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ヒロインは約束を守りたい

 アメリィはレオポールとの約束を思い出す。


(私にお声が掛かると言うことは、きっとザルツァンセン様の御子息は例の攻略対象とやらなんだわ。大丈夫です殿下!私は恋に落ちたりしませんからね!)

「有難いお話ですが、私には勿体無いです」


 ハルトムントは片眉だけあげて少し意地悪く笑う。


「そうか。わかった」


 「今は」とアメリィに聞こえない声で付け足した。




 それからアメリィは毎日魔法訓練所に通った。

 訓練所と言っても、ここ数年は新しい魔法使いが見つかっておらず、生徒はアメリィ1人だった。個人塾の様な広さの教室でマンツーマンで教わる。

 最初は座学。先生は魔力を視る事ができると言う赤い髪が美しい女性だ。テッサと名乗っていたので、アメリィは「テッサ先生」と呼んでいる。

 テッサは線の細い見た目からは想像出来ない程体育会系で「魔力は見るんじゃない、感じるんだ」と言った。


 …先生魔力見える人なんだよね?

 

 ノリは体育会系だが、きちんと手を取って魔力を流して自覚を促す訓練を丁寧に行なってくれた。

 すると段々ふわふわした膜が自分の体を覆っているのに気がつくことが出来た。


 それを自分の意思で少しでも動かす、というのが1週目の課題だった。


 そして、訓練所への送り迎えは毎日ハルトムントが請け負ってくれた。アメリィ的には(ふふふ、私はそっちのルートに行ったりしませんよ)と得意げである。




***




「は?ザルツァンセンが毎日アメリィを送り迎えしてる!?」

「はい!でも大丈夫です!ご子息とお会いする事は避けていますから」


 次の休日、レオポールはアメリィをお茶に誘っていた。

 そこで鼻息荒く主張してくるアメリィは可愛いが、その内容はちょっと間違いだった。


(いや息子がメインじゃない!その歳の離れたオッサンが攻略対象なんだよ〜!!)


 ハルトムントルートは姉がプレイしていたので、細かなストーリーはわからないが、個別ルートに入ると息子を紹介されて、その息子から一目惚れされる。しかしアメリィは既にハルトムントに恋心を抱いていて…ラストは親子からの愛を受け止める、みたいな背徳エピソードたったはず。


 幸い、本来のストーリーと違いアメリィが13歳だから、オッサン系攻略対象はアメリィを恋愛対象に見ないんじゃないかと思っていたが。


(息子は確か12歳。恋愛対象範囲内か…俺よりも、くっ!てかそもそも、何であいつ出張ってきた?訓練所の送り迎えは、訓練所の職員に頼んでおいた筈なのに)


「その、ザルツァンセンはどんな事話してるの?」

「ええっと、なんかレモネードをすごく喜んでいただけてるみたいで。今度直接欲しいなぁ、みたいな事を仰っていました。あ、勿論殿下がご采配されてるので私はわからないって答えました!」


 親指をビシリと立てて得意気に答える。その後両手を合わせてもじもじし出した。


「それであの、実は兄のベルナルドから私のレモネードでゼリーを作りたいと言われまして。売ってくれないかと」

「ああ」


 実はここ数日でアメリィのレモネードの話が一気に広がった。


 新しい魔法使いの発見と浄化の魔力持ちだと言う噂は広がるだろう、と予測していた。しかし実際に広がった噂は『浄化の魔力持ちの娘が作るレモネードを飲むと妖精の悪意を祓える』という、厭に具体的なものだった。

 そのせいで貴族達がどうにか手に入れようと莫大な賄賂が行き交ってる、とファンティモンド情報だ。


 兄のジェルードがレモネードを欲しがるのもその為だろう。新店を出すなら確かに看板商品になりそうだ。


(誰が何の目的で、どっから漏れたのか…全く尻尾が掴めないなんて)


 最初はアメリィにつけたメイド達を疑ったものだが、話をきくにそれはなさそうだった。

 というのも、いつの間にか夏みかんの種から化粧水を作っていて、試供品をメイド達に配っているらしい。浄化の魔力が入った化粧水はニキビを綺麗に消してしまうらしく「購入希望者が押しかけて、自分が買えなくなったら嫌だから絶対誰にも言わない」と皇太子宮のメイド達の結束は固かった。

 侍従は目下調査中だ。


(まぁ、レモネードゼリーの件に関しては賄賂とかでなく、正規の値段で浄化の魔法(レモネード)が広く行き渡るのは案外悪くなさそうだ。密閉したレモネードみたいにゼリーは日持ちしない。高額転売もたかが知れているだろう)


