皇太子レオポール・アンルーンセンの場合
考え過ぎてしまう男視点なので、説明文が長めかと思います。
ご了承下さい。
アンルーンセン帝国の第1子として生まれたレオポールは前世の記憶を所持していた。
死んだ…と思って、次に目を開けたときには絢爛豪華なベッドに寝かされていて、大層パニックになった。しかし全く動けず喋れず。乳を与えられ、トイレの世話をされながら、冷静になり(これ異世界転生じゃん)と思った。
思ってからは早かった。
6ヶ月で土魔法を使い、9ヶ月で歩き出した。1歳で喋り出し、1歳半で絵本を読んだ。3歳になって自国の歴史書を紐解き彼は確信した。
(この世界は18禁乙女ゲーム「華の秘蜜」の中だ…!)
***
前世の彼は、子供の頃から考古学者に憧れていた。集中力が高く、真面目。いつか繊細な骨を発掘する事を夢見て、子供の頃はよく河原で石を掘り出したりしていた。
それが高じてか細かい作業が好きになり、大きくなってからは船の模型やプラモデルをよく作っていた。
彼には少し歳の離れた姉がいた。漫画やアニメ、ゲームが大好きで、その二次創作の手伝いによく彼はかりだされていた。
器用さを見込まれたのだ。
既に就職していた姉は、手伝うとお小遣いをくれた為、フィールドワーク費が欲しかった彼は進んで手伝う事もあった。
その時も彼は手伝っていた。夏のビッグ祭典に出すペラ本の製本を二徹で仕上げた。大手サークルの買い出しも頼まれてた為、姉と入場しようと思っていたのに、姉は友人に売り子を頼んでいた。無情にも「一般で入ってきて〜」と言われ、炎天下で何時間も並び。
彼は帰らぬ人となる。
その最期に手伝っていた物が「華の秘蜜」の二次創作だった。なんなら姉が好きなルートを終えた後のスチル集めもやらされた。全ルートクリア後に出るハーレムエンドまで先に見てしまい、引っ叩かれた。
***
彼は青ざめた。
(俺、エロゲの攻略対象じゃん!しかもレオポールは姉の推しキャラだったから、俺ルートプレイしていない…!)
全体的な国単位の流れは全ルート共通なので大丈夫だが、個人イベントの細かな流れは……。
(二次創作にある話は、ゲームが元か姉の妄想か…。とにかく落ち着け。俺まだ3歳。ヒロインとは7歳差だったからまだ生まれてもない。出会いイベントは20歳の時な、はず)
彼は覚えている限りの全ルートを書き出した。ラブエンドで起きるイベント、バッドに分岐するタイミング、そして何より攻略対象のお相手。
そう、このゲームは「略奪愛」をテーマにしていて、全攻略対象に恋人なり婚約者なり妻がいるのだ。そしてそのお相手達は略奪しても心が痛まないようになのか、総じて性格が悪い。悪役令嬢大盤振る舞い、オマケに毒妻付けちゃうよ⭐︎である。
(女達は一旦置いておこう)
まず、大まかな共通ルートの流れだ。
アンルーンセン帝国には魔法使いが生まれる。
魔法使いの全くいない国もあるなかで、アンルーンセンでは1年間で10〜20人、毎年魔法使いが発見、ないし申告される。
その発現率の高さの理由として、アンルーンセンには妖精王が座すからと言われていた。魔法は妖精が祝福だと言って気に入った人間に気まぐれに授けるものであって、その規模、効果は個人によってまちまち。
火を出すだけだが、人によっては灯火だけや業火だけなどの差もある。また火を出す特性があっても、本人が「火を出したい」と思わなければ発動しないので、魔法使いの発見が遅れることはままある。
特殊魔法もある。最近の例として、歌うと好きな天気を呼べる、というものがあった。嵐でも晴天を、日照りでも長雨を呼べるのだ。しかしこの夫人は歌った事がなく、夫も娯楽を嗜まない厳格な人で、夫が亡くなった後に趣味で歌を始めたことにより発覚した。
アンルーンセンでは希少性や有用性を基準に5段階に分けられ、国所属の魔法師として登録される。
一番ランクの低い魔法師でも、平均月給程度は国から毎月支給されるが、国に出動を命じられれば断る事は出来ない。
夫人は最高ランク魔法だったが、活動期間は御歳62〜70までと短く、国としても残念だったと記録されている。
そんなアンルーンセン帝国だが、十数年後魔法使いがぴたりと生まれなくなる。原因は魔法使いが居ない土地で発明された鉄道機関車が発端だった。
時代の波に乗り、アンルーンセンでも鉄道の導入が計画された。山をえぐって鉱石を採り、森を拓いて薪を作った。沢山燃やして黒煙で土地を空気を汚した。山や森を住処にしていた妖精は怒って祝福を与えなくなった。
それでは止まらず、妖精王は悪夢を撒き散らし始めた。眠れぬ人々は心を病み、さらには悪い妖精が蔓延り悪戯を始めた。
鉄道計画を中止にするも事態は好転せず、バッドエンドでは国が崩壊する。
そんな中でヒロインは浄化魔法の使い手として登場する。病気も心も土地や空気も、なんでもかんでも浄化出来るのだ。
アンルーンセンでは魔法が発現すると国に申告しなければならない。そして王宮にある「魔法師訓練所」に1年間の出仕を命じられ、有用性に応じてその後の進路が決まる。出仕は大人ならすぐ、子供なら15歳になってから、貴族も平民も関係なく、魔法使いは魔法師という特別な身分になる。
レオポールは妖精の祝福を視る事が出来る「魔法眼」を持って生まれていた。魔力を目に集めると魔法が使える人間の周りに、オーロラの様なキラキラが見えるのだ。それとは別に土の魔法も使える。
メインルート仕様の高スペック王子なのだが、レオポールはあれ?と齟齬を感じた。
(レオポールって水の魔法使いじゃなかったっけ?)
