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攻略対象は攻略されたい

 領主夫妻が帰宅した三日後、アメリィが出発する事になった。

 フェルヴェールや男爵は手配や根回しに一日中書類や手紙と格闘し、出発前日の晩餐でようやく皆が食卓に揃った。

 食後のお茶を頂きながら、男爵がアメリィに話しかける。


「そうそう、アメリィが作ったゼリーだがね店を出す事になったよ」

「えっ!?」


 流石のアメリィも驚きである。


「男爵仲間に披露したら、店を出すなら出資したいと何人かから声をかけられてね。店の下見や詳細はベルナルドに預けてきた。忙しくしているだろうから、何かあったらジェルードに言いなさい」

「わかりました。ジェルードお兄様に会うのは久しぶりだわ。元気かしら」

「アメリィ、手紙を書いてね」

「勿論よ、お姉様」


 団欒の時間を惜しみつつ、早めの眠りについた。




 明朝は早くから出発した。家族皆と抱擁を交わして、馬車に乗り込む。レオポールとフェルヴェールは乗ってきた馬に直接騎乗している。


 旅程は問題なく順調だった。ボードル領は片田舎だが、一応帝都まで中継出来る村や町があるのだ。


 休憩になると時折、レオポールは地面に手を沿わせて少年の様に笑う事があった。


(最初は怒鳴られてびっくりしちゃったけど、こうして見ると年より若く見えるわ。本当に化石が好きなのね)


 その笑顔を微笑ましく見ていると、お茶を用意してくれたフェルヴェールが話しかけてきた。


「アメリィ嬢、お疲れではないですか?」

「大丈夫です。今まで領主館のある町しか知らなかったから、むしろ楽しくて。はしゃいでしまいます」


 そうしてまたレオポールに視線を移すと、地面から何か石を取り出したらしく、日に翳して見ていた。


「殿下が気になりますか?」

「そうですね。第一印象と大分違うから、本当はどんな方なのかなって」

「ああ、あの時は疲労で大分刺刺してましたからね。ボードル領に来てとても丸くなりました」

「素敵な方ですよね。気をつけなくちゃ」

「え?」


 首を傾げるフェルヴェールにアメリィは「心配いりませんよ」との意味あいを込めて、にっこり笑った。


「ほら、私が攻略対象と奔放な恋をしないか心配されていたじゃないですか。なので攻略対象者には絶対恋しないように、気をつけますね!」




***




「って、言ってましたけど?」

「っっっ!?」


 本日の宿で拾った石を布で磨いていたレオポールの手元から、石が転がり落ちてガコーンッと鳴った。


「眼中に入ってなさそうですが、それでも皇太子を辞めると?」


 レオポールは落ちた石を拾い上げて両手で包んだ。


「それはそれ、これはこれだ。…てゆーか、そうだよ!身分の低い令嬢を溺愛して仕事しなくて身を滅ぼすって皇太子剥奪の定石じゃね!?」

「そんな定石ないです。というか、アメリィ嬢と会ってから“同郷の者と都会で出会(でくわ)すと方言出る”みたいなノリで言葉遣い崩すのやめてもらえます?」

「溺愛ポンコツに活路を見出したり!」

「ヤメロ」




 そうして世にも杜撰な溺愛物語が始まるかと思えばそうでもなかった。


 レオポールがアメリィを好きになるのは簡単だった。アメリィが愛らしく優しいのに加え、時々「おばちゃんか?」と思う一面のギャップがたまらない。


 今も。


「殿下、飴食べますか?」


 とか言ってワンピースのポケットから飴の包みを取り出した。何故ポケットに飴を入れているのか。

 しかも1日1回はきかれる。いくつ持って来たのか。


 そしてレオポールのターン。ここで蕩ける様な視線で「あーんして?」とか言えれば相手に意識させる事も出来るだろう。


(っっ無理っ!!!!恥ずかしい!!!)


