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攻略対象が導くヒロインとのハッピーエンド

 半月が遠に沈んだ真夜中。


 レオポールはひとつため息を吐き、書類をめくった。急ぎの書類を片付け終えて、そのまま惰性で期限に余裕のある方へ手を伸ばした。目だけ軽く通しておこうかなと。

 パラ、パラ、パラと紙音が闇に吸い込まれる。

 パラ、パラ…と一度通り過ぎた書類に違和感を覚えて、何枚かめくり戻す。


「え?」


 “アメリィ・ボードル地方巡回日程表”

 初秋月1日より、西に向けて出発。そこから時計周りに国を回る予定。

 本人の希望により、まず初めにシャルヌ領へ向かい…


 レオポールは目を擦った。疲れ過ぎたのかと思って。


「えっ、聞いてなっ…。初秋月って…いつ」


 今日は何日だったか。

 カレンダーに目を向けて、レオポールは椅子を倒して立ち上がった。夜中なので、思いの外大きい音がする。

 音を聞きつけて、フェルヴェールが部屋へ入ってきた。


「どうしましたか?」

「この書類はなんだ!!」


 ぱっと目を通してフェルヴェールも驚く。


「そんな、今日出発した!?こんな緊急連絡きてませんよ!」

「急ぎの仕事に振り分けられてなかった…」

「てか承認済み!?あっ、ザルツァンセン様が代理で承認してる。確認でこっちに回ってきたのか」


 もう一回じっくり目を通すと、同行護衛にセドリック、案内人にザルツァンセンの嫡子ルスティンの名前が入っている。


「あの腹黒男…やってくれたな」


(しかも行き先がシャルヌ辺境領だと!?クソッ)


 2周目以降にルートが開放される攻略対象、シルバン・シャルヌ辺境伯。恋多きシルバンは恋人が複数人いるにも関わらず、面白半分でアメリィにちょっかいをかけ始めて、本気になってしまうキャラクターだ。血筋が特殊とかトラウマとか裏の顔とかストーリーボリュームはかなりあるが割愛。


 ラブエンドは姉がプレイしたが、好みでなかったらしく、ノーマルとバッドのスチル回収はレオポールが行った。


(嫌いなタイプだった…)


 チャラチャラチャラチャラして、立ち絵のウィンクが多い、ボディタッチのスチルも多い。

 そんなところへアメリィを連れて行くなんて、ザルツァンセンは阿呆なんじゃなかろうか。


 俯くレオポールはドアの下にさっと影が横切った気がして、反射的にペーパーナイフを投げつけた。

 苛々していた為、予想以上にスナップの振りが利いてしまい、ドガッと綺麗に床板の目に突き刺さった。


「うわっ!?殿下?」

「何か居た」

「!?」


 フェルヴェールがそっとドアを開ける。

 しゃがんで床を見る後ろからレオポールも覗き込む。そこには赤い飛沫が数滴跳んでいた。


「血痕か?」

「ですね…こんな下に何が…」


 そこで2人は口をつぐんだ。


 ……カーン…カーン…カーン…。


 遠くから微かに警鐘が聞こえる。

 2人を顔を見合わせて立ち上がった。


「騎士団の方で確認を取ってきます」

「俺はティティのところへ向かう。それが早そうだ」

「ではファンティモンド様のところでお待ち下さい」




 レオポールは馬で城まで行き、駆け込んだタイミングでファンティモンドもレオポールへ向かって走り出てきた。


「兄上!」

「ティティ!何があった」


 ファンティモンドは声を潜めてレオポールを近くの応接間へ連れて行った。


「ティティ、顔色が悪い」


 レオポールはファンティモンドをソファへ座らせる。ファンティモンドはへらりと力なく微笑み「兄上程では」と言った。


「数が、数が凄いのです…耳が痛くて。しかも聴いていると段々苦しくなってくる」

「何が聴こえるんだ」

「ネズミです、兄上。夥しい数のネズミが…そこら中にいるのです。こちらの話を聴いている」

「!?」


 ざわ、と肌が粟立つ。

 庇う様にファンティモンドの肩を抱き込む。

 そこへフェルヴェールが慌てて走り込んできた。


「失礼します!殿下、火事です!街で火災が起きています」

「避難は?被害状況は?」

「芳しく有りません。なんでもネズミ?が避難の邪魔になっているそうで。騎士団長が居ないのも影響しています。指揮系統がバラけていて、水の魔法師の統率がとれていません」


「水の、魔法師」


 ドク、と心臓が鳴る。



 『レオポールって水の魔法使いじゃなかったっけ?』

 『この薄青い髪色も水っぽい』


 童話にあった。ネズミを川に沈めて退治する話。



 ―――水。



 パズルのピースがハマる様に、レオポールの頭の中でストーリーが繋がって行く。


(これが…これがレオポールルートの一番の大イベントだったんだ!多分、水の魔法で丸く収めて、その功績で支持を受けレオポールは皇帝陛下になる!)