この薄青い髪色も水っぽい。
(なんだろ。俺の前世の発掘に対する執念が発現したとか?笑)
冗談はともあれ、これは吉のか凶のか。レオポールのイベントは土魔法でも乗り切れるものなのかが判らない以上、追々判断していくしかない。
傾き始め、魔法使いが新たに生まれなくなったアンルーンセンで、既に妖精の祝福を受けているが、魔法使いとして発現していない人を探して、20歳のレオポールは国中をお忍びで旅して回るのだ。
お祭り中で人の集まったボードル男爵領で一気に視てしまおうとやって来たレオポールは、酔っ払いに絡まれる1人の娘を助ける。それがアメリィ・ボードル。「華の秘蜜」のヒロインだ。
(このオープニングイベントで、レオポールはあまりにも神々しく輝く祝福を受けているアメリィに一目惚れする。そしてアメリィがまだ13歳であるために、2年後の15歳、魔法師訓練所入りからストーリーモードがスタートする。本来1年通う訓練所を3ヶ月でステータス上げをクリアし、一番好感度の高い人と浄化の旅に出る。ステータスが足りなければ、浄化が間に合わないバッドエンドだ。
一度ペンを置いて、3歳児は短い腕を組んだ。
(鉄道計画を阻止出来れば一番いい。計画が出る正確な年はわからないが、国を挙げての計画を反対するにはそれなりの発言権がいる。功績を上げていかねば。それと、俺以外に転生者がいた場合だ。悪役令嬢が転生者だった場合…多分ゲームより性格が悪いという事はないだろう。そしてヒロインが転生者だった場合。鉄道計画の阻止が失敗した時点でヒロインとの接触は絶対となる。推しとのルートを進もうとするなら良し。ハーレムは…まぁ、こっちに被害がないならスルー。だけどヒロインという事に胡座をかいて好き勝手するタイプなら断罪も視野に入れなければ)
それからもレオポールは努力を重ねた。
彼には1歳下に腹違いの、2歳下に同腹の弟がいたが、5歳という幼さで立太子された。
その時友人として2歳年上のフェルヴェール・アクシオンを付けられる。赤土色の髪と濃い緑の目が落ち着いた印象を与える、優しげな男の子だ。
(フェルヴェール・アクシオン!レオポールの側近で攻略対象。こんな幼い頃から一緒なのか)
いざアメリィを探す時もきっと一緒に行動する事になるだろう。となれば。
「フェルヴェール・アクシオン。君に話しておきたい事がある」
レオポールは前世の記憶がある事と、その前世でこの世界の歴史書を読んだ事があると、ちょっと嘘を交えつつ話した。
最初は真面目に聴いていたフェルヴェールだが、段々優しげな笑顔を浮かべ始め、終いには菩薩の様な顔で「左様で御座いますか」と言った。
(駄目だこりゃ。信じてない。となれば)
「フェルヴェール。君にはいずれブルワノ・コルワール伯爵令嬢との婚約話が持ち上がるだろう」
「!?」
「彼女は比類ないほどの虫好きで、自宅でも多種多様の虫を飼育している。中でも毒虫を崇拝していて、自ら焼いたクッキーにすり潰した毒虫の死骸を混ぜ、君にプレゼントするだろう」
流石にフェルヴェールの顔がピシリと固まった。
「この話は以上だ。信じたくなったら、君からこの話題をあげたまえ」
前世の姉は虫が苦手で、通称「毒虫令嬢」が登場するフェルヴェールのルートは「虫無理ぃ〜」と言ってやらず、全てレオポールがプレイしている。
(よってフェルヴェールの事は、彼がまだ自覚していないであろう性癖まで熟知している!ふはは(泣))
***
彼が10歳になった時には直轄地の運営も任される様になる。
それに伴い婚約者の選定が始まった。5歳から12歳の伯爵位以上の御令嬢を一同に会したお茶会という名の大お見合いパーティーが開かれた。
(とうとうきたな)
事前に婚約者候補として教えられたのはエルネット・シャルブローズ侯爵令嬢。
領地運営も申し分なく、お金があり、寄子も多い。条件として満たしているという事だろう。
