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次なる取材~③

 いきなり逮捕まではされなかったようで、彼女は二人の刑事に連れて行かれた。その様子を伺っている間に烏森が囁いた。

「まずい。他の刑事がこっちに来る」

 そこで背後から声をかけられた。

「すみません。警視庁の者ですが、あなた方も一緒に来ていただけますか」

「私達が何をしたと言うんですか」

 抵抗を示した彼に、刑事らしき男が言った。

「分かっているでしょう。お宅ら記者だよね。先程寺畑を問い詰めていたじゃないか。余計な真似をしてくれたもんだ。おかげで今夜、彼女に事情を聞かなければならなくなった。その件であんた達にも話を聞く必要がある。署まで同行して貰おうか」

「あくまで任意ですよね。しかも何か容疑がかっている訳ではない。違いますか」

 須依が強い口調で反撃した為、相手は怯んだらしい。横柄な態度が少し和らいだ。

「もちろんそうです。捜査にご協力頂けますか」

「分かりました。でも私達は車で来ています。それに乗って、刑事さん達の後をついていけばいいですよね。それとも事情聴取が終わった後、ここまで送ってくれますか」

 署を出たら勝手に帰れと言うのが通常だ。よって彼らがそうした親切な真似はしないと知った上で告げたところ、彼は躊躇した。

「いや、それは。このまま私達の車に乗って貰わないと、」

「逃げませんよ。それにあなた達も複数台で来ているんじゃないんですか。心配だったら、前と後ろで挟むように移動すればいいでしょう。それでも駄目だと言うのならお断りします。だってこれは任意同行で、しかも捜査協力の依頼ですよね。何時頃に署を解放されるかどうか分からないのに、そこからタクシーでも拾ってここまで戻れと言うんですか。そんな勝手な言い分はないでしょう」

 抗議された刑事も困ったらしく、二人で相談をしてから言った。

「では念の為、お一人はこちらの車に乗って下さい」

 しかし須依は即座に首を振った。

「いえ、それもお断りします。運転できるのは彼だけですから、私が乗るしかありません。でも目の見えない女性の私に、あなた達が車内で何をするか分かりません」

「何もしませんよ」

「いいえ、断固としてお断りします。私のような視覚障害者は、これまでもどさくさ紛れに胸やお尻を触られるなどの被害に遭っています。中には政治家や官僚の方もいました。だから例えあなた達が警察でも信用できません。事情聴取の際、女性警官が同席していない場合も拒否します」

 これは誇張でなく、紛れもない事実である。視覚を失い始めたばかりの頃は痴漢に遭遇した時、初めて味わう経験に体が硬直したものだ。

 けれど財務官僚によるセクハラ問題で知られた通り、意外と女性の政治記者は昔から多い。一昔前の官僚の幹部は言うまでもなく、圧倒的に男性ばかりだった。

 よって女性記者の方が口を滑らせやすく、重要な情報が取れる場合が少なくないと考えられていたからだろう。馬鹿な話だと思われるかもしれないが、今現在もその風潮はあまり変わらない。

 かつて告発した女性記者のように、須依自身も政治家や官僚達から夜遅く呼び出され、食事をした経験など当たり前のようにあった。もちろん今でいうセクハラだってよく受けたものだ。 

 そのような体験と持ち前の負けん気から、須依は直ぐに対策を練った。胸ポケットと白杖に、必ず小型のカメラ付きボイスレコーダーを装備し、いつ酷い目に遭っても通報して逮捕できるよう備えたのである。