 だが現実はどうだ。

 魂の影響か、属性は土に。ヒロインは不在。


()()()()好感度が…足りなかったんだろうか)


 乙女ゲームのルートは攻略対象が主人公に抱く好感度の高さでルートが決まる。

 つまり、レオポールのアメリィへの好感度が足りなかったんじゃないのか。


 アメリィに会う前は色々思ったし、考えた。

 勝手されるのは御免だ、とか。やる事やってくれよ、とか。


(けど実際、忙しいだけで空回ってちゃんとできてないのって俺の方)


「兄上」


 腕の中で、頭を押さえたファンティモンドが身じろぎした。


「あ、悪い。少しぼーっと…」

「ボードル嬢、今朝出発しましたね。兄上知らなかったでしょう?」

「…ああ」


 何で教えてくれなかった?と八つ当たりしそうになる。


「言うか迷ったんですけど、ボードル嬢元気がなかったから」

「え」

「ボードル嬢が倒れた時、兄上は自身を責めていらっしゃったでしょう?それで会いに行けなくて。だけどボードル嬢はそれを兄上が怒っていると勘違いしたみたいですよ。だから少し落ち着く時間が必要かなって」


 レオポールは口がへの字に曲がり、目が据わって行く。


「ティティお前。アメリィの部屋の中を盗み聞きしたんじゃないだろうな」

「ちっ、ちち違います!お庭でメイドと話しているのが、偶々聞こえてしまったんです!」


 真っ赤な顔で慌てて否定するのが逆に怪しい。

 だが今は突っ込んで聞いている場合でもない。


(水の魔法が使えなくても、出来る事があるはずだ。結末を、変えたっていいはずだ)


 アメリィを追いかけたっていいはずだ。


 土の魔法もアメリィも、大好きなんだ。




 そう腹が決まれば。


「魔法師の指揮は俺が執る」

「殿下!?前線は駄目です!」


 ゆっくりと頭をふって立ち上がった。


「俺が土魔法で地面を掘り上げて固めて壁を作り、人を誘導して行く。騎士団長が居ない今、それなりに身分の高い指示者が必要なはずだ。ただ」


 青い顔をしたファンティモンドを見下ろす。


「現場の総指揮、逃げ遅れた人の居場所の特定は俺には出来ない。ティティ、すまないが聴いてくれるかい?」

「勿論です」


 レオポールの手を借りてファンティモンドは立ち上がった。


「では現場の対策本部へ案内を…」

「いや、それは騎士に案内してもらう。フェルヴェールには別にしてもらいたい事がある」

「?なんでしょう?」


「アメリィのレモネードをありったけ集めてきてくれ。一滴残らず、全てだ」




***




 昏く。明けない。

 家が崩落する音が。逃げ惑う悲鳴が。

 業火が、どうして心を癒すの。

 

「なんで消えちゃったんだよ」


 騎士団長とあの綺麗にしちゃう女が居ないから、上手くいくと思ったんだ。王都が焦土になれば、もう苦しくないと思ったんだ。


「ラトォーリオ」

「兄上、どうして腑抜けててくれなかったの?」

「お前こそ、何故腑抜けを直さない」


 そこは王都がよく見下ろせる、小高い丘にある廃墟だった。


 あれから夜が明けて、お昼過ぎにようやく消火が完了した。レオポールが土魔法で火災現場を隔離したお陰で、酷い延焼は免れた。

 ファンティモンドは助けを求める声を懸命に聴き、騎士団を指揮して多くの命を助けた。


 それでも多くの人が亡くなって、何百人もの人が家を失った。




「ここは火災現場が良く見えるな」

「来るな」


 未だ辺りはきな臭く、再発火を警戒して見回りする騎士の気配がそこここでする。王城の一画を解放して家を失った人用にテントを用意しているが、落ち着かずにウロウロとする人も多い。