「わかった。材料はこっちで手配して、俺と君の兄上との取引という形を取らせてもらっていいかな?アメリィの給金も今度纏めて出すから」

「あ、ありがとうございます!兄に手紙を出しておきますね!」

「魔法の訓練も大変だろう?無理はしないでくれ」


 そういうと、アメリィは目を細めてクスクス笑った。光を反射するアメリィの金の瞳は木漏れ日を集めたみたいに優しくて見惚れてしまう。


「殿下よりお顔の色が悪い人はそうそういませんよ。殿下こそ、よくお休みになって沢山レモネードを飲んで下さいね」

「う…はい」


 心配したはずが、逆に心配され、そっと飴を渡された。ああ、もう本当に。



 かわいい。




***




 アメリィは午前は訓練所、午後はレモネード作りと毎日こなし、訓練所での成果は着々と出ていた。


 アメリィは魔力を動かすというのを理解出来るようになったのだ。


「これを、こう!」


 空の瓶を両手で掴んで魔力で包む。すると、一瞬ピカッと光った。今までみたいに何となく流れ出た魔力を浴びせるのではなく、集中して多くの魔力を浴びせることに成功したのだ。


「お嬢様!今光りました!」

「やった!出来たわ!瓶を浄化出来た!!これで薪代は浮くわよ!!」


 コレットと手を取り喜びを分かち合う。メイドや侍従たちも微笑んでくれたが、端の方にいたメイドが小さく悲鳴をあげた。


「きゃっ…!?」

「え、やだ!ネズミよ!」


 ネズミはチチッと小さな鳴き声をあげて、ドアの隙間から走り去っていった。


「嫌だわ、メイド長に言って殺鼠団子手配して貰って来る」

「ネズミが増えると病気が出るから急いだ方がいいわね。手の空いてるもので掃除してもらいましょう」


 俄かにメイド達がバタバタしだす。アメリィも手伝おうかと思ったが、レモネードを作っていてと断られた。

 役割があるなら仕方ないと、アメリィは瓶を次々とってぴかん、ぴかんと光らせる。


「ふん!ほ!はっ!」


 気合いを入れて魔力を集めるが、コレットはなんとも言えない微妙な顔でアメリィを見ていた。


「もっとこう…違う掛け声がよろしいような」

「まは!(ぴかん)りく!(ぴかん)まー!(ぴかん)みたいな?」

「すみません、ちょっとよくわかりません。えっと、もっと素敵でかっこいいのがいいと思います!」

「とびだせ!(ぴかん)愛と希望!(ぴかん)…ちょっと長いわね」

「それは素敵……ですか?」

「…難しいわ。私が思う魔法ってこんな感じなのよね…。むむ、コレットも考えてよ」

「うーん、そうですねぇ。あ、お花の名前とかどうでしょう?“咲け!薔薇!パンジー!ラフレシア!”」

「ラフレシア!?何でラフレシア!?」

「ごめんなさい、語感でなんとなく。所でラフレシアってどんなお花なんですか?」


 瓶をぴかぴか光らせ続けるアメリィの後ろでは、夏みかんを絞る助っ人達が揃って咳払いをして「力が入らん…」とぷるぷるしていた。




 そうしてアメリィが王城へと滞在して25日目の事。


「へっ!?皇帝陛下からの呼び出し!?」


 朝の支度中に突然メイドが入ってきて告げられた。訓練所へ向かうワンピースが用意してあったが、メイド達は慌てて謁見用のドレスを取りに行く。


「え、今直ぐですか!?」

「今直ぐで御座います。お急ぎ下さい」

「ちらっとでも用件ってわかったりします?」

「存じ上げません」

「お怒り事かそうでないか、くらいは…」

「陛下の御心を推し量る様な真似はとても」


 そっか。そうなのか…。


 とにかくされるがままに清楚系にドレスアップして、ギクシャクしながら謁見の間に入る。

 思っていたより小ぶりな謁見の間だった。

 待ち構えていたのはヒゲを蓄えたおじ様と、近くにハルトムントがいた。見知った顔にアメリィから少し肩の力が抜ける。あとは侍従やメイド、騎士が控えているが、怖そうな貴族はいないっぽい。

 

「帝国の永遠なる太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます。ボードル男爵が次女のアメリィ・ボードルで御座います」