「も、貰うよ。ありがとう」


 照れた顔で飴を貰うレオポールをアメリィは笑顔で見る。


(男の人ってあんまり飴食べないし、恥ずかしいのかな?でも毎回貰ってくれるから、殿下もきっと甘味好きなんだよね)


 と、思っていた。


 飴を口に含むと、蜂蜜風味の様なべっこう飴に似てる様な、甘い味がする。

 それに多くはないが浄化の魔力をほわっと感じる。一瞬で消えてしまう程度だが、その気配がなんとも心地よく気持ち良い。

 好きになってしまうもう一つの理由がそれだった。

 とても離し難く、もしこれを誰かが独占してしまったらと思うと無性に苛立つ。


(歪んでる…けど、駄目だ。これはきっと好きって事だ)


『絶対恋しないように、気をつけます』


 ギシ、と胸が痛む。

 自分が蒔いた種だけど。自分が蒔いた種だから。


「絶対、攻略されてやる…!」


 決意を新たに、一行は帝都へと到着した。




***




 帝都に着いた日はアメリィは目が回りそうだった。

 最初は長兄に挨拶して、そのまま帝都のボードル邸に滞在するつもりだったが、防犯の観点からレオポールに却下されて、皇城の一室を借りる事になった。

 が、その部屋借りでも一悶着あった。レオポールは皇太子宮の一室に住まわせるつもりだったようだが、許可が下りず、皇城にあるレオポールの私室の隣も許可が下りず。

 仕方なく皇城のフェルヴェール達上位貴族達が使う私室のエリアを申請したが、それも渋られ。


 結局ぶちギレたレオポールに皇太子宮へ連れ込まれる形となった。


 その間ずっと連れ回された為、緊張で息も絶え絶えである。


(すっごい宮殿を駆け足で巡ったわ…。というかどこもかしこも高そうで迂闊に座ることも出来ない。座りたい。ちょっとでいいから座りたい)


 部屋をもらった時はもう夜。そのまま休めるかと思えば、風呂やらマッサージやら施され、食事の前に寝落ちした。




***




 「皇太子が身分の低い女を連れ込んで囲っている」というレオポールの噂はその日の内に広がった。しかもどんな毒婦かと思えば、齢13の少女。そりゃシャルブローズ令嬢も見向きもされんわ、と。


 レオポールは自分の望む風向きにほくそ笑んだ。




「兄上!!」

「ティティ、ただいま。直ぐ顔出せなくて悪かったな」

「…あ、にうえ?」

「うん?」


 帰城した翌日、レオポールの執務室にファンティモンドは突撃して驚いた。いつもピリピリとした空気を纏っていたレオポールから、ふんわりと柔らかな気配を感じたからだ。


「随分、雰囲気が柔らかく…」

「ん?そうか?」

「という事は…恋されているという噂は事実…!!兄上はロリコンであったと…」

「いやいやいや、待て待て待て」


 レオポールはボードル男爵領で浄化魔法の使い手を見つけた事を端折りながらつげた。


「まぁ、彼女を…その、なんだ、す、す、す……きっ気になってる事は確かだが」


(恥ずうぅぅ)


「そ、うですか。まずお疲れ様でした。浄化魔法の使い手が見つかったのは朗報です。調べた所によると、どうやら父上は随分前から“妖精の悪夢”に犯されていたようです」

「なんだと?」

「最近は隠せないほど窶れが酷く、兄上が不在の間は寝込む事もある程悪化しています」

「ちょっと待て。2週間程で悪化しただと?」

「ええ。何かとザルツァンセン公爵に煽られて、相当に精神を蝕んでいる様ですね。それからそのザルツァンセン公爵。少し前に再婚したじゃないですか」

「ああ」


 問題の「グイグイくる母娘」との再婚である。確か陛下の勧めだったような。


「そのお相手が、浪費はすごい、夜這いには来る、息子も貞操を狙われていると噂で。まあ、その精神的負担からですかね、“妖精の悪夢”がやって来たようです」

「うわ……ん?もしかしてお互いけしかけ合ってるせいでストレスが増えて、悪化してたり…?」

「あると思います」


 ひどい悪循環である。

 しかも、とレオポールは思う。


(俺は鉄道計画の中止もアメリィを帝都に連れて来る事も2年巻いて時間的に余裕があると思っていたし、被害も軽度に済むと思っていた、が…。早い。被害も2年早まっている?)


