詩織との接触~⑤
「何かし忘れている質問はありますか」
「いや、特にない。彼女の反応を見ても、これ以上は何も出て来ない気がする」
彼が同意見であり時間もそろそろ昼に近づいていた為、席へと戻った須依は口を開いた。
「長い間、お邪魔したわね。もうそろそろお昼になるから、失礼させて貰うわ」
そう告げると、彼女は立ち上がり言った。
「そうして頂戴。あと約束して。もう二度と彼や私に近づかないで」
再び嫌悪感を露にしたが、須依はすげなく答えた。
「それは約束できかねるわ。あなたはともかく、警察がまだ竜人さんに目をつけているから。今回の件に全く関係無いと分かるまで取材を続ける。それが今の私の仕事。事件の真相を究明しようとするマスコミの行動を、あなたには止められない」
突き放した言葉に腹を立てたのだろう。
「偉そうな口を利かないで。もう昔とは違うのよ。目が見えないあなたに、一体何ができるというの。己を知りなさい」
「知っているからこそ言えることがある。見えないからこそ分かることもあるの。現にこの情報は、マスコミの中でまだ私達しか知らない。でもいつ他社が嗅ぎ付けたっておかしくないのよ。警察だっていつまでも隠し通せないからね。それは覚悟しておきなさい」
ダダッと遠ざかる足音が聞こえ、再び近づいてきたと思った瞬間、体に何かぶつけられたように感じた。もう一度その行為をしようとした彼女を、烏森が止めたようだ。
その気配と匂いで塩を撒かれたのだと気付く。
「さっさと出てって頂戴。この疫病神がっ」
ヒステリックに叫ぶ声を無視し、須依は先程入って来た道順を覚えていたので、白杖を突きながら玄関先へと進み靴を履いて素早く外へと出る。その跡を烏森が追いかけてきた。
背後の扉が激しく振動して閉められ、鍵も掛けられたようだ。敷地を出ると、門扉も遠隔操作でガチャリと閉じられた。そのまま歩き続ける須依の服や頭にかかった塩を、烏森が払いながら言った。
「最後はすごい剣幕だったな。途中から大人しくなっていたのに」
「せめてもの抵抗でしょう。彼女はずっと私に劣等感を抱いていましたから。それが障害者になった途端、優越感に変わったようです。でも今回で立場が入れ替わったと知り、悔しかったのだと思います」
「なるほど。須依の親友だったと聞いていたからどんな奴かと興味を持っていたが、プチセレブで意識とプライドだけが高い、どこにでもいる情緒不安定な中年女性だったな。昔は可愛いかったのかもしれないけど、加齢と育児疲れなのか化粧っけもなかったよ。慌ててメイクをしたようだけど、顔色の悪さは隠せていなかった。同い年なのに、薄化粧の須依の方がずっと若く見えたぞ」
「馬鹿みたい。私は見えないから、取り繕う必要なんてないのに」
「俺もいたからだろう。それが女心って奴じゃないのか」
須依は鼻で笑った。だが胸のすく思いなどしない。かえって醜い感情が湧き上がり、気分は優れなかった。自らが生み出した負のエネルギーで、己の心を穢しているような感覚に陥る。
やはりかつて味わった屈辱を晴らしたいと、無意識に頭のどこかで考えていたのだろう。そんな己の未熟さを恥じながら、須依は邪念を追い払うように首を何度か振った。
いつまでも過去に囚われている場合ではない。そう言い聞かせ、次の行動に移ろうと頭を切り替える。駐車場に停めていた烏森の車に乗り込んでから、須依が話かけた。
「渡辺拓の顔写真は手に入ったんですよね」
「ああ。先程見せて貰った写真が鮮明だったから、拡大すればはっきり分かる。これを元にまた張り込みをするか」
「お願いします。他に良い手があればいいのですが。例の四人は、会社を訪ねてもガードが堅く会ってくれそうにありませんから」
「昨夜会った中条のように、上手く捕まればいいけどな」
「そこは烏森さんの腕の見せ所でしょう」