 消火を終えてレオポールは直ぐに妖精眼を発動した。そこら中に点々と黒い靄が散っていた。悪意を纏ったネズミが、統率の取れた軍隊の様に駆け回っては避難路を荒らした。

 それの靄の元を辿ればこの廃墟は直ぐわかった。




 廃墟の床は砂だらけで、踏み出すとジャリ、と音が鳴った。

 ラトォーリオは廃墟の窓際に一脚の椅子を置き、気怠げに腰掛けていた。来るなと言いつつ逃げる気配はない。淀んだ目で憎々しげにレオポールを見上げる。


 レオポールが妖精眼を発動させると、ラトォーリオは黒い塊に視えた。

 悪意だ。妖精の悪意に塗れている。

 悪意の祝福があるとすれば、これがそうなのだろう。その悪意を魔力として、ラトォーリオはネズミを洗脳し、操っていた。


「俺兄上が嫌いなんだ。努力ばっかして努力を止めないとこが一番嫌い。そんで公平だったり、良心を尊重したり」

「なんだか褒められてるみたいだな」

「そーゆーとこが、見下されてるみたいだよ」

「穿って見過ぎじゃないか」


 レオポールは砂利を踏み鳴らして、ラトォーリオの正面に立った。


「お前には一番重い刑が適用されるだろう」


 アンルーンセンで、皇族の死刑は存在しない。

 一番重くて生涯幽閉だが、幽閉先は地下牢になるだろう。


 ラトォーリオは軽く肩をすくめて、ピュイッと小さく口笛を吹いた。聞きつけたネズミ達が直ぐに来るはずだ。


「捕まえられんの?」

「勿論だ」


 そうしてレオポールは背後に隠していたレモネードを、ラトォーリオの頭にぶちまけた。


「っっ!?」

「安心しろ。お前の可愛いネズミ達も今頃皆浴びてるだろうよ」


 ここに来る前に、フェルヴェールが集めてくれたレモネードを水で薄めて増やし、霧吹きに入れて巡回中の騎士に持たせた。

 地中のネズミの巣も道もレオポールが全て土で塞ぎ、下水道を見回る騎士には既に告げている。


 ネズミが居ようと居まいと隈なく撒いて来いと。


「こんなところに閉じこもってるからわからないんだ」


 レオポールは勢いよく窓を開ける。

 未だ濃い焦げた臭いに、ふわりと爽やかな夏みかんの香りが混じった。


浄化の魔力(レモネード)だらけさ。王都中、みんな」


 茫然と、ラトォーリオは窓の外に視線を移した。

 段々と頭が冴えてくる。

 後悔はない。だが、した事が良いとも思えない自分に驚いた。

 髪から滴るレモネードが唇の隙間から侵入した。


「はは、あまいよ」


 兄上も。レモネードも。




***




 ラトォーリオの連行を見届けてから、レオポールは皇太子宮へ戻った。

 避難してきた人でごった返す城へ人手(ヘルプ)を回している為、建物内は静かだ。

 閑散とした廊下を歩き、レオポールは第二厨房へ入った。そこでは無数の空瓶を木箱へ片付けるフェルヴェールがいた。


「フェルヴェール、ご苦労だったな。助かった」

「僕は大したことはしてませんよ。お礼はボードル嬢に言って下さい」

「アメリィ?」


 フェルヴェールは木箱を積み上げると腰を伸ばした。


「メイド達が言っていました。ボードル嬢は出発するギリギリまで、レモネードとシロップを作っていたそうですよ。僕が第二厨房に来た時はもう、調理台一杯にレモネードの入った瓶が並んでて。壁際に積み重なった木箱もレモネードでいっぱいでした」

「それは、知らなかった…」

「ここを離れるのが心配だったみたいです。はい、どうぞ」

「ん?」


 差し出されたので反射的に受け取ったそれは、小さなガラス瓶だった。

 結び付けられている細い麻紐にはメモが挟まっていて、少し右上がりの、幼さを感じさせない筆跡で「殿下へ」と書いてあった。


 中身は、飴だ。

 いつもアメリィがくれる、ピンクや空色の包装紙が可愛いべっこう飴に似たあの甘い飴。

 それが沢山入っている。


 蓋を外して飴をひとつ取り出す。包みを解いて口に入れれば、変わらずに浄化の魔力を感じた。


(会いたい)


「…なぁ、フェルヴェール」

「行くんでしょ?お供しますよ」

「いいのか?今ならティティ派になれる(乗り換え出来る)よ?」


 皇太子変更の手続きは着々と進んでいる。

 特に、やると決めたファンティモンドの活躍が凄い。貴族の耳元で「ちょっと小耳に挟んだんですけど…」と呟くと、一様に皆顔色を青くして首を縦にしか振らなくなる。怖い。

 そうしてどっちつかずの貴族票を集めた為、変更の条件のひとつである「貴族議会による過半数の承認」は既に達成した。あとは皇帝陛下の裁可待ちである。


「そう言っても殿下は公爵になられるのでしょう?」

「うん多分。自由な時間が多めに欲しいから男爵でいいって言ったんだけど、許してくれなかった…。今管理してる王家の領地もそのまま下賜されるみたい」

「まぁ私としては、公爵家の家令になるのも悪くないかなって思っていますので。勿論雇っていただけますよね?」

「フェル…」


 じーん、と感動してフェルヴェールに抱きつこうとしたら、厳しい顔で待ったをかけられた。


「感動している場合ではありません。私としては将来お支えする奥方は浪費家でも毒虫好きでもなく、優しくて清く可愛い方がいいなぁ、と思うわけです。…口説き落とせるんですよね?」


 ゲームにおけるレオポールはいわゆる溺愛キャラ枠だった。


(…姉のペラ本では溺愛すぎて全身舐め回すシーンがあったな…。さすがにあれは妄想、だよな?)