 レオポールは指で机をコツコツと叩き思案する。


 アメリィを向かわせれば一発で正気を戻すだろう。

 だがまだ浄化魔法の使い手と認識されていない下級貴族の皇族への面会手続きはかなり面倒くさいし時間がかかる。しかも悪夢を見ていると疑心暗鬼が酷くなり、会ってくれるかもわからない。

 それなら。


「よし、俺の名義で明日から毎日双方に差し入れを贈ろう。口にするかはわからんが、例え下賜されて下の奴等からでもいい。周りからじわじわ効果が出て正気の者が増えれば、いつか口にするだろう」

「例の令嬢の浄化の魔力を込めた物を贈るのですね」

「ああ、毎日俺からだと不審に思われるだろうからティティの方で送り主の偽装を頼めるか?」

「給わりました」


 軽く頭を下げて退室しようとしたファンティモンドをレオポールは止めた。


「待ってくれ、ティティ。話がある」

「なんでしょう?」


 反応をひとつも見逃さない様に、レオポールはファンティモンドをじっと見つめた。


「ファンティモンド、皇帝になる気はないか」




***




 アメリィは朝寝坊をしてしまい飛び起きた。そこでベッドの大きさに実家ではない事を思い出し、益々慌てた。


「あぁあ、どどどうしよ」

「アメリィ様、おはようございます」


 一緒について来てくれたコレットが、洗顔用の湯を用意してそばに来てくれてホッとする。

 ベッドルームにはコレットしかいないようだ。


「コレット、ごめんね!寝坊したわ。なんか、お作法とか決まりとかない?大丈夫??」

「大丈夫ですよ。お客扱いで、ゆったり過ごしても問題ない様です。昨日は大変でしたから。私も少し寝坊してしまったのですよ」


 クスクス笑いながら朝支度をする。

 部屋から出ないなら簡単なワンピースでも大丈夫と言われたので、実家から持って来た服に袖を通して続きの部屋に行くと、そこではメイドさんが朝食の支度をしたり、入り口に控えていたりと3人もいた。


「お、おはようございます」


 声を掛けると、戸惑った様に目礼されて、3人共ドア横の壁際に並んで立った。

 コレットが小さい声で教えてくれた。


「貴族は使用人にあんまり話しかけちゃいけないそうです。本当は私みたいな平民出の使用人も宮には上げられないそうですよ。昨日皇太子宮のメイド長に言われちゃって。皇太子殿下様に口添えしていただき助けていただきました」

「まぁ、そんな事が?都会は恐ろしいわね」


 何したらいいかも分からないし大人しくしていないと。そう思っていたが、食事を終えると次は採寸だと言って、ありとあらゆるサイズを測られた。指の長さのサイズとか本当にいるの?と聞きたいくらいだった。


 ランチタイムを終え、午後はレオポールから浄化についての本が10冊程届き、早速目を通す。しかし一冊も読み終わらぬ内に、今度は「レモネードを作って欲しい」という伝言が届いた。


「レモネードって…あの、実家で作っていた物でいいのかしら?」

「よろしいんじゃないですか?」


 伝言を持って来た侍従に厨房に案内されると、調理台には既に材料が山と載っていた。


「こんな立派な厨房使って良いんですか?」

「はい。こちらはパーティの時だけ使う第二厨房で普段は使いませんので、気兼ねなくお使い下さい」

「というか…お嬢様にどれだけ作らせるつもりなのでしょう?」

「えっと…頑張るわ」


 材料の陰になって見えなかったが、近づくと美しい花柄のカットが入ったガラス瓶が沢山用意されている。


「あの、この瓶は?」

「作ったらこちらに詰めて欲しいとの事です」

「わかりました」


 コレットとふたり、よおし!と気合い入れて始めるが、中々夏みかんを搾り終えられず、そこは男性の助っ人をお願いした。果汁を集める傍ら、種をひょいひょい取っていくコレットは流石である。