「腕というより、目の働かせどころだろう。あとは見失わないよう、集中力を維持する脳の働きだ」
「高価な栄養ドリンクでも飲んでおきますか」
「いや、眠くならないよう昼寝でもして、早めに食事を済ませておけば十分だよ」
「だったら昼食も早く食べてしまいましょうか」
須依の提案に彼は頷いた。
「そうだな。移動する途中で何か食べよう。それから警視庁の記者クラブに寄って、何もなければ少し仮眠を取らせてもらうよ。渡辺が退社するのは夜の八時過ぎだろうし、時間はたっぷりある」
「車の中ですか。それともどこか横になれる場所に移動しますか」
「警視庁や記者クラブ、という訳にはいかないからな。車でいいよ。この時期で今日のように晴れていれば、エンジンをかけて暖房を点けなくても十分温かい。換気で窓を少し開けても寒くないしな」
「分かりました。その間に調べておくべき用件があれば、私がやっておきます。何かありますか」
「そうだな。この件のネタ元が警視庁からなら、今まで取材した分をその人に報告して追加の情報を得てくれると助かるが」
どうやら烏森は、CS本部の佐々から聞いたと薄々気付いているようだ。それでも表面上は認められない為、誤魔化して答えた。
「ネタ元は別ですけど何か進展があるか、念の為にそっちも探っておきます」
そうして二人は車を走らせ、途中にある弁当屋に寄った。感染症騒ぎが起きてからは、出来る限り店内に長く留まらないよう心掛けている。その為、テイクアウトして車内で食べることにした。
ちなみに烏森は日替わり幕の内弁当、須依は牛焼肉スペシャルのご飯大盛りを注文した。
運転席で黙々と二分で食べ終わった彼が、呆れた声で言った。
「しかしよく食うな。コロッケとエビフライとソーセージに焼き肉と、脂っぽいものばかりだけど胃がもたれないか。若い頃は俺もそれぐらいは楽勝だったが、四十を過ぎた辺りからそういう揚げ物は体が受けつけなくなったよ」
「私はまだ平気です。腹が減ってはなんとやら、ですから」
いつも食欲は旺盛だが、今日は詩織との面会で心身共に疲れていた為だろう。特に体がエネルギーを欲していた。よって嫌味など無視し、バクバクと口に放り込んだ。
彼に続き食べ終わったところで、二人は警視庁へと向かった。
記者クラブに顔を出したが、これといった動きは無さそうだと聞き苛つきを覚える。相手が政治家や官僚だけあって、警察や検察もある程度慎重になるのは致し方ない。
だがそれにしても余りに弱腰ではないか。
「まあしょうがない。時間と手間がかかるから、俺達のような遊軍に回ってきた仕事なんだ。そこは割り切るしかないだろう」
頭に血が上っていたところを、そう宥めた烏森は夜に備えて仮眠を取る為、車へと戻った。残された須依は彼に提案された件を実行に移そうと、昨日向かった場所へと足を運んだ。
誰にも足止めされることなく、目的の休憩所まで辿り着いた。だが周囲に気配はない。腕に嵌めた時計で時間を確認すると、まだ二時前だと分かる。
お昼休みからまだ余り経っていないからか、休憩に出てくる人が少ないのだろう。三時近くになれば、数人は出てくるはずだ。しかし情報を引き出せる人物がその中に居なければ意味はない。
また目当ての人物は、基本的にサイバービルで勤務をしている。あちらは外部の人間の立ち入りが禁止だ。といって昨日の今日だから、またこちらで会える確率は低いだろう。
それにまだあと一時間近くある。せめて的場とだけでも話せたらいいのだが。
そう思いながら自販機でコーヒーを購入し、ちびちびと飲みながら時間を潰す。その間に数人すれ違ったが知っている人の気配はなく、声もかけられなかった。
そこで思い切って的場が所属する捜査一課を直接訪ねようと考えた。この休憩所から少し先が彼の席がある部署だ。外出して留守の可能性もあるけれど、玉砕覚悟で試してみようと決めた。