 正直溺愛セリフを言えるかと言われると、どうしようもなく恥ずかしい。

 だけどアメリィが攻略対象達に囲まれてしまっている今、そんな事を言っていられない。


「口説き落とすさ」


 開き直るしかない。




***




「わぁ…」


 帝都から馬車で1週間。アメリィは紅葉色づくシャルヌ領へやってきた。


 「西の方へ旅行に行きたいなぁ。紅葉とか見れたら最高」なんて呟いたら、皇太子宮のメイド達がシャルヌ領をお薦めしてくれた。なんでも古い街並みを残しつつ、帝都で人気のお店の支店が多くあって情緒も買い物も楽しめるとか。

 メイド長に申請を頼んだら、ハルトムント経由でOKが出た。どうやらレオポールは忙しいらしい。


 西へ行く程に山がだんだんカラフルになっていき、今ではすっかり赤や黄色の景色が馬車の窓から見えた。


「領主館へ宿泊の申請はしてありますのでご安心下さいね」


 そうにこやかに話すのは、ハルトムントの嫡子ルスティンだ。父と同じ薄茶の髪は少し長めで襟足で一つに纏めている。

 馬車に同乗し、道中もアメリィのエスコートをしたり、宿泊やお買い物などの手配も全てこなすスーパーキッズだ。

 今回騎士団長セドリックは騎馬にて護衛してくれている。


「シャルヌ領ってとても立派な領地なんでしょう?申し訳ないわ。街のお宿でも大丈夫ですよ?」

「いいえ、父からくれぐれも大切にするよう仰せつかっております。それに僕もアメリィ様を大事にしたく思います」


 目を細めて微笑むと、ふんわり柔らかい雰囲気になる癒し系だ。中性的な雰囲気の彼だが、数年後には間違いなく美男になるだろう。

 アメリィは末っ子なので、「こんな弟いたら可愛いだろうな」と思った。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」


 領主館の前へ到着すると、玄関前に立つ人達が見えた。メイドやフットマンが並ぶ一番前に、遠くからでも目を引く男性が立っていた。


(頭、ピンク)


 馬車から降りると、綺麗な桃色の髪の男性が一歩前に出て、礼をとった。


「ようこそいらっしゃいました。シャルヌ領主のシルバンと申します」

「快く出迎えて下さりありがとうございます。ボードル男爵が次女のアメリィと申します。滞在中どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、帝都で噂の聖女様にご来訪いただき光栄でございます。とは言えここいらは妖精の被害も少なく平和なものです。どうです?息抜きに私と遊んでみませんか?」


 エメラルドグリーンの瞳がぱちりとウィンクし、アメリィはきょとりとした。


(えーと、これは持て成しの言葉…でいいのよね?)


「あの、はい。私息抜きも兼ねて来ていまして。紅葉の綺麗な遊歩道とか、歴史の長い建築物とかご案内いただけると嬉しいです」


 これにはシルバンがきょとんとしてしまった。

 アメリィは笑顔で冷や汗かいて心の中で喚いた。


(ほぉらーもー!なんか間違えたっぽいよ!?社交辞令でしたか!?偉い人に案内頼んじゃったの失礼か?失礼か!本当の意味はなんだったの?)


 アメリィが焦りまくっているのに気づいてルスティンがフォローに入ってくれる。


「辺境伯様はお忙しいでしょう?僭越ながら私も下調べをして参りましたので、是非私にご案内させて下さい」


 アメリィはルスティンの申し出に乗っかろうとしたが、シルバンは口の端をゆるりと上げて答えた。


「いえいえ、公爵家のご子息様のお手を煩わせるなど。是非私にご案内させて下さい。地元民しか知らない逸話とかもありますよ」

「いやいや、父からアメリィ様の事をくれぐれもと任せられておりますので…」


 どっちの発言にどう答えたらいいかわからなくなったアメリィは無を貫いた。

 皇帝陛下との一件で、貴族とのやり取りは下手に口に出してはいけない事を学んだアメリィであった。

 



 次の日、早く起きたアメリィは早速外へ散歩に出た。辺境伯邸の一部が林になっていて、遊歩道が整備されている様だった。林を横切る赤茶色の煉瓦道がとても可愛い。

 未だ朝靄が晴れない空気は冷たくて気持ちいい。

 腰に落ちたストールを肩まで上げて空を見上げた。

 雲間から見える青空はレオポールの髪色に似ている。


(公爵様が伝えといてくれたって言ってたけど。殿下…お見送りに来てくれなかったな。やっぱすっごいお忙しいんだよね)


 こんな風に、自分だけ喧騒から逃げてきてしまったかの様で申し訳ない。だけど、物理的に距離が開いた事でアメリィの気持ちは大分落ち着いていた。


(これで良かったんだ。もうお会いする事も無ければ、私は約束を守れるわ)


 空の青を見るだけで、胸がきゅうと苦しくなるけど、それは時間が消してくれる事をアメリィは知っている。


(前世の記憶があってよかった)