 膝と腰を目一杯下げて、尻筋が試される姿勢を取る。直ぐにハルトムントが「面をあげよ」と言ってくれたので、有り難く背筋を伸ばした。

 陛下は思ったよりも穏やかな顔をしていて、お叱り案件じゃなさそうで、アメリィはほっとした。


「アメリィ嬢、其方のレモネードを私も口にさせてもらった」

「えっ!?あ、はい!えと、恐悦至極です!」


 直に声を掛けられて、一瞬で頭がパーン!となった。気の利いた言葉とか、言葉遣いとか、真っ白である。

 その様子を見て、陛下とハルトムントはクスクスと笑う。


「いや、本当に可愛らしいお嬢さんだね。レモネードは大変素晴らしかった。ここ5、6年程妙に苛ついたり、些細な事が気になって仕方なかったりと、心落ち着かぬ日々を過ごしていたのが嘘のようだ」


 陛下の横でハルトムントがうんうんと頷く。どうやらこの2人は気が合うらしい。


「どうだろう、何か褒美でも。私には息子が3人いてね。どれかやろうか?」

「だめですよ、陛下。彼女には私の息子を勧めているんです」


 アメリィはそこでピーンときた。


(これはもしや殿下が言っていた『イベント』ってやつでは!?成程成程、ボーイフレンドをいっぱい紹介してもらえるって流れですね?私は出来ます!断れます!)


「大変恐縮ですが、私などには身に余るお話でございますれば、ご辞退申し上げます」


 言えた!と内心ガッツポーズを決めたのは一瞬の事だった。


「ほう。我や公爵の申し出を断るか」


 陛下の声が若干下がり、アメリィはピタリと動きを止めた。


(おおお怒らせた?え?てゆーかザルツァンセン様って公爵様だったの!?何で誰も教えてくれないの!?常識か!常識なのね!!わーん、もうどうしたらいいの!?)


 内心焦りに焦りまくっていたら、くく、と低い笑い声がした。


「陛下、お戯れが過ぎます。貴重な浄化魔法の使い手を揶揄わないでいただきたい」

「いや、すまんな。実は腹に一物あるんじゃないかと思ったが…ふ、顔に出過ぎだ」


 アメリィは試されたと気づき、顔に熱が集まるのを感じた。怒らせたのでは無いとわかると涙腺まで緩んでくる。


(よ、良かったよ〜!一瞬“ボードル領お取り潰し!”な新聞の見出しが脳裏を過ぎったよ!)


「ふむ、愛らしいじゃないか。やはり誰か…ラトォーリオ辺り…」

「ゴリ押しは感心しませんよ陛下。大体歳周りがうちの子の方が…」


 ほっとしたアメリィの耳に、目の前の会話は入ってこなかった。




***




「兄上!」


 ノックもそこそこにファンティモンドは執務室へ飛び込んだ。

 レオポールはチラリと見てから書類にサインを落とす。


「慌てるなんて珍しいな。どうした?」

「兄上こそ落ち着いている場合ですか!?父上がボードル嬢の婿にラトォーリオを推してましたけど!?」

「へー……はああぁぁあ!?」


 書類を読みながら聞いていたので、理解が追いつかなかった。今なんつった。


「ボードル嬢が断って一旦流れましたけど。父上は浄化の魔力を手元に置いておきたいようです」

「てか何でラトォーリオ?」

「一番歳が近いからでしょうね。兄上の想い人を、よりによってラトォーリオ程度が掻っ攫おうなど、全くもって甚だしいにも程があります!」


 予想の上を行くファンティモンドの怒り方に、レオポールは逆に落ち着いてきた。


「ティティは俺の応援しちゃっていいんだ?」


 アンルーンセンで王妃、皇太子妃は伯爵位以上の娘と決まりがある。

 つまり男爵令嬢(アメリィ)との仲を応援してくれるという事はそういう事だよね?とにっこりすると、ちょっと拗ねた顔で渋々頷いた。


「本当は玉座に座る兄上を見たかったですけどね。誰よりも頑張ってきた兄上の、嫌がってる姿は見たくないんです」

「俺もだよ。本当にティティが嫌なら俺が座る」

「いえ、嫌なわけではないんです。ただずっと側妃(はは)は王位争いが起きないよう細心の注意を払っていました。その事は王妃様もわかって下さっていて。こんな風に王妃様の信頼を裏切る真似は、とても堪えるというか」