(聞けばまだ6歳。転生者だろうか?たとえ違くても悪役というには可愛いもんで、今から仲良くしておけば性格も直せるのでは)
同時に弟二人も、婚約者の目星を付けるために同席していた。
正直、弟達とは殆ど面識がない。忙しいのもあるし、学習進捗が違い過ぎて行動範囲が被らない事もある。時々晩餐で顔を合わせるが、同母弟ですら会話はした事が無かった。
「兄上、本日は同席を許していただきありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「…………」
「ファンティモンド、ラトォーリオ、今日はよろしく」
異母弟のファンティモンドは尊敬を込めたキラキラした目でレオポールを見つめ、ハキハキと挨拶をした。母似の顔立ちと淡い翠の髪で柔らかい印象がある。
一方で同母弟のラトォーリオはじっとりとした目で特に喋らない。だが顔立ちも髪色もレオポールにそっくりで、見るからに兄弟だった。
(今まで交流がなかったから、どんな性格かわかんないな。とりあえずファンティモンドに好かれていそうで、ラトォーリオに嫌われていそうなのはわかる。でも何で?)
「兄上は領地を頂いたと聞いたのですが本当ですか?」
「いや、一部の管理を任されただけで拝領したわけではないよ」
「それでも凄いです!今僕が勉強している所は兄上が5歳の時には既に学んでいたと聞きました!まだまだ及びませんが、僕も成人前に領を任される様に頑張ります!」
「そうか。ファンティモンドは努力家なのだな」
(俺はズルで賢い風だからな…)
褒めると、ファンティモンドはもじもじしながら言った。
「あの、母上は僕の事“ティティ”と呼ぶんです。兄上にもそう呼んで欲しいです」
仲良しになりたいので…ダメですか?と上目遣いに言われ、レオポールは緩みそうな顔をキリリと引き締めた。
(なんだこれ。可愛いんだが)
前世で強めの姉しか居なかったレオポールには衝撃である。
「いいや、仲良くしてくれティティ」
「はい!」
もう一方の弟ラトォーリオは不機嫌な顔を隠しもせず、遠くを見ていた。
(実弟のがよくわからんな)
お茶会が始まり、早速シャルブローズ令嬢が紹介された。顔立ちはまだまだ幼く、つり目すら愛らしい。ふっくらした桃色の唇をそっと開き、彼女は言った。
「貴方が、このわたくしを幸せにして下さるというお方?果たして本当にこのわたくしを満足させられるのかしら?」
そう宣うと、彼女は孔雀の羽を使った扇をばさりと開き、品定めする目でレオポールを見た。その手には大粒のサファイアの指輪が嵌められている。よく見れば耳にも首にも、宝石をふんだんに使ったアクセサリーがつけられていた。
(仕上がってる…完全に仕上がっている…)
淑女として非の打ち所満載の見事な仕上がり。
隣に立つシャルブローズ夫人は真っ青な顔をして、今にも気絶しそうだ。幼いながらも完成品悪役令嬢にレオポールの顔はぬるりと能面の笑みになった。
「貴女の様な方を幸せになど、私には荷が重いかもしれませんね(訳:ムリ)」
きょとんとする令嬢の隣で夫人が気絶した。
後日、婚約者にどうだ?と勧められたが「あんなに国庫を食い潰しそうな女無理」と言ったら受け入れられた。
(多分立太子してなかったら後ろ盾を理由に丸め込まれてた気がする。危ない危ない)
そしてレオポールの裏で、フェルヴェールのお見合いも行われていたらしい。出仕してきたフェルヴェールは神妙な顔つきで「5年前の話を覚えていますか?」と切り出してきた。
「ブルワノ・コルワール嬢に会ったのかい?」
「はい。お近づきの印にと、て、て、手作りクッキーをもらいまして…」
「それで?」
「是非食べてくれと言われて断れず…だけど殿下のあの話が頭を掠めて、2つに割ってみたんです……そしたら、そしたら」
「そしたら?」
「むっ、虫の脚がぁ……!」