(これも化粧水の材料にしちゃいましょう)

(ナイスコレット。勿体無いものね。頂けるものは頂いちゃいましょう)


 目と目で会話しながら作り始める。

 と言っても、ある程度貯まったら湯冷ましと蜂蜜を足して完成である。冷やすと尚良し。


「残った夏みかんはシロップにしておく?そしたら水で割るだけで良いんだし」

「そうですね。すみません、大きい口広のガラス瓶はありますか?」


 お待ち下さいと部屋を出ていったので、その間に高そうなガラス瓶を水を張った鍋に入れてくつくつ煮る。


「割れたら…と思うと怖いわ」

「田舎レモネードをこんな高級な瓶に入れてどうするんでしょうね」

「は!そうだわ!浄化魔法なら心配ないじゃない!薪もかからないし、お得だわ!………どう使うのかしら?」

「素晴らしいです!お嬢様!」


 2人でクルリとドア前に佇む侍従を振り返る。

 使用人は話を聴いていないフリを徹底するものだが、2人にじーっと見られて、侍従は冷や汗を流した。


「その、私は存じ上げません」

「…そう。残念だわ」


 一応握ってみたり念を込めてみたりしたけど、出来てるのか出来ていないのかさっぱり分からなくて渋々諦めた。


 仕方ないのでゆっくり沸騰させてから、ゆっくり冷ます。

 瓶にレモネードを注ぐ頃には、シロップも完成した。全部で28本。流石に疲れた。


「お疲れ様でございました。ではまた明日」

「また、明日…」


 山と積まれた材料を消費したと思ったのに。明日も作るんだ…とアメリィとコレットの心はひとつになった。


 それから10日。2人はレモネードを作り続けた。

 その間、長兄ベルナルドとは何度か手紙で近況報告した。

 実家からは次兄のジェルードに連絡するよう言われたが、どうやら見習い文官は使いっ走りで相当忙しいらしい。近況を知らせる手紙を送ったら「すまん、忙しくて。本当すまん」と短い手紙が返ってきた。

 長兄の方はゼリーの店舗が決まり、とんとん拍子で話が進んでいるみたいだ。暫く領に帰れない、お祭り行きたい、と手紙にあった。がんばって。


 そして殿下からは絹地の軽やかなワンピースが何着も届き、ひらひらフリフリのエプロンまで来た。

 絹の普段着なんて恐れ多いと思ったが、そもそも実家から持って来たワンピースごときを皇太子宮で着ている方が失礼だと、メイド長から遠回しに言われたので、有り難く拝借している。


 しかし、作ってくれたであろう殿下本人は一向に姿を現さなかった。

 

「お忙しいのかしら?」

「でもちょっとくらいお嬢様の心配しに来てくれてもいいんじゃないですかね?」


 なんて話を、レモネードを作りながらしていたときである。

 急に厨房の外がざわりと騒がしくなった。2人で何事かと身を寄せ合うと、ばん!と勢いよくドアが開けられた。


「で、殿下!」


 入り口で控えていた侍従が慌てて頭を下げる。

 アメリィは慌ててレオポールへ寄った。その顔色の悪さにびっくりしたのだ。初めて対面した時を思い出す。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……」


 レオポールは妙に据わった目つきでふらりとアメリィに近づくと、そのままぎゅっと抱きしめた。かなり驚いたが、アメリィは自分の浄化魔法の事に思い当たった。


(浄化されに来たのだわ)