 まさか2ヶ月足らずでそう思える様になるなんて。


「もーやめやめ!」


 空から目を離し、前を向いた。

 風景を楽しむ為に来たのよ、と。


「あれ、煉瓦道…」


 足元の違和感に見回せば、いつ道から外れてしまったのか、まばらに下草が生える土の上に立っていた。

 まさか迷子か?と慌てて煉瓦道を探して踵を返して歩き出したが、行先はだんだん下草が増えて、木も生い茂っていく。


「え、そんなに遠くに来たかな。せいぜい30分くらいなのに…なんで?」


 天気が良いのが救いか。日の当たる下草は輝き、不安はそんなにない。明るい方へ足を向けると、そこにはひとり、誰か立っていた。


「あ、すみません!迷っちゃったみたいなんですけど、シャルヌ領主館はどちらか教えていただけないでしょうか?」


 男はゆっくりと振り返った。

 服の色かと思ったが、違った。長い長い、地に届き尚美しく伸びるエメラルドグリーンは髪だった。

 服は白く、一枚布にひだを付けて、ゆったりと腰紐で留めている。その上から薄い布を何枚も重ねて羽織る姿はとても浮世離れしていた。


 男は悠然と微笑むとアメリィを手招きする。

 アメリィが困惑して、己を指差し首を傾げると、クスクスと笑い声をあげた。


「おいで」

「は、はい…」


 とても親しげに呼び寄せる姿に、迷いながら近づく。目の前に立つと男はアメリィに手を伸ばし、下ろしたままの髪をサラリと梳いた。


「待っていたよ」

「え?私を、ですか?」

「うん。帝都にいると近づけないからね」


 意味がわからず、アメリィはますます首を捻った。


「お会いした事はない、ですよねぇ?」

「私はアメリィを知ってるよ。君のその浄化の魔法は私があげた祝福だからね」

「!!では、貴方は妖精…?」

「そう。アデリアスと呼んで」


 アデリアスはアメリィの手をそっと引くと一番陽当たりのいい場所へ連れていく。すると目の前に蔦植物がしゅるしゅると集まって、あっという間にテーブルと椅子になってしまった。

 アデリアスが腰を下ろしたので、アメリィも向かいの椅子に恐る恐る腰掛ける。

 籐編みの椅子の様な座り心地にホッとした。意外としっかりしている。

 そしてどこから現れたのか、鳥やリスがちょこちょこと小さい木の実や花を運んできて、テーブルの上は一気に賑やかになった。


(夢を見ているみたいだわ。アデリアス様もぼんやり光ってらして…お伽話の絵本の1ページのよう)


「アデリアス様、は…帝都に行けないのですか?」

「あぁ。汚くてね。昔はとても美しかったのに」

「昔…」

「この国が出来た時」


 アンルーンセンで魔法使いが多く生まれるのは妖精王が座すから。それは皆が知っている。

 では何故妖精王はアンルーンセンに留まるの。


「アデリアス様は建国当時からいらっしゃるのですか?」

「そう。約束なんだ。ローザリアとの」


 建国。ローザリア。

 淑女教育、ちょっとでもしてて良かった。


「初代皇帝陛下、女王ローザリア様…」

「そうだよ。彼女は私の妻だった。子供達はみんな人の国で過ごしたがね」


 アデリアスは席をアメリィの隣に移して、その髪を掬った。


「ああ、本当に素晴らしい。私が与えた祝福だけどこんなに美しく育つとは思わなかったな」

「何故、私に?」

「泣いている姿がとても綺麗で」


 アデリアスは目を細めてアメリィの目を覗き込んだ。

 澄んでいて、底知れなくて、美しくて、囚われそうなエメラルドグリーン。見つめられると目が離せない。


「君は…もうちょっと小さかったかな?朝から夜までずーっと泣いて、泣いて、泣き続けて。混沌とした魂が透明に変わっていく様がとても美しくて気に入ったんだ。苦しく哀しい時でも再び立ち上がれるその美しさが。もっと綺麗にしたくて祝福したんだ」


 少し小さい頃に、一日中泣いたのは多分、前世の私が死んだ夢を見た時。

 辛かった。苦しかった。自分の頭がおかしいと何度も思った。でも家族は優しくて。思い切り寄りかかって、立たせてもらったのよ。


(浄化の力は家族みんなで授かった様なものなのね…)


 そう思ったら無性に会いたくなってしまった。


「アデリアス様、私そろそろ帰ります」

「え、駄目だよ」

「え?」


 それまで煌くエメラルドグリーンだった瞳に影が差し、深い森の色になる。迷い込んだらもう出られない様な深い色。


「ローザリアは人の世で生きるからって、共に生きてくれなかったんだ。ねぇアメリィ妖精の国へ行こう?人の世は汚れてしまったよ。国が汚れてしまったらもう見守らなくていいって。好きにしていいって約束なんだ。だからアメリィの事好きにしていいよね?」


 にこ、と細めた瞳は肉食獣の様で、アメリィの本能は警鐘を鳴らした。


(さっきまで陽だまりみたいだったのに…怖い!!)