「そうは言ってもラトォーリオには無理だ。それは王族(家族)だけじゃなく家臣にまで知れ渡ってる」


 皇太子位を譲りたい、そう思った時ファンティモンドならぴったりだと思った。だが同時にラトォーリオに対して公平さが足りないかと思い、身辺調査を行った。その結果は酷かった。


「あいつ、自分の公務を全部側仕えに丸投げしてるじゃないか。学校の成績も王族が落第は外聞が悪いとかでお情けで卒業してるし」

「そうです。それに最近なんか…変な()が…。あ、いや」


 レオポールは歯切れの悪いファンティモンドを見て片眉を上げた。ペンを置き軽く伸びをする。


「なぁ、ティティ?」

「は、はい」

()()()()()()()()()()()()()()?」


 見上げるレオポールの前でファンティモンドはこくりと喉を鳴らした。

 ずっと不思議に思っていた。ファンティモンドの臣下が例えどんなに優秀でも、得ている情報が余りにも多過ぎると。

 つい先程のアメリィの謁見についても、まるで直ぐ側で聞いていたかのようじゃないか。

 魔法眼に魔力を込めると、ファンティモンドの耳に魔力の痕跡が視えた。


「魔法だね?」


 レオポールがにこりと笑うと、ファンティモンドは眉根を寄せてから頷いた。


「すみません。僕の魔法は陛下と王妃様と母、それと魔法の訓練をしてくれた騎士団長のみ知っています。争いを避ける為にと、公表しない事になりまして」


 王位争いは家族の仲が良くても起きる時がある。

 要職に就きたい貴族が、自分の主を押し上げて王位につけようとするのだ。その暁に望むポストを得る為に。

 継承権を持つ条件には優秀さ、指導力、人格と色々あるが、そこに魔法を持つかも含まれる。より妖精の恩恵が多い者がトップに立てば国が豊かになると言われているからだ。

 隠していたい一番の人は側妃様だろう。彼女の実家は伯爵家。侯爵あたりに担ぎ出されたら抵抗出来ない。


「ま、仕方ないよな。それで俺はティティの能力を聞いてもいいのか?」

「兄上なら大丈夫です。と言っても、もう気づいていらっしゃいますよね。先程おっしゃっていらっしゃいましたね“耳が良い”と。その通りです僕はとても耳が良い。聞く音と聞かない音のコントロールを訓練するのに大分かかりましたが、今では王都の音は大体拾えます」


 これには流石にレオポールも驚いた。せいぜいが王城とその周辺くらいかと思っていたからだ。


(ティティが情報戦に強いわけだ)

「じゃ、俺がフェル使って家臣へ皇太子の変更を説得して回ってるのも筒抜けだね」

「その、はい。本気なんだと思いました」

「うん。争いは起こさせない。これは絶対約束するから」


 レオポールは再びペンを手に取って書類をめくった。


「それで、ラトォーリオがどうしたって?」

「あ、そうでした。多分、なんですけど…ラトォーリオは魔法が使えるかもしれません。多分陛下も王妃様も知らないんじゃないかと。時々ラトォーリオの部屋から、引っ掻くような音が無数に聞こえてきて…アレを聞いていると鳥肌が立つんです。違和感というか、良くない感じが」


 上手く言えなくて言い淀むファンティモンドに向けて微笑む。


「わかった。俺のほうでも少し探りをいれる」

「僕ももう少し調べてみます」




***




 アメリィは謁見を終えて、部屋でぐったりした。ドレスから軽いワンピースに着替えてメイクを落としたらもうお昼である。


「疲れた…なんか甘い物が食べたい」

「厨房できいてきましょうか」


 丁寧に並べてくれた昼食にのろのろ手を伸ばすと、皇太子殿下の来訪が告げられた。


「この格好でも大丈夫かしら?」

「気楽に、との事ですので」


 入ってきたレオポールも、いつものシャツとスラックスの気取らない格好で、アメリィは肩に入った力が抜けた。


「アメリィ、大丈夫かい?謁見があったと聞いたよ」

「はい…本当に疲れました」


 レオポールはアメリィの頭をよしよしと撫でて笑った。


「白ぶどうのケーキを持ってきた。食後に一緒に食べないか?」


 萎れた花の様だったアメリィが一瞬でキラキラしだした。両手を胸の前で組んで「ぜひ!!」と答える。


 ランチの間中、レオポールはアメリィの話を聞いては「大変だったね」「よく頑張ったね」と労ってくれた。更には「アメリィのドレス姿を見逃した。残念」なんて冗談まで言ってくれて。