 アメリィはレオポールの背中を優しくトントンよしよしした。強張っている肩甲骨がふと弛むのを感じる。


「お疲れ様です」


 浄化の魔法は出来ているんだか、いないんだか未だにわからないが、暫くしてすっと体を離したレオポールの顔色は少しマシになっていた。


「大丈夫ですか?あ、飴食べますか?」


 ポケットに手を入れると、レオポールの顔がふにゃっと緩んだ。間近で見るとさすがにどきっとしてしまう。


「城内でも飴を持ち歩いているのかい?ふふ、せっかくだ貰おうか」


 アメリィは飴の包みを開けて、「どうぞ」とレオポールの口元へ持っていった。

 レオポールは一瞬目を見はるも、素直に口を開けた。口に含む瞬間に、夏みかんの香りと共にアメリィの指先が舌に触れた。


「酸っぱい」

「え、あ、レモネード作ってたから。すみません」

「いや、美味しいよ」

「え?」


 そこでレオポールはやっと疲れ過ぎた頭が回り始めた。


「あ、あぁあ、いやその、うん!美味い夏みかんだな!あと飴」

「あ、あぁー!ええ、ええ!そうなんです!良かった飴もうひとつどうぞ!」

「貰おうかな!はっはっは、では失礼!」


 しゅばっと目にも止まらぬ速さでレオポールはドアの向こうに消えて行った。

 それをコレットと見送った。


「随分お疲れのご様子でしたね」

「そうね…」


 嵐の様だった。

 と、思っていたら。


「……ぁぁ………ぁぁぁぁああぁああああーー!!」


 叫びながら走り戻って来た。

 ドアにがっしりとしがみつき、目を見開いてレオポールは聞いた。


「アメリィが来て何日目!?」

「えっ!?えっと…10日、かな」

「やっちまったあぁぁ!!」


 侍従も護衛もコレットも何が何やら分からず呆然とその様子を見ていた。

 レオポールは一度項垂れると、決然と頭を上げてアメリィに言った。


「今週末は来るから!絶対!空けといて!」

「へ?あ、はい」

「約束!また来るね!」


 そうしてまた走り去って行った。


「大丈夫かしら?」

「なんか、駄目そうじゃないですかね?」


 コレットは不敬な事をこっそり言った。




 その後、皇太子御乱心、そんな噂が流れた。




***




「何やってんですか」

「いやフェル、だって大事な事忘れてたんだよ」


 不在の間、ティティが出来る範囲で書類仕事を肩代わりしてくれていたが、やはり皇太子でないといけないものは多々あって。

 溜まった書類の片付けしつつ、面会を捌き、シャルブローズ父子の突撃を躱しとかなり忙しかった。

 そのせいですっかり失念していた。


 『イベント』である。

 アメリィが皇城へ来て最初の週末は「お城を案内イベント」がある。

 何処にいこうかな?というアメリィにルートに直結する選択肢が出る。


――『そうだ、庭園を見に行こう』

 これだとレオポールとフェルヴェールが案内人になる。


――『そうだ、魔法訓練所を見学しよう』

 これはザルツァンセン公爵が案内を申し出る。


――『そうだ、騎士の訓練を見せてもらおうかしら?』

 これは騎士団長。


 分岐に入るまで平日は訓練でステータス上げ、週末はお出掛けがこのゲームの基本ルーティンだ。

 お出掛けでは攻略対象誰かひとりと必ずエンカウントする。5週間がすぎると、一番エンカウント数の多い攻略対象からデートのお誘いが来る様になる。

 そのエンカウント率はこの選択肢に大きく左右されるのだ。



 因みに二周目以降は『何処にも行かずに部屋にいる』という選択肢が出て来て、これを選ぶと辺境伯ルートと、隠しルートの「妖精王」が解放される。


 全てが2年早く起こっている今、イベントだって前倒しで来ているのではないか?


