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プロローグ

 花瓶による一撃が、相手の頭部を捉えた感触はあった。しかしその瞬間、怒りで興奮していた私の意識は一気に()め、思わず(つぶや)いた。

「な、何てことを」

 目が見えないとはいえ放たれた殺気を確実に察知し、狙いすまして行動したはずなのに。だがもはや手遅れだ。

 当たった直後、自分の体に伝わった猛烈な衝撃と、鈍くまた激しく砕け散った音から判断すれば、間違いなく頭から血が流れ意識を失っているだろう。下手をすれば既に息絶えているかもしれない。

 この部屋には私を含め、三人しかいなかったはずだ。自ら引き起こした結果とはいえ、悪い夢だと思いたかった。だがそんな淡い期待は直ぐに裏切られた。

「お、お前」

 残ったもう一人の声が耳に届いた瞬間、これは現実なのだと気付かされる。しかしこの後どうすれば良いか分からず、命の危険を感じながらも気が動転し、体は硬直して動かなかった。

 しかし彼は意外にも私の腕を強く引き、外へ出るよう促した。

「誰にも見つからないよう、早く部屋から出るんだ。俺達はここにいなかったことにするしかない」

 逃げる? このままにして? 頭に浮かんだ疑問と恐怖が、咄嗟(とっさ)の行動に繋がったのだろう。彼が私から離れたと察知した瞬間、無意識の内に持っていた白杖(はくじょう)を振り上げた。その為先端が部屋の壁にかけられた客室電話に当たり、受話器が外れた。

「何をやっているんだ」

 音に気が付き抑えた声を発した様子から、彼は玄関のドア近くにいると分かった。先程は一旦テーブルの方へと移動していたはずだ。どうやらドアノブも拭いているらしい。この部屋にいた証拠を残さないよう、触れた場所の指紋を消していると思われた。

 血の気の引いていた頭が徐々に正気を取り戻し、状況を把握できるようになった。部屋はオートロック式の為、カードキーを使わなくてもドアは閉められる。つまりこのまま出てしまえば、誰がここに侵入したのか分からなくなるからだ。

「早く出ろ」

 作業を全て終えたらしい彼は、外を覗き誰もいないかを確認したのだろう。大丈夫だと判断し、私を引きずるように部屋を出て移動しながら言った。

「お前の部屋に行こう。そこでずっと二人でいたことにするんだ」

 お互いがアリバイを証明すれば、私だけでなく彼にも疑いはかからないと考えたようだ。この後警察がかけつければ、二人が近くにいたと直ぐばれる。それでも事件が起きた時間帯は私の部屋にいたと証言すれば、これまでの関係性から考えてまさか嘘だと思われない可能性は高かった。

 彼の提案は良いアイデアだ。とんでもない罪を犯し混乱していたが、頭の片隅では冷静にそう俯瞰(ふかん)していた。

 けれど日本の警察は有能な為、簡単にはいかないだろう。何故なら私の身近には、途轍(とてつ)もなく頭が切れる人物がいるからだ。

 管轄が違うとはいえこれが事件化すれば、彼は必ず絡んで来る。そうなれば私達の目論見は遅かれ早かれ見破られるに違いない。この時既にその覚悟が出来ていた。

 それでも彼の指示に従い、私はポケットからカードキーを取り出して部屋に入った。そこでようやく緊張が解けたのだろう。彼がソファにドカリと座る音がした。

 私も白杖で確認しながら椅子に腰かけたが、同じ気分にはとてもなれなかった。あの部屋で()いだ血の匂いが、まだ鼻に残っていたからだろう。彼と一定の距離を保ち、気は張り詰めたままだった。

 その様子を感じ取ったらしい彼が言った。

「今更おかしな真似はしない。だが分かっているんだろうな。あいつの頭をかち割ったのはお前だ。警察にばれれば殺人犯として逮捕される。そうなりたくなければ、ずっとここで俺と一緒にいたと証言するしかない。余計な事を言うんじゃないぞ」

 止む無く黙って頷いた。けれど私は別の件に意識が移っていた。外から人の走る音が僅かに聞こえたからだ。その姿が彼には見えたらしい。

「おい。あいつの部屋に向かっているんじゃないだろうな。まさか意識を取り戻したのか。それにしても人が駆け付けるには早すぎるだろう」

 私は答えず、じっと耳を澄ませていた。やがて騒ぎは大きくなり、救急車のサイレンが耳に届いた。しばらくして遠くへ走り去る音が鳴り響いた。それでもまだ人の話し声は止まなかった。

 舌打ちしていた彼と違い、私は心に僅かな希望が湧いた。その場で死亡が確認された場合、救急車では運ばれない。状況からみて警察が呼ばれるはずだ。

 つまりまだ助かる見込みがあった事を意味する。もしかすると本当に一命をとりとめるかもしれない。とにかくまだ死んでいなかったのだと安堵し、天に感謝した。

 けれど私があの人の頭を砕いたのは間違いない。よってこの後自分はどうすればいいのか、一体どうなるのかと頭を悩ませた。

 そこで決心した。もしあの人の死亡が確認された場合は、警察に自首し全てを告白しよう。しかしそれまで、決して自らの口から真実は話さない。それが最善だ。そう判断したのだった。

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