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罠~④

 受話器を置き、再びパソコン画面を凝視する。これまでの捜査でも明らかになりつつあったが、ここに記載されている内容はかなり詳細かつ決定的な証拠だった。

 今頃これと同じものが、もう一人の元へ届いているに違いない。けれど送られた時間やタイミングを考えれば、まだ目は通していないだろう。

 どちらにしても、これがあれば事件は解決に向かうはずだ。けれど条件がまだある。それは被害者の命が維持されていることだ。

 再び祈りながら、佐々は的場達の到着を待った。データの中で確認すべき最も大切な部分は全て頭の中に入れた。後は彼らと相談しながら、どう活用すべきかを打合せしなければならない。

 後はこれから行われる事情聴取で、新たな事実が確認できるかどうかだ。それまでまだもう少し時間がある。そこでもう一度、これまでの捜査を振り返ってみた。

 その時、先端の石突の分析をする為に須依の白杖を預かった際、鑑識が発見した報告について思い出す。また被害者の傷病休暇中における足取りの中のある行動が頭に浮かんだ。

 今日突然舞い込んだ情報のように、先入観が阻害要因となってはいないか。無理だとか関係ないと思い込んでいたものが、そうとは限らなかったのだ。よって確認すべき点は、全て押さえておくべきだろう。

 今からでもまだ遅くない。佐々は懸念を払しょくする為、今度は東京と伊豆にいる的場の部下達にそれぞれ連絡をして指示を出した。  

 これで思いつく手は打ったはずだ。後は結果を待つばかりである。そこで頭を切り替え、目の前にある未決書類に再び手を伸ばし通常業務に戻った。

 重要でない書類などない。そう言い聞かせながら文字を追い押印する。その作業を淡々とこなしながら、佐々の心は()いていた。

 それが落ち着いたのは、伊豆から戻った彼らが部屋を訪ねてきてからだ。須依を一旦取調室に連れて行ったが、長時間の移動だった為に今は女性警官の監視の元、体を休ませているという。

 佐々は机から移動してソファに腰かけ、彼らと改めて情報のすり合わせを行う。そうして方向性は固まった。ここまで彼女を連れてきたけれど、今日はもう時間が遅い。

 現時点だと彼女は井ノ島に襲われた被害者であり、任意の取調となる。よって核心に触れる聴取をするには長く拘束できないと考え、聴取は明日にすると決めたのだ。

 もちろん監視を続けるが、彼女に逃亡される可能性は低い点と、部屋に帰宅させれば例のデータに目を通す可能性が高い。それから取り調べをした方が、より効果的だという狙いも含まれていた。

 念の為、病院に待機する県警の刑事と連絡を取り、被害者の容態に変化はないか確認した。危険な状態は変わらないが、幸いにもまだなんとか命はとりとめられているという。

 急変した場合は直ぐに連絡を入れてくれるよう、改めて依頼をしてから解散した。もう外が暗くなり始めていたからだ。

 その為須依を家まで送り届けるよう彼らに指示し、明日の朝再び彼女の部屋を訪問し迎えに行くと伝え、彼らにもそのまま帰宅するよう伝えた。

 というのも明日に備え、少しでも体を休ませる必要があったからだ。特に彼らは緊張を強いられる尾行をしつつ、東京と伊豆を往復している。

 二人共体力に自信はあるだろうが、気力を充実させる為にも一定の休息は不可欠だ。しかも全てに決着を付けられるかどうかは、明日の聴取にかかっている。

 佐々はそのまま明日に備え事務仕事を続けつつ、最後に出した指示の結果連絡を待っていた。するとまたもや期待以上の報告を受け取ったのだ。

 その為データの送信を依頼し、届いてから急いで内容の確認を行った。よって気付けば日をまたぐ時間になっていた。そこで滅多にないことだが、今日は帰宅せずこの部屋で休もうと決めた。