「まさか『何処にも行かずに部屋にいる』扱いにはなってないだろうな?そもそも厨房にいただろうし?二周目とかないし?辺境伯はともかく、妖精王とか太刀打ち出来る気がしないんだが?」

「あー、もうぶつぶつ言ってて気持ち悪いですよ。ほら、働いて」

「今週末は庭園に出るから!絶対に出るから!あ!!レモネード毎日ありがとうって言ってくるの忘れたっ!!」

「もー!本当働いて!?」


 フェルヴェールにキレられた。




 約束があるので、それからは寝る間も惜しんで働いた。

 妖精の悪意が蔓延っているせいで、ちょっとした問題が至る所で起こり、その皺寄せが寄せに寄って次々届くのだ。納税額も減っている為解決に回せる予算も少ない。自領だけでも大変なのに他領の貴族からも相談書が届くのだから本当に忙しかった。

 なのに、合間合間でファンティモンドは涼しい顔してレオポールを訪問した。


「ティティ、あの話考えてくれた?」


 勿論皇帝位継承の話である。


「もう少し考えさせて下さい。優秀な兄上があの娘の為だけに継承権を放棄なさるのも、納得がいかないのです」

「別にアメリィの為だけと言うわけでもないが。そうだな。俺はティティの方が向いてると本当に思っているんだ。今だってそうだろ?俺は自分で問題解決に持っていこうとしてしまうが、ティティは人をどう動かせば問題が解決出来るかを考える。皇帝に必要な素養は明らかに後者だ」


 今も隈ひとつ作らずレオポールを訪問出来るのは、人を上手く使っているからなのだろう。この余裕が大事なのだ。


「兄上はわかっていない。ひとりの力で大きな問題を解決してしまうその凄さが。僕はそれが出来ないから人を使っているに過ぎない」


 ファンティモンドの拗ねた顔にレオポールは苦笑した。考え方は人それぞれだ。


「じゃ、その“凄い俺”を手駒で使えると考えてくれていい。別に継承権をティティに移したからって、はいサヨナラってわけではないよ」

「…はい。もう少し考えてみます」


 話の区切りをみて、フェルヴェールがお茶を入れてくれる。口を付けてレモネードの配達状況をきいた。


「かなりいいです!城内の使用人でも口にする人が少しずつ増えて、かなり雰囲気が改善しました。皇帝の方はまだですが、ザルツァンセン公爵は息子に勧められて口にしたそうです。それから定期的に飲んでいると報告が来ています」

「それは良かった。定期的に飲まないと再び悪意に犯されるのが問題か。根本的解決にはやはりアメリィの能力強化が必要だな」


 本来なら帝都に着いた翌日から魔法訓練所でのステータス上げが始まる。


「訓練所の方はどうだ?」

「13歳と言う事で、かなり困惑されています。そもそも訓練が15歳からなのは魔力枯渇に耐えられるから。13歳の場合命に関わる事もある為、授業の見直しを急ぎさせていますが、通えるのは来週からでしょう」

「わかった」


 レモネードを作ることでも無意識でかなり魔力を使っているはず。じわじわとステータスは上がっているはずだ。


(バッドエンドまで2年早まるとか止めろよ、くそっ)




***




「コレット、この服はどうかしら?」


 アメリィはいつの間にかパンパンになっているクローゼットから1枚のワンピースを抜き出した。薄い藤色の上品な物である。


 昨夜レオポールから手紙が届き、明日は城の庭園を案内するよ、と書かれていたのだ。ちょっとカジュアルだけどお散歩なら十分じゃないかしら?と思っていたが、コレットは首を振った。


「ダメですよ。ちょっと待ってて下さい」


 そう言って部屋を出て数分後、その手に水色のドレスを抱えて戻って来た。皇太子宮のメイド達もアクセサリーや化粧道具をカートに載せ次々と入ってくる。


「これに致しましょう。流行りなんかはまだ勉強中なので、先輩方に手伝っていただきますので」


 アメリィは今生初の本格ドレスに内心テンション爆上がりだった。


(やだ〜!孫の七五三思い出しちゃうわ!!自分の時はお着物しかなかったから密かに憧れていたのよね)