 しゅるりと蔦が伸びて足首に絡みつく。

 いつのまにか辺りは薄暗く、迷った森に囚われてしまった錯覚に陥る。恐怖で焦る。

 何か話して気をそらせられないだろうか。


「そも、そも…帝都の人達が見ていた悪夢や悪意は一体…」

「小さな妖精は人の負の感情の影響を受けて悪い妖精へと転じてしまう、繊細な魂なんだよ。悪い妖精はそりゃ悪戯するさ。悪い妖精なんだから」


 アデリアスはアメリィの顎を取り、つ…と指先で撫でる。


「わかるかい?悪い妖精が増えるのは、悪い人が増えるからさ。そんなの綺麗にしなくって良いじゃない?」


 鼻先が付くほどに近づいた顔は美しく、獰猛で。

 自由になる視線だけ彷徨わせて、探した。


 どこまでも優しい、あの青空。




「アメリィ!!!」


 


 見上げた、アデリアスの向こう。曇り空を割いて。


「で、殿下!!?」


 青空が落っこちてくる。


「落ち落ち、落ちーーー!?」


 レオポールは手を前面に構えて、思いっきり魔力を放出する。魔力が当たった地面は湧き立つ様にボコボコと盛り上がって行く。その柔らかく盛り上がった土にレオポールが足から突っ込んだ。ズボーッと深く埋まり、その姿がアメリィの視界から消える。


「でででで殿下ー!?」


 アメリィは立ちあがろうとしたが、蔦が絡まってがくりと体勢を崩した。それをアデリアスが抱き止める。


「大事ないか?」

「だ、大丈夫なので、離して下さい。(これ)も、取って」

「ふふ、イヤイヤする姿も愛らしい」


 身を捻って抗議するも、どうしよう言葉が通じてない。

 どうにか引きちぎれないかと足を動かしてみる。

 アデリアスはアメリィを抱きしめたまま、侵入者を睨み付けた。


「一体どこから侵入したのだ」

「“ローザリアの秘密の扉”」


 耕かされた土が元の平らに戻って行く。そこにレオポールが平然と立ち上がった。

 アデリアスはぴくりと頬を揺らした。


「“華の秘蜜”の最後に出てくる、この国の秘密。ローザリアは皇城の薔薇園に妖精王へ繋がる扉を隠した。だろう?妖精王アデリアス」


 アメリィはきょとんとレオポールとアデリアスを交互に見る。


「アデリアス様は、妖精王様…?」

「何だ、アメリィ。気づいてなかったのか?」

「建国からいらっしゃるというから、妖精王様をご存知なのかな…とは思ってましたけど…」

「ふふ、そんなアメリィも可愛らしい」


 アデリアスが身を屈めてアメリィの額に口付けようとしたら、ビッと目にも止まらない速さで石が飛んできた。そのまま背後の木に当たりめり込む。


「アメリィを離せ。触んな。返せ」

「お前、私にその様な態度をとってただで済むとでも?」

「ああ」


 レオポールはずかずかと2人に近づき、その腕の中のアメリィの肩を引いた。足が絡まっているアメリィは背面からレオポールの腕の中に倒れた。


「っ、ぅえっ!?」

「つかまえた」


 頬が触れ合うほど近く、強く抱きしめられて、アメリィは一瞬で真っ赤になった。満足気に微笑むレオポールの顔を見ると、胸がきゅんとした。


「アメリィ、俺と帰ってくれる?」


 耳元で訊ねられて、眉を八の字にして真っ赤な顔のまま、こくこくと首肯するしかない。

 アデリアスはそれを面白くない顔で見ていた。


「帰れるとでも?」


 周りの木々がざわりと騒ぐ。その不穏な雰囲気にアメリィはきゅっとレオポールの服を掴む。

 レオポールは自信のある笑顔で悠然と構えた。


「…約束を破りますか?」

「何だと?」

「ローザリアの約束。幾つかありますよね。国の行末を見守ってほしい。緑豊かにしてほしい。それと、子供達が困っていたら助けてほしい」


 アデリアスの眉間に深い皺が刻まれる。


「何故お前がそれを…」

「妖精王ルートは攻略済みなんだ」


 アデリアスは怪訝な顔をしたが、レオポールは笑みを深めてアメリィを抱く手に力を込めた。


「子供の子供の…ずーっと子供だけど、それは俺にも有効、ですよね?ご先祖様?」


 物凄く嫌そうに顔を歪めてアデリアスは「あぁ」と言った。


「俺、アメリィが居ないと困るんです。本当に可愛くて、良い匂いがして、あまくて。側に居てくれないと胸が苦しくて。返していただければとても助かります」


 頭頂部に鼻が擦り寄せられてアメリィは固まった。

 今自分は何をされている?何を言われた?

