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小話5編

〈婚約祭り〉

〈新公爵の家令〉

〈飴〉

〈アルメーヌの滞在〉

〈月夜の口笛〉


の5編です。

時間軸は本編終了後から閉幕後の前までのお話です。

とても短いお話ばかりなので纏めて載せました。

よろしくお願いします。

〈婚約祭り〉


「ボードル男爵、アメリィ嬢との婚約を許して頂きたい」


 ボードル邸に到着し、応接間で軽い挨拶を交わした直後の事である。

 殿下直々にいらっしゃった理由は?と男爵が貴族らしく探りを入れたら、返された言葉はコレであった。

 言われた言葉が理解出来ず、男爵はそのまま固まる。

 アメリィも目を見開いてレオポールを凝視した。


(来る途中の馬車でそりゃ、その、お嫁さんにしてくれるって言ってくれたけどー!)


 レオポールは事前にぐちぐち悩むが、そうと決めたらムーブは早い性格だった。


「えっ、と…そのアメリィを?嫁に…ですか?ですが皇族に嫁ぐには伯爵位以上が必要では」

「その辺りは問題ありません。アメリィには浄化の魔力の功績がありますから」


 皇太子に伯爵位以上は絶対だが、皇族となると功績や力関係でお相手の身分は考慮される事がある。

 レオポールは自信のある笑みを崩さず、男爵を見る。


「因みに、陛下のご裁可は…」

「こちらに来る前に申請は出してありますので、2週間程で裁可の連絡がこちらにも届くと思います。申請を出す際の婚約同意書へのサインはボードル家長男ベルナルド氏が代理でサインしてくれました」


(申請済み!?お兄様がサインした!?ちっとも聞いてませんけどー!?)


 既に陛下へ申請済みと聞いて断れる貴族はそういないだろう。あまりの早さにアメリィが固まっていると、目の前で父ががくりと俯いた。男爵夫人の母がその背にそっと手を添える。


(お父様…私がお嫁に行くのをそんなにがっかりしてくれるなんて…)


 感動で涙腺が緩む。

 婚約だけ、結婚なんてまだまだ先のお話よ、なんて言って父に寄り添おうとした時である。


「2週間…とおっしゃいましたね」

「あ、ああ」


 ぼそりと呟かれた声にレオポールが身構える。


「あなた、時間がないわ」

「わかっている」


 母の急かす声に父は立ち上がった。


「婚約パーティならぬ、婚約祭りだーー!開催は2週間後!総員直ちに準備にかかれ!町にも布令を出せ!仕事を休む際の補助金は男爵家が負担する。あ、あと秋祭り用の家畜から何頭か見繕わせろ!」


 父の号令で使用人達は素早く動き出す。壁際に控えていたはずの家令は既に影も見えない。

 今度はレオポールがぽかんとする番だった。

 父はレオポールの両手をガシリと握り上下に振った。


「殿下!どうぞ娘をよろしくお願いします!幸せにしてやってもらえると、親としてこれ以上の喜びはありません!」


 にかっと笑う顔がベルナルドとよく似ている。「こちらこそよろしく頼む」と応えながら、思考はついていってくれなかった。

 ちらりと横を見れば驚きながらも照れ笑いするアメリィがいた。祭りを開催すると聞いて照れるポイントはわからなかったが。


 可愛いから良しとする。




 2週間後に開かれたアメリィ婚約祭りは、田舎とは思えないほど賑わった。


 花の少ない季節だからか、町民が布製の花を持ち寄って、アメリィを飾り立てた。

 領内の他の村や集落からも短期間でお祝いを準備して、代表者が駆けつけてくれた。

 中央の通りは屋台で賑わい、町民の殆どが集っていた。その真ん中をお祝いの声掛けを受けながら通り抜けて行く。


「こんな短期間に領民が一体となって祝ってくれるのは凄い。ボードル家は領民に愛されているな」

「そう言って頂けると嬉しいです。でも結局は皆、お祭りが大好きなんですわ」


 次々に浴びせられるお祝いの言葉に、頬を赤くしてアメリィは手を振る。その幸せそうな笑顔を見ていると、レオポールは自然と頬が緩んだ。

 髪に軽くキスを落とすと、領民達から囃し立てる歓声が届く。アメリィは怒った様な、困った様な、嬉しい様な、表情をむにむに変えて百面相していた。


 広場に到着すると焚火に点火され、町民達が木製の年季が入った楽器を持ち寄る。陽気に歌う人や拍手する人の中、若いカップルや新婚さんが出てきて、焚火を囲んで踊り出した。レオポールもアメリィに手を引かれ輪に加わる。