「こんな素敵なドレス何処から持って来たの?」

「え、もう隣のドレスルームいっぱいに入ってますけど」

「は、はぁ。勝手にお借りしてしまってもいいのかしら?」


 皇太子宮メイド達を見ると、全員がうんうんと深く頷いていた。中央にいたメイドが答える。


「皇太子様からアメリィお嬢様への贈り物ですのでお召しになって下さい。と申しますか、他の貴族方も散策される庭園ですから、簡素なワンピースで出歩かれるのは困ります」


 ドレスコードがあるのに納得し、アメリィはメイドのお姉様方に全てを委ねた。




 約束の時間丁度に、レオポールが訪ねて来た。アメリィはいつもシャツとスラックスのラフな格好のレオポールしか知らなかったので、とても驚いた。

 今日はバッチリモーニングコートを着て、サイドの髪を後ろへ流していた。髪に合わせた濃い青色のコートがおしゃれだ。


(うわ、かっこいい!!脚長っ!ハリウッド映画の俳優さんみたいだわ)


 失礼過ぎるくらいジロジロ見てしまったが、それはレオポールも一緒だった。

 アメリィの髪のひと筋からスカートのヒダまでまじまじと見て微笑んだ。


「アメリィ、可愛い」


 それまでテレビの向こう側の存在の様にレオポールを見ていたアメリィは、一拍置いて「ひぇっ!?」と真っ赤になった。


「あのあの、ありありがとうございます。その、殿下もとても素敵です」

「あ、えとありがとう。では行こうか」


 す、と左肘を出してきたので(これが世に言うエスコート!!)と思いながらそっと手を添えた。

 そうして2人で庭園へと向かった。時々すれ違う貴族が振り返って見てくる気配が恥ずかしい。


「そう言えば、訓練所の話は聞いたかな?」

「はい。明後日からですよね」

「あぁ。皇城敷地内とは言え歩くと遠い。馬車と護衛を手配しておくから」

「ありがとうございます。歩くのは構わないのですが、とても広くて迷子になりそうだったので助かります」

「あはは、◯京ドーム32個分、なー「いや◯京ドームの広さ知らんし」んて…」


 反射的に口が動いて、アメリィは驚いて口を両手で押さえた。


(私今なんて言ったー!?)


 恐る恐るレオポールの顔を見上げると、こちらも驚いて目を見開いていた。


「す、すみません。なんか口が勝手にペラッと」

「いや、大ぶふっ…だいじょぶ、あはは。ごめん、俺の姉も、あぁ前世のね。姉もよくテレビでこれ言われる度に「知らんわ」って言ってたよ。お、可笑し…ははっ」


 レオポールがお腹を抱えて笑い、怒られる訳ではないとホッとした。だが、それを貴族が遠巻きに見ているのにアメリィは気づき、無性に恥ずかしくなってレオポールの袖を引いた。


「で、殿下。人目があるので移動しましょう」

「ああ、くくっ。今はソレイアンって言うオレンジの薔薇が見頃だそうだ。行こうか」

「まぁ。夏なのに薔薇が咲いているのですか?さすが皇城!楽しみです」


 そうしてレオポールにエスコートされておとずれた庭園は見事だった。ピンクの薔薇のアーチを潜ると、煉瓦を敷いた散歩道の両側にズラリとソレイアンが並んでいた。

 花を楽しみながら中央のガゼボへ足を向けると、同じ様に花を楽しむ令嬢方が現れた。アメリィは己の身分が低い為、膝を折ろうとしたがレオポールがエスコートしている手をぎゅっと押さえた。


「すまんが、ちょっと巻き込まれてくれ」


 そう小声で言って、それまで楽しげにお話をしていたレオポールは顔から表情を消した。アメリィは口を噤んで背筋を伸ばす。


「皇国の遥かなる青天、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」


 数人いる令嬢の、先頭にいた人が代表で挨拶すると、全員が揃って膝を折って。その揃い様にアメリィは心の中で拍手する。


(わあ、凄い!これが厳しい教育を受けた御令嬢なのね!まるでプロのバレエでも見ているかの様だわ。腰の角度がみんなピッタリで美しい)


 少々前のめりで見過ぎたのか、先頭の娘さんがチラリとアメリィの顔を見た。


「殿下、少々お戯れが過ぎるのでは?その様な身分の低い小娘を召し上げるのはご成婚の後になさって?」


 その瞬間、アメリィの記憶がスパークした。


(こっこっこ、これは!牽制されている!?ウソやだ!昼ドラみた〜い!)