 アメリィの心はだいぶ癒され、なんだか元気が出てきた。


「殿下が来てくれてよかった。嬉しいです」


 本当に本当にそう思って伝えると、レオポールは軽く咳払いしてから「お役に立ててよかった」といった。


(本当、素敵な方だよね……もう、困る)


 口に含んだ白ぶどうは思ったより甘酸っぱかった。




 謁見から数日後、今度は兄のベルナルドがアメリィの元を訪れた。レオポールが招待しておいてくれたのだ。忙しくて本人は不在だが。


「よ!元気か?」

「お、お兄様〜!!」


 アメリィはやっと会えた家族の懐に突進してしがみついた。


「ぐふっ!?」

「お兄様お兄様お兄様ー!!」

「わ、わかったわかった。寂しかったな!よしよし」


 頭をぐりんぐりん撫でられてホッと落ち着く。

 離れ難いので、ソファに2人で座りベルナルドの近況を聞く事にした。


「やー、妖精の悪意とか悪夢っての?結構ヤバかったんだな。王都なんて子供の頃一回来たっきりの田舎者だから驚いたよ。しかもボードル領なんて平和と祭りしかないじゃん?あと肉」


 平和と祭りしかない。上等である。寧ろ最高だと思う。

 ベルナルドは目を細めて今度はアメリィのほっぺをもちもちと撫でた。


「ま、お前のおかげだったらしいけどな。さすが俺の妹だぜ」

「もうお兄様ったら」

「エドガールにも難癖つけられたんだって?モンブローはそんなに深刻なのかな」

「心配?」


 アメリィが気遣うと、ベルナルドはにかっと笑った。


「まーな。麦が不作だと領民が流れて来るかもしれないから。対策は必要だな。殿下から麦の取引先は幾つか紹介してもらったから、男爵領(うち)はなんとかなる。…エドガールはアレだが、子爵様は悪い隣人じゃないだろう?」

「うん」

「ま、親父が悩んでるだろうよ」


 ベルナルドはけらけら笑い、それよりと話を変えた。


「なんかゼリー店だけど、殿下の支援を受けてしまって来週にはオープンだ」

「早っ!!」


 これには楽天的なベルナルドも苦笑気味だ。

 家から連れてきた料理人と新しく1人雇った料理人とでゼリーの分量を試行錯誤していたが、レオポールが新たに3人も料理人を送り込んできてあっという間に完成したらしい。

 迷っていた内装や包装の紙色やリボンなどの細々した物も鶴の一声でバンバン決まってしまった。


「まあ、レモネードが早く街に広がるといいってのは俺もわかるから仕方ないんだけどね。とりあえず夏の間はアメリィのレモネードゼリーと桃のコンポートゼリーとさくらんぼのシロップ漬けのゼリーの3種類に決まった。秋の果物ゼリーは今考案中」


 話していたタイミングで、コレットがレモネードゼリーを運んできた。小瓶に詰められてて、高級感ある感じだ。


「ほら試食」

「やったぁ!頂きます!」


 早速パクりと口に入れると、柑橘のさっぱりした味の後に蜂蜜が香りながら甘味をもたらした。


「美味しい!甘味足してる?」

「ああ、レモネードっつーか、シロップの方使ってる。お前シロップも作ってたじゃん?あっちじゃないと味が薄くなっちゃって。それに結構蜂蜜足してる」

「“レモン”じゃない事に関してはいいの?」

「そこは売る時説明するし、説明書きも出しとく」


 一個ペロリと食べて、さくらんぼのゼリーも食べた。こっちも美味しかった。


「オープンの日は遊びに来るか?ちょっとしたお祭り気分だぜ。来るなら裏口に話通しとくぞ」

「行きたい!殿下に相談してみる」

「わかった」


 それからベルナルドはジェルードの所にも顔を出すんだ、と言って帰って行った。




***




 部屋をノックする音にレオポールは顔を上げた。

 誰か出て、と思ったら部屋の中には誰もいなかった。今皆忙しくしているのは自分がアレコレ根回ししているせいだった。しかも皇太子交代は秘密裏に進めてしまいたいので、人払いしている事が増えていた。