「待ってくれアメリィ、俺踊りは…」

「貴族のダンスより余程簡単だと思いますよ?」


 アメリィは不思議そうに首を傾げる。レオポールは眉間に深い皺を刻んだ。


「俺踊った事無いんだ」

「へっ!?」

「授業で練習はしたが…実際のパーティで踊った事は一度も無い」

「うそぉ…」


 何でもこなしてしまう万能そうな雰囲気を醸しながら、まさかこんな事が未経験とは。


「よく周りが許してくれましたね?」

「幼い頃に立太子されて忙しかったからね。中座は当たり前。婚約者も居ないし、フェルやティティがフォローしてくれたりとか」


 アメリィは淑女の礼をしてレオポールを見上げる。


「では僭越ながら、レオポール様のファーストダンスのお相手を務めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「っ、ああ」


 照れた顔で微笑むレオポールがなんだか可愛くて。

 アメリィは再び繋いだ手を強く引いた。頬にキス…と思ったが狙いが外れた。唇を掠めて、その端っこにちゅ、としてしまう。

 

(あ)


 失敗しちゃった、とレオポールを見上げると、その顔は思いっきり不機嫌に歪んだ。真っ赤なままで。


「俺の理性を試すのはやめてくれ」

「あ、はは、気をつけます」


 周りを囲む領民から、揶揄う口笛がピュウピュウと上がる。2人とも真っ赤になりながら、改めて踊りに加わった。


 決まりのないステップを心のまま自由に踏みながら、2人は笑い合った。




***




〈新公爵の家令〉


 婚約祭りの後、どうしてか秋の肉祭りとやらにも駆り出され、レオポールは生まれて初めて豚を捌いた。

 別に捌きたかったわけではないが。


(マッチョを前にアメリィがキャッキャしてるのが、ちょっと悔しかったというか)


 まあ、そういう理由である。


 レオポールがボードル領に滞在している間、仕事を運んで帝都ボードル間を行き来していたフェルヴェールが言った。


「そろそろ新皇太子も落ち着いて来たので帰りましょうか」


 レオポールは聴こえないフリで新しく来た書類をぱらぱらめくる。


 正直ボードル邸は最高だった。

 建物が小さいからいつでもアメリィとの距離が近い。夜中に急ぎの仕事が舞い込む事もないし、書類が終われば土掘りに行ける。


「公爵の叙爵もありますし」

 

 この前はアメリィの顔見知りの羊飼いとやらに、羊追いの真似事をさせて貰った時は癒された。もこもこかわいい。


「新しい公爵邸も整備が整った様ですよ」


 帝都は土地に限りがあるので、新しく住み替える時はリノベーションが普通だ。使われてない建物のなかで城から近く大きい屋敷を買い取って整備してたんだった。


「アメリィ様にとびっきりのお部屋をプレゼントしなくていいんですか?」

「帰る」


 さっと書類を纏めて部屋を出るレオポールの背後でフェルヴェールはにっこり笑うのだった。

 



 道中文句を垂れながら、帝都に着くと真っ先に新公爵邸へ向かった。


「陛下から顔を出す様に言われてるんですが」

「明日でも大丈夫だろ。あ、その部屋は空色で纏めてくれ。東の部屋は藤色、白は南だ」

「ちょ、アメリィ様に何部屋用意する気ですか!?」

「何部屋だっていいだろ?その日の気分で好きな部屋を使えば良いじゃないか」

「…探すのが大変では?だったら殿下の部屋の近くに一番豪華な部屋をおひとつ用意すればいいじゃないですか。いつも近くに居れるんだし」

「おい!その家具はキャンセルだ!客室用に別途注文するのでまた後日」


(よしよし、無駄遣いが無くなったぞ。恋は人を愚かにするとは言うけれど。扱いやすくなったなぁ)