 ゆるゆると反芻して信じられない思いで振り仰ぐ。頭に顔を寄せていたレオポールの顔は間近で、その目は優しく細められた。


「だって、恋はダメって…」

「あー…うん。それは俺が馬鹿だった。本当にごめん。ごめんなさい。もうアメリィが居ないなんて考えられないんだ。もし許してくれるなら、俺の気持ちを聞いてくれないだろうか」


 アメリィの胸はいっぱいになって、涙が溢れた。


「ダメって、ゆったもん!」


 涙が止まらなくて、駄々っ子みたいな事を言ってしまった。レオポールはちょっと困った顔をして、アメリィの顔を覗き込んだ。


「側に居たいと言ったら、アメリィは困る?すきだと言ったら…アメリィはイヤ?」


 その美貌を、捨てられた仔犬みたにしょげさせて。そんな事言われていやだと言える女性は居ないんじゃあないかしら?


「ずるいわ…」


 レオポールは小首を傾げた。

 追い打ちであざとずるい。


「それはどっちの意味?」

「〜っ、もうっ!困らないわよ!イヤじゃないわ」


 恥ずかし過ぎて、両手で顔を隠す。掌から漏れる小さい小さい囁き声を、それでもレオポールは聞き逃さなかった。


「貴方が私を、すき…で、う、うれしいの…」

「本当?」


 喜色を含むレオポールの声にアメリィの胸はもういっぱいで、苦しいほどだ。なんとか首を縦に動かすと、レオポールはアメリィの髪に頬擦りして、アデリアスを見た。


「返してもらいますね?」

「ふん、つまらん。興醒めだ、好きにしろ」


 そう言ってアデリアスは姿を消した。

 アメリィに絡んだ蔦も椅子もテーブルも、しゅるしゅると音を立てて解けて行く。

 アメリィはハッとしてアデリアスが居た空間に叫んだ。


「アデリアス様!私!浄化頑張ります!!絶対諦めません!だからもうちょっと、見守ってくれると嬉しいです!」


 聞こえたかわからないけど、あんなに不穏だった森は晴れ、木々は優しい葉擦れの音を出した。




 そうして緊張の糸が切れたのか、レオポールはドサリと地面に座り込んだ。


「殿下!?大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。ただ妖精王はね、流石に緊張した。ハッタリ利いて良かった」

「はったり?」

「妖精王がローザリアと交わした約束ってのは魔法を使った契約で絶対に破れないんだ。で、子供達を助けるっていう“子供達”にどこまで含まれるかがわかんなくって、ね」


 さっきまでキリリとしていた顔から力が抜けてへにゃりと笑った。「賭けだった」と言って。


「懐深い妖精王様に感謝〜」


 そのまま脱力して仰向けに転がるレオポール。アメリィはやっと、相当ヤバい状況だったのでは…と青くなった。


「もし…失敗していたら」

「バッドエンド?悪意にまみれた妖精けしかけられて、国が崩壊してたかも」


 アメリィも足から力が抜けてへたり込んだ。


「すごい方だったんですね」

「うん、まぁ」

「でもなんでそんなすごい方の情報が正しく伝わって無いんでしょう?」

「んー、多分だけど皇帝の権力強化の為だろうね。崇拝物が多いと求心力が分かれるから。後は時代の流れかなぁ」


 アメリィは拳を作って振り上げた。


「アデリアス様はずっと国を見守ってくれてたのに、こんなのはあんまりです。感謝が足りないと思います!こんな時は…お祭りです!!お神輿作りましょう!!」


 レオポールは(出た!お祭り一族!)と思ったが、張り切るアメリィに遠慮して流石に黙った。


「国に意見書出したらやってくれますかね?」

「あー、うん。俺からティティに言っとく」

「本当ですか!?でしたら祭り実行委員に宮仕文官見習いのジェルード・ボードルを是非お願いします

!」


 満面の笑みのアメリィが可愛くて、レオポールは「推薦しとく」と答えた。


 暫くすると霧が晴れた様に、周りの景色が変わっていった。いつか間にか消えていた煉瓦道も気付けば少し遠くに現れていた。


 行きましょうか、とアメリィが立ち上がると、レオポールもその手を取って立ち上がった。

 そのままぎゅっと手を繋ぐ。指を絡めて恋人繋ぎをすると、照れたアメリィが早口に喋り出す。


「そそそう言えば殿下はどうやって空から?あれはかなり驚きました」

「いや、俺もまさか落ちるとは思ってなかったから驚いたんだけど…」


 シャルヌ邸ではアメリィが居なくなって、大捜索が始まったらしい。それでシルバンが急ぎ帝都に向かい…。


「へっ!?私迷子になってえっと…2〜3時間くらい?って思うんですけど」

「妖精の領域と人の領域だと時間の流れが違うんだ。で、えーとこっからはあんまり公に出来ない事なんだけど。シャルヌ辺境伯って昔に皇家から別れた家でね、先祖は俺と同じ妖精王なんだ。で今の辺境伯は先祖返りの隔世遺伝してて、妖精の羽を持っているんだよ。それで飛ぶと辺境から帝都まで丸1日ってところか。急ぎ知らせに来てくれてね。消え方から、もしかして妖精王に連れて行かれたんじゃないか?と当たりを付けて、秘密の扉を開けたんだ」

