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次なる取材~⑤

「ですからどこでその情報を手にいれ、そう推理できたのですか」

「それはお答えできません。しかし二課でも彼女に的を絞っていたはずです。だから彼女が退社するのを数人で待ち構え、行動確認を行っていた。だから私達はどういう顔をしているのか知らない彼女が、寺畑だと気付いたのです」

 自らの行動が須依達にヒントを与えてしまったと、ようやく気付いたらしい。そこで余り追及しすぎれば、二課全体に責任が及ぶと心配したのか話題を絞った。

「では何故彼女が犯人だと目を付けたのかだけでも教えて下さい」

「消去法です。まず井ノ島竜人のパソコンが今回の事件に使用されたと確認し、直接彼と話して犯人で無いと判断しました。それは何故かと問われても、声を聞けば嘘をついているかどうかが私にはある程度分かるとしか答えようがありません。しばらく会っていませんでしたが、それなりに付き合いは長かったですからね」

「なるほど。あなたの耳がかなり高い精度を持つとの噂は聞いています。でもそこから寺畑にどう辿り着いたのですか」

「犯人でない彼のパソコンを使った動機を考えた時、真っ先に浮かんだのが怨恨の線です。しかし井ノ島を嵌めようとしたのなら、余りに短絡的だと思いました」

 中条部長も容疑者の一人に挙がっている点から、彼を恨む人物の仕業ではないかと睨み、寺畑を疑うまでに至る経緯を説明した。もちろん今夜における二課の動きを察知し、確証を得たとも付け足す。

 彼は沈黙した。恐らく渋い顔でもしているのだろう。事情聴取した結果をどう上に報告すればいいかと頭を悩ませているに違いない。

 そこで須依は先手を打った。

「彼女は私達の前で罪を認めたのですから、今日中に逮捕されるのでしょうね。そうでないと、十時までに解放しなければならなくなりますから」

「捜査に関してはお話しできません」

「そうですか。でも今日私達がここを出たら、先程目の前で起こった件は記事にさせて頂きますよ。逮捕するかどうかを教えて頂けないのなら、単に外で待機して彼女が時間までに出てくるかを確認するだけで済みます。ですから隠しても無駄ですよ」

「だったらそうすればいいでしょう」

 当初とは異なる不貞腐(ふてくさ)れた態度で応じられた為、反撃に出た。

「だったらそうします。ただしそちらがそんな対応をするのなら、こちらにも考えがありますよ。逮捕に至るまでの経緯を詳細に掲載します。もちろん今夜の二課の動きについても書かざるを得なくなるでしょうね」

「い、いや、それはちょっと待って下さい」

 自分達の失態がスクープの元になったと公表されれば、その記事を見た上層部から二課は確実に叱責を受ける。それを恐れたらしい。

 優位に立った須依は首を振った。

「いいえ、待ちません。第一ここへ私達を呼んだのは、事情聴取だけでなく捜査協力をさせる為だったのではないですか。これまでの事件だって、こちらが先に掴んだ情報があればそちらにお伝えしてきました。その見返りと言っては何ですが、捜査の進捗状況を教えてくれたじゃないですか」

「それは状況によるでしょう」

「いいえ。今回の件で話を聞いておきながら、何も言わないのはアンフェアです。何も全ての捜査情報を教えて欲しいなんて言っていないでしょう。伝えられる範囲内の必要最小限の情報で構いません。それが無ければ、こちらもこれ以上協力できませんよ」

