閉幕後
2年後。
ゆるっとさらっとお読みいただければと思います。
正式な婚約発表の後、アメリィに待っていたのは淑女教育だった。そもそも男爵レベルの教育すら1年しかしていないアメリィである。
新たに公爵となった、レオポールの隣に立つレベルの淑女教育を寝る間も惜しんで身につけた。
出来はまだまだだが、15歳の誕生日を迎えとりあえずの及第点を得た。
そしてとうとう今日、社交界デビューを迎えた。
それに加えて、今まで未成年だからと公表しなかった、聖女としてのお披露目もある。
アメリィは朝から磨かれドレスアップさせられていた。
アメリィはレオポールが新たに帝都に構えた公爵邸に部屋を貰い、1年前からそこにずっと滞在している。帝都だと優秀な家庭教師が多いという一面と、物流が活発だからレモネードを流しやすいという利点からだ。
時々アルメーヌが泊まりに来てくれる。
アメリィは二年間で大して身長が変わらなかった。小柄なのでその事はがっかりしたが、急成長したところもある。胸だ。
二年前に庭園で、たわわ胸のお嬢さんの谷間を見て(わお)なんて思っていた事が懐かしい。
あれと張り合う程に育ったモノが、小さな身体にぎゅっと詰まっている。
フェイスラインもしゅっとして、丸さが無くなってきた。それなりに可愛い、と思う。
(今なら確かに掠奪恋愛ストーリーのヒロインと言われても違和感ないかも?)
鏡の前で最後の仕上げをされていると、ノックの音がして「準備出来た?」と声がかかった。
「もう入っても大丈夫です」
そう返すと、そっとドアを開けてレオポールが入ってきた。
レオポールはこの二年で随分と色気が増してしまった。清らかな青空のような美貌だったのが、凄味のある美貌へと変貌を遂げようとしている。まだ進化しそうだ。
いまも夜会用の正装に妖精化石のアクセサリーが似合って壮絶にかっこいい。
鏡越しに見惚れていると、レオポールは眉間に皺を寄せた。
「本当にその格好で行くの?ちょっと露出が多いんじゃない?」
夜会用なのでそりゃ多少肩が出ているが、背中や胸元が空いているわけではない。
「ご安心下さい旦那様、こちらストールを羽織りますので」
そう言ってメイドの1人がオーガンジーのストールを掛けて、レオポールとお揃いの妖精化石のブローチで止めてくれた。
「むう。もう少し厚手のストールはないのか。そうだ、手袋ももう少し長い物を…」
「レオポール様、だめ?似合わないですか?」
「違う、とても似合うから。誰にも見せたくない」
こつ、と靴音を立ててアメリィに近づいて来ると、メイド達は笑顔ですすすと横に避けて部屋から出ていった。
レオポールは手袋を外して、アメリィの頬に触れる。
「…行かせたくない。今日は絶対俺から離れないで」
「はい」
レオポールの顔がゆっくり近づいて来て、ちゅと口付けた。
初めてのキスは15歳の誕生日の日だった。
我慢している、との言葉に偽りなく、一度目の軽い口付けを受けた後は堰を切ったようなキスの嵐に見舞われた。額、鼻、頬、耳、首に頸。鎖骨と膝と。唇は喰まれて吸われて舐められて。
次の日は温い笑顔のメイドに時間をかけて唇をケアされて、死ぬほど恥ずかしかった。
その後も度々キスされて、一度だけ羞恥に耐えかねて、顔を見るなり逃げてしまった事がある。
脚の長さのせいなのか、レオポールは異常に足が速く、獲物を追う肉食獣の様相で迫ってきた時には悲鳴をあげた。怖かった。
しかしアメリィを捕まえると仔犬の顔で「どうして逃げたの?嫌になった?」と問い詰められて、アメリィは罪悪感に潰されそうになり「恥ずかしくて」と答えた。
嫌われていないとわかると、そのまま獲物を巣へ持ち帰る獣よろしく、抱っこして連れて行かれ、ソファの上で溺れるほどのキスをされた。
息が出来ず目を回しながらアメリィは悟った。二度と逃げてはいけないと。
今日もレオポールは一回だけでは満足せず、ちゅ、ちゅと角度を変えて繰り返す。
「ま、まって口紅が…」
「ん」
レオポールが自身の唇を親指で拭って「ごめん」と謝った。仕草がエロすぎないだろうか。
レオポールが唇に残った口紅をハンカチで拭っていると、メイドがすすすと音もなく近づいてきて口紅をさっと直していった。
もう、本当に、気遣いが恥ずかしい。
パーティではデビューの若者たちが陛下に挨拶をする。身分順で決まってるらしいが、アメリィは聖女の発表もかねて最後になった。まあ元々男爵令嬢で身分は高くないので、元より順番は最後の方だっただろう。
順番が来るまでレオポールとフロアで待っていると、代わる代わる人が挨拶に来る。
レオポールはさすがの人気である。
ここ1年半忙しくてほとんど外出できてなかったアメリィは、人と会うのに妙に緊張してしまう。にこにこと隣に立っているだけで精一杯だ。
何人か過ぎてやっと慣れてきた頃、ふと挨拶に来る人の付き添いに若い娘が多い事に気がついた。今日がデビューなのだろう。頬を染めてチラチラとレオポールを見て、名残惜しそうに去っていく。
(お出掛けの前のレオポール様はこんな気持ちだったのかしら)
可愛い女の子達がレオポールを見る事にモヤッとして、添えていたレオポールの肘をちょっとだけ引き寄せた。
レオポールはそれに直ぐ気づき、「失礼」と告げて、アメリィを静かなところに導いた。
「大丈夫?疲れちゃった?」
心配されてしまうと、なんだか自分の狭量が嫌になってしまう。
「お話を邪魔してごめんなさい。その…女の子がみんなレオポール様を見てるから」
蚊の鳴くような声で言うと、レオポールは軽く目をみはってから、ふわりと笑った。それはもうとろりと甘く、熱っぽい目で。
「やきもち焼いちゃった?」
「う…はい」
そしてそっと顔を近づけてきた。
それをアメリィは慌てて押し留める。びくともしないけど負けてはいけない。
「まままっ、まって、だめ。この後ご挨拶あるから!お化粧崩れたら恥ずかしい…困る」
困っているアメリィの顔をひとしきり楽しんでから、頬にちゅっとする。
「わかった。後でね」
レオポールはアメリィの腰に手を回してエスコートして会場へと戻る。
「腕じゃないの?」
アメリィが首を傾げると、レオポールは視線を彷徨わせて、耳元で小さく告げた。
「肘に…胸があたって。やわらかくって我慢出来なくなりそう」
アメリィは真っ赤な顔で腰エスコートを受け入れた。
死守した口紅を、帰りの馬車で乱されてしまったのは言うまでもない。
ありがとうございました。