 レオポールは大きい声で「どうぞ」と言うと、外の騎士がドアを開けた。


「失礼します。ボードル嬢が面会を求めています」


 ボードル嬢と聞いてレオポールはペンを置いて立ち上がった。


「ここに通して貰える?」

「かしこまりました」


 机からソファとローテーブルの方に移動する。テーブルに広がった書類をまとめて、使用済みのグラスを壁の棚に移動させる。


「お茶入れ…あー侍従1人くらい残しとくんだった」


 頭をがしがし掻いていると、再びノックがしてアメリィが入ってきた。


「失礼します。お忙しいところお時間をいただきありがとうございます」

「すまん、ちょっと汚くてお茶も出せないが」

「滅相もないです!あの、5日後にゼリーのお店がオープンすると聞いて、外出してもいいかききたくて」

「なんだ。いいも悪いも別にアメリィは好きに行動してもいいんだよ。まぁ、俺がレモネード作りを頼んでしまっているせいか。じゃあ騎士団に近衛……」


 騎士団に近衛を派遣してもらうには騎士団長に話を通さなければいけない。


 騎士団長、セドリック・クレルマン。鮮やかな赤毛が印象的な33歳。既婚者で子供はいない。

 ゲーム中妖精王を除いた攻略対象の中で最年長のキャラクターだ。


 姉は脳筋系キャラに魅力を感じないタイプだった為、セドリックルートはラブ、ノーマル、バッドの全ルートレオポールがプレイした。

 彼の妻はヒステリックで暴力的な人物で、セドリックは日常的に暴力を受けている。とは言え彼は鍛えているので、身体的な負担は大してない。

 問題は心の方。


(セドリックはまだ結婚から2年くらいだったか。ゲーム開始より2年早いが…まだヒステリーはそんなに酷くないのかな?セドリックは妻への接し方に心をすり減らし過ぎて、アメリィに即行で癒されてしまう。脳筋枠だからか結構単純(チョロ)キャラだった。近衛を依頼するだけで、アメリィとセドリックが直接会うわけじゃないけど。あぁ、もう他の攻略対象との接点はひとつも増やしたくない。でも護衛が…ぬぬぬ)


「あの、やっぱり…ダメ、ですか?」


 黙り込んでしまったレオポールにアメリィは恐る恐る声をかけた。ハッとしてレオポールは慌てて笑顔を作る。


「いや、大丈夫だ。出掛けておいで。近衛に、護衛を依頼しておくから、絶対連れて行ってくれ」


 そう言うとアメリィは両手を合わせて花が咲いた様にぱっと笑った。


「ありがとうございます!!」


 その笑顔を見れただけで、心がほわりと温かくなった。アメリィは長居せず、そのまま帰っていった。

 帰り際、いつもの様に飴をひとつ置いて。


 早速口に入れる。甘い。浄化の魔力を感じながら、アメリィの笑顔が浮かぶ。


「仕事、頑張ろ」


 口の中で飴が小さくなるのが、少し淋しい気がした。




***




「初めまして。騎士団長を務めております、セドリック・クレルマンと申します」

「だっ、団長様!?ですか!?」


 ゼリー店オープンの日、アメリィはお出掛けの支度を済ませて部屋で護衛を待っていた。

 だが、来たのは予想の遥か上をいく偉い人であった。


「国王陛下より、今このアンルーンセンにおいて浄化の魔法は何より大事にせねばならぬものと仰せつかっております。よって僭越ながら、私が護衛に付かせて頂きます。街にも隠れて警護を配置しておりますのでご安心下さい」

「えっ、と、よ、よろしくお願いします!」


 騎士団長と2人馬車に乗り込む。コレットは馬車外側にある荷物置きに腰掛ける。

 2人きりの馬車にアメリィは少し緊張したが、影の落ちたセドリックの顔を見て首を傾げた。


「お疲れですか?」

「え?あぁいや、問題ありません」

「そうですか。失礼しました。あ、飴食べますか?」

「あ、あめ?」


 困惑したセドリックにアメリィはハッとした。


(疲れた顔が殿下と被って見えてついきいてしまったわっ。会ったばかりの人から食べ物貰うのって抵抗あるよね?でもきいといて引っ込めるのも…うう)