 強い口調で迫ったからか、彼は渋々ながら口を開いた。

「分かりましたよ。その代わり、今夜の件で二課の動きを察知し寺畑を特定できたという記事だけは勘弁して下さいね」

「それは情報次第です」

「そんな、」

 彼の言葉を打ち切り、須依は早速尋ねた。

「まず今夜、寺畑の行動確認をして彼女が帰宅するのを確認し、明日の朝に同行を求める予定だった。それで間違いありませんね」

 少し間を空けたが、否定できないと判断したらしく同意した。内心では驚いた。まだ捜査はそこまでに至っていないのではと疑っていたからだ。

 それでもそんな素振りは見せず、堂々と鎌をかけた。

「つまり今夜の時点で、彼女が最も疑しいまたは犯人だと示す、角度の高い証拠を掴んでいたのですね。だから任意同行で事情聴取する時間をたっぷり確保する為、今日ではなく明日声をかける予定だった。違いますか」

「その通りですよ」

 彼は半分投げやりな態度で答えた。思っていた以上の収穫を得て喜んだが、まだ続きがある。

「つまりまだ逮捕状が取れるまでの証拠は、現時点でなかった。だったら、どこまで掴んでいたのですか」

「そ、それは」

 彼が答えを躊躇した為、話しやすいように質問した。

「彼女のターゲットは中条部長で間違いないですね。それなら彼女が彼を恨む証言はいくつか取れた、またはパワハラやセクハラをしていた証拠を掴んだのではないですか」

 これなら肯定か否定だけで済む。彼は前者を選んだ。これは須依達の推理が正しいかどうかの確認に過ぎない。この先は、手に入れていない情報を更に得たいところだ。

 そこでさらに尋ねた。

「彼女の目的は不正アクセスすることで、上司に責任を取らせるよう仕向けたと二課はお考えですか。あの会社はブラック企業で知られていますし、体質も古いと問題になっています。まともにパワハラなどで訴えても取り合って貰えない。そう考えて今回の計画を立てた。違いますか」

「それはこれから聴取が進まないと分かりません。しかしそう考えているのは確かです。それにあなた達が彼女に対しそう問い詰めた際、認めたと聞いています。だから間違いないでしょう」

 彼らはそれを裏付ける、何らかの証拠ないし第三者からの証言を得たのだろうと推測できた。しかし問題はここからだ。

「しかしそれにしては周りくどい手ですね。外部からの不正アクセスと内部からアクセスした時間は、どの程度差があったのですか。かなり間が開いていたのなら、余り問題にはならなかったかもしれませんよね。それなのに情報流出事件を担当する二課が、この件でも動いていた。つまり関連性があると考え得るタイミングだったのではないですか」

 これも肯定か否定だけで済んだからか、彼は素直に答えた。

「そうです。時間差がどれだけあったかまではお伝え出来ませんが、関連しているとしか思えなかったとだけ言っておきましょう」

「だったら彼女はどうやって、外部から不正アクセスされ情報漏洩した件を知ったのでしょう。おかしいですよね。経理部の一社員が、そのような重大問題を知り得る立場にあったとは思えません。考えられるのは、不正アクセス自体に彼女が関わっていた場合です。そうですよね」

 彼は沈黙した。それが肯定を表す態度だと察する。可能性の一つとして頭の片隅にはあったものの、確率は低いと思っていたが違うようだ。そこでハッとした。

「まさか彼女が情報漏洩をした犯人だなんて言いませんよね。もしかしてアクセスしただけでなく、情報も抜き取られていたのですか」

「それは家宅捜索等で彼女が持つパソコン等を押収し分析しないと、定かではありません。よって現時点ではお答えできかねます」

「待って下さい。あれだけの大企業に外部から不正アクセスするなんて、余程の技術が無ければできないでしょう。彼女はそれだけの能力を持っていたというのですか。単独犯だなんていいませんよね」

「彼女に共犯がいるかも、これからの捜査次第ですのでお答えしかねます。彼女が供述するか、家宅捜索の結果を待つしかありません」

 冷たく突き放す彼の言い分に、違和感を持った須依は聞いた。

「少なくとも彼女は高いハッキング能力を持っている。そう考えていいのですね」

 再び答えを躊躇した彼は、否定をしなかったが質問を遮り始めた。

「無かったとは言い切れませんが、もうこれくらいにしましょう。詳しくは今後の捜査の進捗次第です。それより須依さん達が取材して得た中で、私達にまだ隠している情報はありませんか」