 佐々は皺にならないようスーツを脱ぎ、電気を消してソファに横たわり、常に準備をしている毛布をかけ目を瞑った。

 脳がまだ興奮していたのか、しばらくはなかなか寝付かれなかった。それでも疲れていたのだろう。知らぬ間に眠っていたらしく、いつの間にか外は明るくなっていた。

 気温はまだ低めながら、日射しは既に初夏を思わせる強さだ。時間を確認すると、まだ準備するには早い時間だったが、二度寝する気にならず体を起こす。そうしてトイレに向かい、洗面台で顔を洗って歯磨きをし、髭を剃った。

 いつでも外出できるよう身なりを整え、席について昨日の続きで書類に押印し始めた。九時を過ぎれば事務官を通じ、また新たな書類がドッと持ち込まれるはずだ。しかしその頃は席を外している。

 よって今日中に済ませられるものは全て処理しようとした。残り僅かの書類を何とか片付けたところで、的場達との待ち合わせの時間がやってきた。

 必要書類を入れたカバンを手にし、執務室を出てエレベーターで降りる。地下駐車場に向かうと、既に二人は待っていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 的場と大山が同時に頭を下げた。

「おはよう。早速行こうか」

 そう声をかけると彼らは頷き、大山が運転席へと回る。的場は後部座席のドアを開け、佐々に座るよう促してくれた。

「ありがとう」

 礼を言うと彼は再び頭を下げてドアを閉め、助手席に座った。それぞれがシートベルトを締めたところで車が発進する。目的地に向かう途中の車内では、しばらく沈黙が続いた。

 二人は緊張しているのかもしれない。特に的場は須依を良く知る人物の一人だから余計だろう。

 そこで彼らに告げなければならない件があったと思い出す。重い空気を払拭する意味も込め、前に座る二人に話しかけた。

「昨日は須依を送った後、そのまま家に帰ったか。良く寝られたか」

 互いに視線を交わした後、大山が先に口を開いた。

「はい。参事官はどうでしたか」

「帰るのが面倒だったから、久しぶりに部屋で寝たよ。それでも十分睡眠はとれた」

「え、ソファで寝られたのですか。もしかしてあの後まだ調べ物でもされていたんですか」

 驚いたのか振り向いてこちらを向いた。運転している大山も気になったのだろう。バックミラーに映った視線と目が合った。その様子に苦笑しながら答えた。

「直ぐに寝たよ。いざという時に備え、毛布などの宿泊セットが用意されているからな。そう心配しなくていい。俺だってお前達と同じく、捜査本部が忙しい時は柔道場や会議室などで雑魚寝(ざこね)していたんだ。あの時と比べれば、個室のソファなんて贅沢過ぎる」

「それでも参事官の官舎は、直ぐ近くでしょう」

「どうせ寝に帰るだけならどちらでも同じだ。下手に家族を起こしても迷惑だしな。大山はまだ独身だからいいけど、的場はどうだ。子供の寝顔を見たか。まだ小さかっただろう」

「すみません。ここ最近遅かったので、久しぶりに話をしました。四歳と二歳になります。参事官のお子さんはおいくつでしたか」

「もう十四歳で中二だ。俺もそうだったが、親なんて面倒な年頃だからいない方が気楽だろう。それは家内だって変わらないよ。亭主元気で留守がいい、っていうのはいつの時代も同じだ」

「そんなものですかね」

「大山も結婚すれば分かる。もちろん独身のままでもいいし、子供がいなくたってそれはそれでありだ」

 そんな雑談をして彼らの気分を和らげてから、昨夜得た追加情報について話している内に須依のマンション近くまで来た。その為大山が彼女を見張っている刑事に連絡を入れ、間違いなく部屋にいるかを確認した。

 どこにも出かけていないとの返答を得て、やや離れた場所にある駐車場へ停めて車を降りた。そこから歩いて向かい、マンションの入り口に立つ。

 事前の打ち合わせ通り、佐々が彼女の部屋のインターホンを押した。時間は朝の八時ぴったりだ。訪問としてはぎりぎりのタイミングである。

 少し間があった後、応答があった。

「はい」

「須依さんのお宅でしょうか」

 念の為にそう伝えると、戸惑いの声が帰って来た。

「はい、そうですが。もしかして佐々君なの」

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