 新公爵家の家令は主人を掌で転がす事を覚えたようだ。




***




〈飴〉


 アメリィが公爵邸でお部屋を貰ってひと月。


 レオポールは執務室で時計を見た。


(ちょっと休憩がてらアメリィの様子でも見てこようかな。…今の時間は)


 既にお昼を回り、午後の活動を開始しているだろう。


(と言うと、厨房か)


 公爵邸には普通の厨房とは別に、アメリィが聖女活動をする為の厨房がある。こちらは一部の作業台の高さをアメリィの身長に合わせていたり、内装がレオポール監修だったり。


 そんな可愛らしい厨房で作業している時間だ。

 よし、と立ち上がり早速アメリィの元へ向かう。

 厨房が近づくと甘ったるい匂いがしてきた。なんだか嗅いだ事のある匂いだ。


「アメリィ?」

「レオポール様!すみません今手が離せなくて」

 レオポールは厨房へ入りアメリィの横に立った。アメリィはずっと鍋を掻き混ぜ続けている。

「なにを作っているの?」

「飴ですよ」


 そうだ、嗅いだ事あるはずだ。いつも貰っている飴と同じ匂いがする。


「あれってアメリィの手作りだったの?」

「お手伝いはしていましたが、正確にはコレットの手作りです。コレットの実家はお菓子屋さんなんですよ。焼き菓子やプリンなんかも販売してますが、ボードル産の蜂蜜を少し混ぜたこの飴がお土産として人気なんです。日持ちするし型崩れしないし、長く食べられるからって。そろそろ飴が減ってきて。今コレットが忙しいので、初めてひとりで挑戦です!」


 平民出身のコレットは本来、公爵邸で働くなら下女の部類である。洗濯したり掃除したり、主人の視界に入らないような仕事だ。

 だがアメリィ、コレット両名の強い希望によりこの先もアメリィ付きとして働くことになった。なったと言うか、アメリィの希望をレオポールがゴリ押しした。

 もちろん貴族しか入れないパーティなんかには連れて行けないが、邸にいる間はコレットがつく。

 その為に高位貴族家に仕える立ち居振る舞いや知識を勉強中のようだ。


(元々姿勢は悪くなく、手先が器用との報告が来ていたが、商売していたからか)


 飴を練り終え、飴型に次々流し込む。小さい型に入れるのは難しいみたいだ。伸びたり垂れたりする飴に悪戦苦闘している。かわいい。


「うーん…大きさがまちまちになってしまったわ」


 アメリィは鍋の淵からたらりと零れた飴を指で掬って舐めた。


「ん、でも味はいつも通りね!出来上がったら、またレオポール様に差し入れしますね!形は悪「今貰おうかな」いで…す……」


 アメリィの言葉は最後まで続かなかった。

 レオポールがアメリィの手を取り、その飴の付いた指を口に含んだからだ。


(あまい)


 指に舌を絡めると、ぴくりとアメリィの指が揺れた。視線を上げると真っ赤な顔で固まるアメリィと目が合う。


(姉貴、貴女は正しかった)


 舐めれる。今なら全身舐めれる。


 その欲望が顔を覗かせてしまったからか。

 指の腹に軽く歯を立ててしまった。


「〜っ」


 アメリィの声にならない声でハッとした。


(いかん)