 「や〜だ、違うのよ!そんなんじゃないの」と言いたかったが、レオポールがピリッとした空気を醸し出し、アメリィは無を貫いた。


(目の前で劇団見てる気分になっちゃった。ダメよ私の口。にやにやしないで)


「其方には関係が無いことだ」

「私は殿下の筆頭婚約者候補ですわ。関係なくありません」


 そう言いながら少し上半身を捻るとガッツリ開いた胸元の谷間が深くなった。アメリィは(わお)と目が釘付けになった。だがレオポールは違う様で。


「それは私の与り知らぬ所で挙がった話だろう?無効だ。だいたい皇族の婚約者になるのであればそんな品の無い格好を許す筈がない」


 そう冷めた目で言い返した。

 胸が開いたドレスは夜会のみ、とアメリィもマナー教育で言われたが、(あんだけあったら自慢したくもなるわ)とつい娘さんの肩を持ってしまう。


 たわわ胸の娘さんはアメリィをひと睨みすると、「失礼します」と来た道を帰って行った。

 レオポールは一息ついて、その表情を心配そうに崩す。


「ふう。すまないアメリィ、不快な思いをさせた」

「いいえ。ふふ、ドラマみたいで楽しんでしまいました」

「そうか…」

「?」


 なんとなくガッカリした顔をしたレオポールにアメリィは首を捻るのだった。




***




 そしてやって来た訓練所初日。

 皇太子宮の前に出てくると、馬車が一台停まっていた。


「あ、大変コレット。お待たせしちゃってるみたいよ」

「大丈夫です。こちらは時間通りですよ、だから走らないでお嬢様!」

「おっとと、そうだったわ」


 なるべく早足で近づくと、男性がひとり馬車から降りて来た。薄茶の髪にすがめた目元が色っぽい、

大層なイケメンだった。姿勢の良い立ち姿は遠くからでも目を引く。


「アメリィ・ボードル嬢か?」

「は、はい!訓練所まで送って下さる方ですよね。よろしくお願いします」

「ハルトムント・ザルツァンセンだ。訓練所の総責任者を務めている。お手を」


 手を貸してもらい、馬車に乗り込む。

 ゆっくり走り始めると、ハルトムントは徐に口を開いた。


「その、最近城内に出回っているレモネードはボードル嬢の作だと聞いたのだが、本当だろうか」

「え、あぁ、花柄のカットのガラス瓶に入っ物でしたら多分そうです」


 アメリィが答えると、ハルトムントはふわりと微笑んだ。


「とても美味しかった。数年ぶりに頭がスッキリしたよ。ありがとう」

「いえ、お役に立てたのなら良かったです」

「浄化魔法の使い手と聞いていたけど、もう使いこなしているんだね。卒業が早そうだ」

「え?私使えていますか?今いちわからなくて」


 ハルトムントは目を見開いた。


「そうなのかい?では今も使っている自覚は無いのかい?」

「今も?私なにか出てますか?」


 アメリィは髪を押さえて身の周りをキョロキョロする。ハルトムントは上品にクスクス笑った。


「いや失礼、随分可愛らしいお嬢様のようだ。安心して。とても清らかな魔力が流れて来るだけだから。なんだか息がしやすいよ」

「はぁ…」


 ハルトムントは優しい微笑みを浮かべたままアメリィに言った。


「ボードル嬢、うちに嫁入りしないかい?」






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[一言] >身分の低い令嬢を溺愛 まあ王の決めた婚約蔑ろにする時点で終わりかねないんだけどね 特に政略が絡んでると
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