「甘いものお嫌いじゃなければ」


 そう言ってセドリックの手に飴をポンとのせる。

 一瞬ぼんやりと飴を見てからハッとした。


「勤務中ですので」

「じゃあ、お仕事終わってからどうぞ」


 小さく「ありがとうございます」とセドリックは言ってくれて、アメリィはほっとした。どうやら会話に付き合ってくれそうだぞ、と。


「騎士団長様のお髪って私の先生とそっくりですね。赤い髪は王都では多いのですか?ボードルでは見た事なくて」

「先生?赤い髪…ですか」

「あ、魔法訓練所の先生です。テッサ先生ご存知ですか?」


 赤い髪にキリリとした吊り目は近寄り難い印象だったが、セドリックが眉を八の字にして笑うと途端に柔らかい印象になった。


「ああそうか。ええ、テッサは私の妹なんです」

「ええっ!?あわわ、すみません!わ、私勉強不足で。どの方がどの貴族のお家の人かとか全然わかんなくって」

「仕方ありません。まだ王都へ来てひと月と聞いています。その間も魔法の訓練がメインであったと。地方貴族の未成年が王都の貴族に精通している方が恐ろしい」


 そう言われるとそうかも、とアメリィは公爵様を知らなかった事を含めてまぁいっかと思った。

 御者台から「もうすぐ着きます」と声がかかり、アメリィは手荷物を引き寄せる。向かいに座るセドリックは一瞬黙ったあと、アメリィと視線を合わせた。


「飴を、いただいてもいいだろうか?」


 アメリィはきょとんとしてしまったが、わざわざ許可を申し出る真面目な様子にくすりと笑ってしまった。


「勿論です。お仕事中にお菓子を差し上げてしまったのは私ですから。秘密にしておきます!」

「クスッ。よろしくお願いします。いただきます」


 あまい、とふわりと笑った顔は先ほどの疲れを感じさせなくなっていた。




 お店の前は混雑している為、街の車止めから歩いて向かった。軒下に下がる看板を見てぎょっとする。


「コレット…お店の名前が“アメリィ”なんだけど」

「アメリィですね…」

「お兄様…馬鹿なんじゃないの」

「お嬢様、それはあんまりですよ」


 恥ずかしいだけで全然嬉しくない、と口を尖らせながら裏口に回る。そうしてなんとなく視線を上げて、ビクッとした。ひとが。人が倒れている。


「こ、コレット!人が」


 だけど裏通りを歩く人は誰も気にしていないようだった。むしろ道行く人も虚ろでふらつく人が何人もいた。

 アメリィは慌てて駆け寄ろうとして、それをセドリックがやんわりと止めた。


「団長様!?」

「いけません。あれは、あの人は妖精の悪意に捕まってしまった人です」


 妖精の悪意。妖精の悪夢。

 知ってた。聞いてた。新聞でも読んでた。

 皆言ってる。「ひどい」「ひどい」って。


 倒れている人の服はボロボロだった。その上汚くて。その人とはそれなりに距離があるのに、臭いのがわかる。男性とは思えない程体も薄くて。


 どう「ひどい」のか、なんて。

 わかってなかった。


「団長様…浄化の魔力は、本当に有効なのでしょうか」

「私は、有効、だと思います。行きの馬車をご一緒させていただいただけで、痛感致しました」


 ならば。

 アメリィは胸の前で強く両手を組み合わせる。


(どうかどうか。悪意が、悪夢が晴れますように。今日の夢は温かく、明日の希望になりますように)


 ありったけの願いを。

 平和と祭りに満ちたボードル領みたいに。


 アメリィは魔力を集めた両の手を前にかざして、叫んだ。


「せーの!ボードル領から、こんにちはーーーーー!!!」


 コレットが「なんでそんな掛け声!?」とすかさずのツッコミを入れる。


(なんか、綺麗になる気がするんだもの!)


 裏通り一帯が強い光に包まれる。

 いっぱいいっぱい、綺麗になあれ。


「ボードル嬢!駄目だ!!」


 セドリックが慌てて、背後からアメリィの両手を掴む。魔力の放出を止めた瞬間、アメリィは頭から冷水を被ったかの様に、ざっと血の気が引いた。

 そのまま意識が朦朧として、立っていられなくなる。


「失礼します!」


 力の抜けた体が抱き上げられる。その振動すら気持ち悪い。


「魔力切れです。王城へ戻ります!我慢して下さい」


 馬車に乗り込んだ辺りで、アメリィの意識は途切れた。




***




「ん、ん?」


 アメリィが目を開けると、辺りは真っ暗だった。ベッドサイドのランプが光源を絞っておいてあって、それを目で追うと、オレンジに照らされた薄青の髪が視界に入った。


「殿下?」

「うん。気分はどうだい?」


 凄く、静かな目がアメリィを見ていた。

 初めて見る、その湖面の様な瞳にアメリィは胸がざわついた。


「なんか、体が、動かし辛いです」

「だろうね。アメリィは2日も寝ていたんだよ」

「えっ!?っごほごほっ」


 レオポールは直ぐに水差しから水を汲んでくれた。


「起き上がれるかい?」

「はい、ありがとうございます」


 レオポールの手を借りてぎこちない動きでなんとか起き上がり、ゆっくりと水を飲む。

 それを確認してから、レオポールは喋りだした。


「ごめんね。やはり2年、待つべきだった。君を、連れてくるべきでなかった」

「…殿下?」

「誰も話してなかったんだろう?何故魔力訓練所への出仕が15歳からなのか。未成年の魔力切れは命に関わる事があるからなんだ。君は前世の記憶もあるし、俺も付いてるし、確信もないのに大丈夫だろうと思ってしまっていた。俺は、君を危険に晒してしまった。本当に、すまない」