 名残り惜しく指を引き抜き、ハンカチで優しく拭う。


「美味しいね。楽しみにしてる」

「は、はいぃ…」


 大人になるの、楽しみにしてる。


 レオポールはやる気を出して執務室へと戻った。




***




〈アルメーヌの滞在〉


 アルメーヌは15歳を迎え、夏の社交デビューの為帝都へ出て来た。


「わぁお、すっごいお屋敷」


 アメリィに「お喋りしたいから、帝都の男爵邸にお泊まりに来てよ」とお手紙を出したら、何故かレオポールから公爵邸への招待状を貰ってしまった。

 一応マナー上ドレスを着て来た。だが、このお屋敷からしたら、アルメーヌ手持ちのワンピースもドレスも五十歩百歩だ。

 公爵が迎えの馬車を寄越してくれた為、問題なく門を抜け、邸の前に到着する。

 馬車を降りるとアメリィが笑顔で出迎えてくれた。


「お姉様っ!!」


 アメリィが両手を広げてアルメーヌに飛び付く。


「アメリィ!久しぶりね!元気だった?」

「もちろんよ!お姉様も元気そうね!」


 ぎゅうぎゅう抱きしめ合っていると、こほりと咳払いが聞こえた。


「「あ」」


 2人離れて振り返ると、苦笑したレオポールがいた。


「ようこそアルメーヌ嬢。義姉上とお呼びした方が?」

「ご遠慮申し上げますわ、公爵様。ご招待ありがとうございます。2週間程お世話になります」


 アルメーヌはきちんと礼を執りつつ、言いたい事は遠慮しない。


「ではアルメーヌ嬢、ごゆっくり」


 そう言ってレオポールは足早に邸に戻って行った。


「お忙しいの?」

「レオポール様はいつもお忙しいわね。お夕飯はご一緒出来ると思うんだけど」

「そういえばボードル邸にいる時も、お仕事してたわね。まぁいいわ!アメリィ!お部屋見せてよ!」

「先ずはお姉様のお部屋に案内するわ」


 2人手を繋いでキャッキャと階段を登った。




「客室も凄かったけど…アメリィの部屋は桁違いね。愛されてるじゃ〜ん」

「えっ、えへへ」


 人払いしたのをいい事に、アルメーヌは部屋の中をキョロキョロ見回す。

 照れ笑いするアメリィを見ていると、自分も頑張ろうと思う。


「よし!デビュー気合い入れるわよっ」

「そう言えばエスコートは誰になったの?」


 初めは父がアルメーヌのエスコートをし、ベルナルド・エミリー夫妻が社交、母が領地に残って夏祭り、という配役だった。

 だけど急遽エミリーの妊娠が発覚してしまい、ベルナルドが領地に残る事になったのだ。代わりに父母が社交に出るという。

 残りは。


「ジェルードお兄様よ」

「あ、やっぱり?」


 別に兄が嫌いな訳ではない。

 ただ、けらけら笑いながら相手の懐に入ってしまう父やベルナルドに比べて、ジェルードは少々真面目で社交下手なのだ。


「2週間の間、結婚相手は出来るだけ自分で探さないと」


 ジェルードに頼っていては見つからなそうだ。


「お父様のお知り合い紹介して貰えそうですか?」

「うん。それとベルナルドお兄様も知り合いに手紙を出してくれてるみたいだから、何人かと顔合わせはすると思うの」

「へぇ〜。お姉様はどんなお相手が理想ですか?」


 わくわくするアメリィの前でアルメーヌは腕を組む。


「そうねぇ。やっぱりお祭りは好きな人でないと」

「ですね。それは絶対ですね」


 父方の叔父叔母は祭りの度に家族で遊びに来たり、時に助っ人にくる素敵な人達だ。ああいうのは理想よね、と2人はうんうん頷く。


「前はボードル領を好きになって支援してくれる商人とかがいいなぁ、なんて思っていたのだけど。アメリィが公爵夫人になるじゃない?だったら私も貴族夫人になってアメリィの味方になりたいわとも思うのよ」

「お、お姉様ぁ」


 すきっ、とアメリィはアルメーヌに抱きつく。


「ま、お相手と性格が合うかとかもあるし。顔合わせしたら報告するね」

「楽しみにしてます」




「もーー!最っ低!!」


 可愛い理想を話した日から1週間。アルメーヌはアメリィの部屋でブチ切れた。


「どいつもこいつも口を開けば『聖女に会わせろ』『どんな顔?君と似てる?』とか!『公爵と親族になれるなら君を貰ってやってもいい』とかぁ!お祭りが好きか聞けば鼻で笑うし!?わ・た・し・よ!私と結婚するのよ!はっは〜ん、残念でしたあぁ!!」


