話器を叩きフロントに電話をかける事しかできなかった。だからそのまま井ノ島の指示通り、須依の部屋に入って口裏合わせを始めたようだ。