 レオポールは頭を下げた。


「あ、頭を上げて下さい!例えそう知っていても、私はきました!それに未成年の魔力切れの話は常識なんですよね?だったら父や兄達が知らなかったとは思えません。皆、覚悟を決めているんだと思います」


 頭を上げたレオポールは済まなそうに苦笑した。だけどその目は静かに凪いだままだ。アメリィはネグリジェの上から胸元をぎゅっと掴む。胸のざわつきが収まらない。


(怒って…怒ってるのかしら)


「あの、倒れていた人はどうなりました?」

「勿論、助かったよ。あの路地裏全てが浄化されて、あの日は大変な騒ぎだったよ。ゼリーの売れ行きも俺が手配しているレモネードの売れ行きも順調で、驚く早さで悪意が退いているのが確認されている」

「それは、良かった…です」


(ならどうして…機嫌が悪そうなの)


「もう、街中の人々が君の名前を知っている。“アメリィは聖女の名前”と」

「は」


 言われた意味が理解できずにポカンとしている間に、申し訳なさそうな笑顔を浮かべたままのレオポールは立ち上がった。


「そろそろ君のメイドを呼んでくる。食事を摂って、もう暫く休みなさい」


 そう言って、アメリィに伸ばしかけた手を引っ込めて、部屋から出て行った。


 ぼんやりしている間にコレットが入ってきて、食事や身体を拭くのを手伝ってくれた。

 再びベッドに身を倒すと、コレットがそっと新聞と手紙を渡してくれる。

 新聞の一面には「聖女、王都を救う!!」とでかでかと書かれていた。

 記事を斜め読みすると、ゼリーやレモネードの事も書かれていて、意外にも良心的というか。邪推がない正確な記事だった。


(殿下サイドが情報源かしら)


 手紙は兄達からで、良くやった、世界一の妹、と褒めちぎりながらも、体を心配する内容だった。


「ふふ。お店大成功ね」


 兄達の顔を思い出して少し気持ちが浮上するも、再びレオポールの瞳がチラつく。


 聖女なんてそんな大層なものじゃない。

 そう呼ばれたかったかったわけでもなくて。


 ただ、顔色の悪いあのひとの助けになりたかったのよ。


 そこまで思ってはたと気がついた。


(そうか)


 気づかれたのかもしれない。

 恥知らずにも、約束を破ろうとしているこの心を。

 



 3日程かけて、アメリィは大分動ける様になったので、再び城下へ降りた。幸い名前は知られても顔はあんまり正確に伝わっておらず、普通に歩けた。


 セドリックは呆れずにまた護衛に来てくれた。倒れた事について謝罪してくれて、アメリィも勝手にした事で迷惑をかけたと謝罪合戦になってしまった。


 アメリィは魔力を纏めて放出しないで、今までみたいに垂れ流しながら街を練り歩いた。体に無理が出ない様、時間を決めて。疲れが溜まってきたら、次の日はお休みして。


 そうして王都を端から端まで歩き切った時には、秋の気配が近づいていた。


 街に笑顔が増えた。セドリックや皇太子宮のメイドたちはそう喜んだ。アメリィもそう思った。少なくともあれからもう道端で倒れている人は見かけない。


 でもアメリィはなんだか心から笑えなかった。

 倒れたあの日以降、レオポールには会えていない。忙しいみたいでお茶の時間も取れなくて。


 差し入れのスイーツだけはよく届くけど、甘味だけではもう元気がでなくって。


(顔色はもう悪くないのかしら)


 夕方、部屋の窓から端っこが黄色に染まり始めた広葉樹が見えた。


「そうだ京都行こう」


 頭の隅で、ピアノの静かなメロディが流れた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 紅葉の美しいどこかの寺を歩く後ろ姿など見たのかしら…。そして富士山に新幹線かーらーのチャラララーン~♪
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