 ひとしきり叫ぶと、がくりとテーブルに両手を突いた。因みに顔はベルナルド、アメリィが父似。ジェルード、アルメーヌが母似なので、2人はあんまり似ていない。


 項垂れるアルメーヌの横に、仕事の出来る公爵家のメイドがそっとお茶を置く。「ありがとぉございます」といってアルメーヌはお茶を飲んだ。


「ごめんなさい、お姉様。まさか私がお姉様のお邪魔をしてしまうなんて」

「…ふ、いいのよアメリィ。篩よ。篩に掛けたと思えばいいのよ。クズが落ちて行った、それだけよ」


 お茶を飲み、お菓子を摘んでアルメーヌはやっと落ち着いた。


「とは言え結婚は暫く無理かしらねぇ。アメリィのが先に嫁いでしまいそうね」

「えー、嫌です!私、お姉様の結婚式でブーケキャッチするつもりですもの!お姉様のお嫁入りを見届けなければ、私は結婚しないわ」

「やだかわいい。お姉様婚活頑張るわ」

「はい!」


 姉妹は愛を確かめ合った。




「なんてお話をされてるみたいですけど?メイド情報です」

「〜〜〜っっっ!?」


 レオポールの手からインクの付いたペンが転がり落ちた。

 執務室にて、フェルヴェールから受けた報告はレオポールから思考を奪った。


「なんか、アメリィ様が15歳になったら結婚する計画立ててませんでしたっけ?」

「………してた。式場予約した」

「残念でしたね」


 がこっ、と机に額が落ちる。


「これからアルメーヌ様がお相手を探して婚約して…まぁ一年婚約期間設けたとして、結婚は早くて一年半後ですかね?その後に、となるとお二人のお式は2年後くらいですかね〜。でもアルメーヌ様はお相手探しに難航しているみたいなので3年後か4年後か…」


 じめぇっとキノコの生えそうなオーラを出し始めた主人を横目にフェルヴェールは言った。


「いっそ我らの派閥からお相手を探してあげればいいのでは?そしたらアルメーヌ様と交流が増えてアメリィ様は喜ばれるかもしれませんね」


 レオポールは目をカッと開き机を叩いて立ち上がった。


「よし!!リストアップと面接だ!!至急!!」

「はい」


(アルメーヌ様が敵対派閥に力尽くで囲われるのはこちらの弱みになる。阻止したかったから、いいチャンスだな)


 家令の腹積り等知らず、公爵様は今日も転がされているようだ。




 同じ派閥で家格の釣り合う男爵家。お祭り好きで明るく、領地もそんなに遠くない。そんな理想的な男性からの申し込みがアルメーヌの元に届くのはもう少し先のこと。




***




〈月夜の口笛〉


 アンルーンセンの皇宮の敷地は広い。メインの城に皇妃や皇太子用の宮。幾つかの離宮、聖堂、沢山ある温室や庭園。騎士団の駐屯地、訓練場。魔法師訓練所に、それぞれの寮。宮仕用の宿泊施設、その他諸々に加えて、森がある。

 森には普段鴨や兎、豚に鹿などが住んでいる。

 皇帝が息抜きに狩をしたり、貴族の交流会として解放される時がある。

 普段、森に出入りするのは管理人のみで、夜間に人の気配はしなくなる。


 ほーほー、と梟の鳴き声をききながら、見回りの騎士は首筋をさすった。雲ひとつ無い空には美しい満月が煌々と光を放っている。

 騎士は最近耳にする噂を思い出してしまった。


 曰く“月の綺麗な夜に森の近くを歩いていると、どこからともなく口笛が聞こえてくる”という。


 今にも消えそうな微かな旋律で、その音がすると森がざわめき出す…と。


 同僚は胸の前で両手を垂れて「出るぜ」と言っていた。背筋がゾクリとする。


 ほーほー、と鳴き続けていた梟の声がぴたりと止んだ。風がざわりと森を鳴らし、騎士は肩を震わせた。


「は、はは…まっさか〜」


 首を巡らせたその時。


 〜〜〜♩


「ひっ!?」


 チチッ。チッ。チュウ。


 森がガサガサッと鳴って、何かが騎士の足元を駆け抜けて行った。


「うわああぁぁぁあーー!?」




 騎士が走り去ったその後は、物悲しい旋律が残るのみ。闇に溶け消えゆくばかり。




ありがとうございました。

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[一言] 結婚記念日は毎年祭りだなきっと
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