「ピンクの髪に妖精の羽…辺境伯様はメルヘンお兄さんですね」

「ぶふっ…メルヘンて。あのチャラ男がメルヘン…くくっ」


 ひとしきり笑ってから、繋いだ手をひょいと持ち上げる。レオポールはアメリィの手の甲を頬にくっつけた。


「ひとりで旅立たせてごめんね。心配で、後悔した気持ちを君に押し付けて悩ませてしまったよね。本当にごめん」

「私、なんだか元気が出なくて…」

「うん。俺も。…君が居なくなって痛感した。俺はいつも君に助けられてたって。もうダメなんだ、アメリィが居ないと。だからもうひとりにしないよ」


 レオポールはアメリィの指先に触れるか触れないかの軽いキスを落とした。「ぴっ」とやたら甲高い声をあげて、アメリィは跳び上がった。




 シャルヌ邸へ戻ると泣きはらしたコレットが

飛びついてきた。大袈裟な、と思ったが失踪から1週間も経っていたそうだ。


 それから心配した人達によって観光もせず帝都に戻されてしまった。


 しかし帝都は帝都で聖女行方不明!や皇太子殿下御乱心により皇太子の交代が可決!など大変な騒ぎになっていた。


 特に皇太子交代はアメリィも全く知らなくて驚いた。知った時はレオポールが隣にいて「これでもっとアメリィと一緒にいられるね」とのほほんと言われた。いいの?本当にそれでいいの?


 しばらく喧騒を避ける為避難を、との話があがり、アメリィはボードル領へ一旦帰る事となった。

 ボードル領でまたレモネードや今度はジャムとか、色々作って聖女印で出荷するのだ。アデリアスは綺麗なのは好きと言っていた。どんどん浄化の魔力を出荷して、アデリアスが居たい国を目指したいと思う。




 それはともかく。


「何故殿下も一緒なんですか?」


 馬車で隣に座り、ぴっとりとアメリィにくっついて、レオポールも帰郷に同行していた。


「ん?ティティの派閥が落ち着くまで隠居してようと思って。ボードル領は前に化石も出てたから、土も掘りたいし。それに」


 レオポールはアメリィの手を下から掬い上げて、きゅっと握る。


「ひとりにしないって言ったでしょ?」


 嬉しそうににっこり笑われると、アメリィはドキっとしてしまう。


「で、殿下」

「ねぇ、レオポールって呼んでよ。隠居中に殿下なんて呼ばれたら目立って仕方がないから」


(確かに)


「レ、レオポール様」

「ん。なに?」


 思い切って呼んでみる。呼ばれたレオポールがはにかむ様に笑うから、想像以上に恥ずかしくって続きの言葉が頭から飛んでいってしまった。


(えーとえーと)


「あ、飴食べますか?」


 言われたレオポールはふはっと軽く吹き出して、ちょっと照れてから「あーん」と口を開けた。


「え」

「前はしてくれたよね?」


 それは、疲れていらっしゃる時で。

 でもにこにこと口を開けられたらもう、入れたくなっちゃうじゃない。

 飴を包みから出して差し出すと、レオポールはパクリとほおばり「あまい」と笑った。


「この先もずっとずっとしてもらおうかな」

「それは…お嫁さんにしてくれるって事ですか?」


 思い切ってきいてしまったが、言われたレオポールは顔を真っ赤にして口元を押さえた。

 さっきまでの余裕が鳴りを潜めて、なんだか優位にたった気分だ。


「う、ん。そか。ちゃんと言ってなかった」


 レオポールはちょっと猫背で頭をがしがし掻いてから居住いを正す。アメリィの両手をそっととって真剣な顔で言った。


「その、急かすつもりは無くって。日に日に綺麗になっていく君をみているのも好きなんだけど…でも君が大人になるのが待ち遠しい」


 コツリと額を合わせてレオポールは少し掠れた声で言った。


「君が好きなんだ。もう、手放せないんだ。ずっと側に居てほしい。アメリィ、俺と結婚して下さい」

「…っはい」


 嬉しくて、気持ちが飛び出しそうで、アメリィは思い切ってレオポールの頬にキスをした。

 ちゅ、と音を立ててそっと離れる。レオポールを見上げると、彼は固まったまま、じわじわ頬が染まっていった。

 そしてぱっと両手で顔を隠してしまう。


「俺は大人だから、アメリィに手を出せないのはわかるよね?」

「はい。そうですね」

「キスしたいの、すっごい我慢してるってのはわかってもらえるかな?」


 両手で顔を隠しているのは我慢のあらわれみたいだ。そう気付いてしまうと、なんだかイタズラ心が芽生えてくる。


 さっきはいっぱい困らせられたから、ちょびっとくらいは許されるよね?


「わかりました。キスは私からだけという事ですね」

「〜〜〜っ、悪魔かっ」





 ボードル領で「末っ子の婚約祭」が盛大に行われるのは、もう直ぐの事である。





駆け足で書き連ねてしまい、未熟な部分が目立つ作だったかと思いますが、最後までお付き合い下さりありがとうございました。

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