 だがそうした受け身の姿勢はやはり性に合っていなかった。そこで感覚を研ぎ澄ませ、事前に対処できるよう特訓までしたのだ。

 若気の至りでもあった。実際、胸を触ろうとしてきた同業者を組み伏せた事がある。そいつは須依が健常者だった頃から、やたら突っかかってくる男だった。

「お前、目が見えないくせにまだ記者の真似事をやっているのか」

 以前、彼らを出し抜きスクープをものにしたからだろう。だが須依は引き下がることなく言い返した。

「じゃあ、その真似事にも及ばないあなたは素人以下の給与泥棒ね」

「なんだと」

 そう言って真正面から須依の胸に手を伸ばしてきた為、半身でかわし、腕と手首を捻りながら体重をかけて地面に叩きつけたのだ。

「い、痛い、や、やめろ、離せ」

 手応えから、少なくとも打撲もしくは脱臼させた感触があった。近くにいた烏森を含め、周囲の人達の仲介もあり事なきを得たが、その後病院で診断を受けた彼は骨折していたとの話が広まった。おかげでそれ以来、須依におかしな真似を仕掛ける同業者はいなくなったのである。

 とはいっても年齢を重ね、以前のように直ぐ反発し歯向かえば時に余計なトラブルを招くと学んだ。よって今では余程でない限りクレームをつけないよう心掛け、出来るだけ大人しくしている。

 ただ今回だけは従えない事情から、須依は強気に出たのだ。

「ちょっと待ってください」

 即答できない彼らは無線を通じ、誰かの指示を仰いでいた。しばらく揉めていたようだが、無理を押し通せる相手で無いと判断したらしい。結果須依の要求は、渋々ながら受け入れられたのだ。

 駐車場まで戻り車に乗って道路に出たところ、覆面の警察車両らしき車が二台待機していると耳打ちされた。運転席に座っていた烏森が、前の車に寺畑らしき女性が乗っていると教えてくれた。恐らくその車に続けば、もう一台が後をついてくるのだろうと呟いた。

 車がゆっくりと発進し、彼の言った通りの並びで走り始めたと説明されたところで、彼に告げた。

「彼女が警察に連れて行かれた時の様子、撮影していましたよね」

「ああ。須依が車で移動する条件を付けてくれたおかげで助かった。あのままだったら署に着いて持ち物検査された時点で、取り上げられていただろう」

「そうだと思って、ああ言ったんです。会話を録音していたレコーダーも、隠しておいた方がいいですよね」

「須依の物は白杖の中だけど、発見されるかもしれない。念の為車の中に隠した方が良さそうだ。俺が手持ちしていた物は座席の下に隠した。しかしいくらなんでも、義足に仕込まれているやつは大丈夫だろう。今は録音をオンにしていないし、取り出すにも時間がかかるからな」

 須依と同様、彼も障害者を隠れ(みの)にしたレコーダーを所持している。ただし須依の場合とは違い、いちいち義足を取り外して切り替えしなければならない分、使い勝手が悪い。ただ事前準備さえできていれば簡単には見つからない為、秘密の録音には適していた。

「分かりました。ダッシュボードの中でいいですか」

「そうしてくれ」

 彼の指示通り白杖を捻って中のボイスレコーダーを取り出し、ダッシュボードを開けて中へ入れた。捜査令状など無い中、刑事達もさすがに車の中まで手は出せない。その為に須依は、車で後から付いていくとごねたのだ。

 ただでさえ渡辺から話を聞けなくなり予定が狂ってしまったのだから、せっかくのスクープネタを取り上げられては困る。

 しかしそれは刑事達も同じだったに違いない。あの口振りではやはり予想していた通り、明日の朝以降に任意同行をかけ、時間をかけ取り調べをした上で逮捕状を取るつもりだったのだろう。

 それが須依達のせいで、計画を前倒しにせざるを得なくなったのだ。それでも須依達の追及により、寺畑は罪を認めたと言える。よって白通が既に提出している被害届に応じ、今夜中には偽計(ぎけい)業務(ぎょうむ)妨害(ぼうがい)の疑いで逮捕できるだろう。

 そうすれば四十八時間という制限はかかるものの、任意の事情聴取とは違い朝早くからでも取り調べができる。その間に家宅捜査も済ませられれば、送検できる程度の証拠は揃うはずだ。

 須依達の前で認めたくらいだから、今更下手な反抗はしないと思われる。よってある意味、彼らの手間を省いてやったとも言えた。

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