「ほぼ全てお話ししたと思いますが、あるとすれば井ノ島竜人の妻の詩織は八乙女財閥の娘で、彼はそのコネで不動産会社から今の会社に転職したという点でしょうか。だから当初今回不正アクセスした犯人は、八乙女財閥に恨みを持つ者の可能性はないかと疑っていました。二課では捜査しなかったのですか」

「その筋はこちらでも検討済みです。しかし薄いと判断しました。それより濃い筋が出てきましたからね」

「それが寺畑さんですか」

「まあ、そうなりますね。他にはありませんか」

「ありません」

「それではお伺いしますが、先程身体検査をした所、あなたは取材で必要な物をスマホ以外何一つ持っていませんでした。つまり車の中に置いてある。そうですね」

「はい。ノートパソコンなどは置いてきましたよ。それが何か」

「その言葉が本当かどうかを確認する為に、車の中を見せて頂けませんか。また今回の取材した情報があるか、確かめたいのですか」

 須依は即答した。

「それはお断りします。他に取材したデータもありますのでお見せ出来ません。これは捜査協力拒否ではないですよ。あくまで記者としての守秘義務があるからです。捜査令状が無い限り無理ですね」

「任意で提出して頂く訳にはいきませんか」

「できません。それに車のキーは烏森さんが持っています。私には開けられません」

 そう告げると、彼は背後にいた女性警察官に何か耳打ちしたようだ。彼女は部屋の扉を開け、外で待っていたらしき人物に話かけると、どこかへ走って行く足音が聞こえた。

 恐らく烏森にも同様の要求をしているに違いない。だが事情聴取で何を口にしてどう話を進め相手から情報を得るかは、ここに至るまでに打ち合わせ済みだ。

 当然車内の捜索や所持品の提出拒否も示し合わせていた。よって警察が何を言おうと相手の要求に従うことはない。例えば須依が承知したと烏森に嘘を言って、車を開けさせようとしても無駄である。その点は抜かり無かった。

 しばらくすると人が入ってきて、大山に耳打ちをした。そこから漏れた声からは、烏森も同様に拒否していると告げていた。分かってはいたものの、須依は胸を撫で下ろす。

 腕の時計を耳に当てて時間を確認する。もうすぐ九時になろうとしていた。そろそろ引き上げ時だろう。相手からこれ以上情報を引き出すのは無理そうだ。

 そこで最後に聞いてみた。

「ところで先程の約束ですが、寺畑さんは逮捕されましたか」

 期限の十時まで時間はそうない。また家宅捜索等からさらに事情を聞くには、そろそろ逮捕状を取っていなければならない時間だ。

 大山は答えたくなさそうだったが、拒否すれば二課の失態を記事に書かれてしまうと考えたらしい。よって教えてくれた。

「少し前に逮捕状を取ったようです」

「有難うございました。ではそろそろ失礼していいですか。もういい時間でしょう」

「いや、ちょっと待ってください」

 それでも須依は席を立って言った。

「もう一時間ほど経ちましたよ。これ以上何を聞くおつもりですか。それとも明日の朝刊に出す記事で、不当な拘束を受けたと追記してもいいのですか」

「わ、分かりました。その代わりそちらも約束を守ってくださいね」

「もちろんです。二課の刑事さん達のおかげで寺畑さんを発見できた為に問い詰め、罪を求めさせたなんて絶対に書きませんから」

 絶句する彼を残し、須依は白杖で確認しながら出口へと向かった。女性警官がドアを開けようか迷っている気配を感じたが、無視をして自分で開け外へ出た。

 そうして解放された須依は、同じく出てきた烏森と合流し車に乗り込み、東朝新聞社へと向かった。二人の後を追う警察の姿は全くなかった。

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