殺人未遂事件~⑤
そういうが、一泊一部屋五万円以上はするらしい。日帰りで押さえたとしてもそれなりの金額がかかるだろう。常連価格があるとしたって、都内のホテルなどの会議室を取ればずっと安く済むはずだ。
しかしその点を問い詰めても、金はあるとか安心できるからと逃げられるだろう。その為次の話題に移るよう指示した。的場は黙って頷き質問を続けた。
「あなたは被害者達が到着した際、先にいたと聞きました。いつここに来られましたか」
「昨日の金曜日の夜です。八時過ぎに仕事を終えてその足で車を運転し、チエックインしたのは夜十一時頃だったはずです。これはフロントに確認して貰えば分かるでしょう。警察にはもう何度も説明していますよ」
もちろん佐々達もそう報告を受けている。苛つき始めた彼だが、繰り返し聞くことで説明が変わったり、矛盾が生じないかを確かめたりするのが警察のやり方だ。よって的場は平然と対応した。
「すみません。これが仕事なものですから。しかし車でも移動時間は二時間半前後と余り変わらないのですね。ちなみに前日入りしたのは何故ですか。被害者達と合流してからの行動も教えて下さい」
この質問も何度かされているはずだ。彼は大きく溜息をつき、諦めた様子で説明し始めた。
「それは当然、気分を落ち着かせゆっくりする為ですよ。アポを土曜日にしたのだって翌日は会社が休みだし、折角の機会なので体を休めようと思ったからです。事件が起こってずっと落ち着かない日々が続き、心身共に疲れも溜まっていましたから」
「それは一時期、あなたに容疑がかけられていたからですか」
「もちろんそれもあります。それに寺畑さんが逮捕された後、社内はざわざわしていましたからね。部長も交代したので、代理の私は引き継ぎの手伝いを含め忙しかったし、何かと気が休まらない日が続きましたから」
佐々も気付いていたが、的場はすかさず矛盾点を突いた。
「ほう。おかしいですね。被害者達と昼食を取られていた際の話題で、あなたは言ったそうじゃないですか。元々漏洩事件と関係が薄い経理部では特に動きはなく、余り影響が無かったと」
彼は分かりやすく狼狽していた。
「そ、それは最も影響を受けた営業辺りと比べれば、です。それに忙しいと口にしたら、何故だとかどんな状況なのかと下手に追及されかねません。だからそう答えただけです」
「なるほど。実際は違ったけれど、表面上そう答えたのですね」
「そ、そうですよ。あと、なんでしたっけ。ああ、合流してからどうしたか、でしたね。元々取材は午後と考えていたので、彼らがお昼前に到着してから早めの昼食を取りました。そこで多少は身構えていたのですが、何故か烏森さんはほとんど何も話さなかったですね。須依ばかりがいくつか質問をしてきました」
慌てて話題を変えた様子を訝しく思いながらも、彼は話を続けた。
「そのようですね。あなたはどう思いましたか」
「不気味でした。烏森さんからお昼前に到着する予定と聞きましたが、取材の開始時間は特に決めていませんでした。だから彼はすぐにでも始めたかったのかもしれません。しかし私がランチの後に時間を取るので、部屋に戻ってからにしようと提案したのです。それが気に食わなかったのか、少し不機嫌でしたね」
「それだけですか」
「午後で部屋に戻ってからとは言いましたが、食事中にあれこれ聞かれると覚悟していたところ、何も発言しなかったのがかえって不安に感じました。それと須依は何を取材するのか余り把握していないように思ったので、なおさら疑問を持ちました」
「それでその後どうされましたか」
「十二時過ぎにレストランを出たので、取材は一時から私の部屋ですると約束をし、一旦解散しました。少し休んでからという口実を使いましたが、本音は取材が始まる前に須依からどういう内容を聞くつもりか、探る為の時間稼ぎをしたのです」
「それで須依さんの部屋を訪ねたのですね」
「そうです。でも彼女は何も知らない、と言い張りました。そうかもしれないと予想していましたが、ますます心配になりました。だから聞いていなくても、何か心当たりはないのか、気付いたことがあるだろうと問い詰めたのです。でも彼女は頑なに話さなかった。そんなやり取りをしている間に、だんだん約束の時間が迫って来たので焦っていた所、外が騒がしいと気付いたのです」
そこからの話は須依の説明と同じで、全く齟齬はなかった。よって事件が起きるまでの時系列の確認を終わらせた。これ以上は新たな証言などが出ない限り、同じ答えしか返ってこないだろう。
その為的場達は夜遅くに申し訳ないと謝罪した上で、他の宿泊客の事情聴取にも取り掛かった。
けれどこれと言った怪しい人物や、おかしな言動は発見できなかった。確認できたのは、事件発生より三十分前にそれぞれ全員が部屋にいて、外に出ていないと証言した点だ。
それは同部屋の人以外と会っていない事を意味し、彼らのアリバイを不明確にした。その為に余計、事態を混乱させたのだろう。また事件発生時の前にも、外で何か物音を聞いたという人は誰一人いなかったのである。
的場が嵌めたカメラを通して見たが、従業員にも確認した所、それぞれの部屋は最低でも十メートル以上離れていた。よってちょっとした足音程度なら、全く気が付かなくてもおかしくはない。
つまり誰にも気づかれず被害者の部屋に近付き、彼を襲って逃げた人物がいた可能性は十分に考えられるのだ。
しかし的場達に現地入りさせこれまでの捜査情報を見聞きし、この事件に多くの不可解な点があると改めて理解した。