断面から毛むくじゃらな虫の脚がぴょこりと覗いた瞬間、フェルヴェールは悲鳴を上げた。次いで、横で微笑ましく見守っていたアクシオン夫人も悲鳴をあげ、婚約話は無事流れたそうだ。ひと口で食べてたら危なかっただろう。
「母が何故虫を入れたのかと、コルワール嬢に訊ねたら、恋のおまじないだと…!」
頬を赤らめて、恥ずかしそうに答える様子にアクシオン家一同でドン引きした。コルワール伯爵は娘の趣味を知らなかったらしく、眉間を押さえて固まっていたが、コルワール夫人は必死にフォローしていた。
「ちょっと変わってるけどいい子なんです……っておまじないに毒虫喰わそうとする女はいい子じゃなーい!!」
言うだけ言って落ち着くと、フェルヴェールは「と言うわけで5年前の話を信じます」といった。
「本当にこの国は崩壊するんですか?」
「可能性ね。止める道もある」
「わかりました。私の全力でもって貴方の力になります」
***
だが結果的に、鉄道計画を止める事は出来なかった。レオポールが14歳の時である。
「くそっ…せめて後1年…成人していれば!あぁ、何故父上は可決したんだ!!」
鉄道計画に賛成の手を挙げたのは皆、魔法師を輩出した事がない家門の貴族達であった。魔法師が居ない家とのコンプレックスと、鉄道から出る莫大な利益に、彼らは手を組んだのだ。
コンプレックス故に、レオポールが幾ら「過剰な森林伐採や鉱石採掘は妖精から見放される」と訴えても聞く耳を持ってもらえなかった。「元々我らに妖精の恩恵などない」と鼻で笑われる始末。
陛下に危険性を直訴したが、どうやら信じてもらえなかったらしい。若くは賄賂でももらったか。
「どうなさいますか、殿下」
「とにかく計画の進行を出来るだけ遅らせなければ」
そこに先触れなくファンティモンドの来室が伝えられる。
「兄上、失礼します!」
「ティティ、どうした?」
「鉄道計画が可決されたと聞きまして、急ぎ参りました。直ぐお手伝い出来る対策はありますか?」
それを聞いてレオポールはソファに倒れた。
疲れた心に癒しが効きすぎる。
「兄上!?大丈夫ですか?」
「ティティは世界一の弟だ」
「大変光栄です。そんな世界一の弟はちょっと小耳に挟んだ話があるのですが」
レオポールはソファから顔を上げてファンティモンドを見た。
「今回の可決の裏にはザルツァンセン公爵の一言があったとか」
「ザルツァンセン公爵?彼は鉄道計画に置いては中立派だろう?」
ハルトムント・ザルツァンセン公爵。齢25の若き公爵は皇帝陛下の歳の離れた異母弟だ。奥方は去年亡くなられたが、6歳の息子がいる。
そして、そんな彼は『華の秘蜜』の攻略対象だ。
しかも親子共々。
ハルトムントは30歳になると、立場の事もあり渋々再婚する。周囲に勧められたその相手は、娘が一人いる未亡人の子爵夫人。
この二人は大分図々しいタイプで、公爵の息子ルスティンの嫁の座を狙ってぐいぐいくるのだ。
そんな疲れ切った心を癒すヒロインに、2人はメロメロになる。
前世の姉の部屋から響く「親子丼最高!」という倒錯的な大声を思い出してしまい、レオポールは軽く頭を振った。
「一体彼が何を言ったというんだ」
「…“お互い良い後継に恵まれましたね。成人した暁には私も早々に家督を譲った方がいいかもしれません”……と」
「「………」」
2人は絶句した。
つまり「王より王太子が優秀なので来年の成人を機に王位を譲っては?」という嫌味である。
「そんな、そんな事を言われたら公爵を後ろ盾に王位簒奪を目論んでると言われてしまうじゃないですか」
笑えない。
レオポールの頭にハーレムエンドが過ぎる。
アメリィが言うのだ。
『私、皆の役に立てて嬉しい。それもこれも全ては陛下があの時私を見つけてくれたから』
陛下。
ハーレムエンドでレオポールは既に帝位についていた。
(つまりレオポールルートの最大のイベントは帝位争いって事か!?面倒い!)
「今回の可決は兄上の勢力を抑える為だったのではないかと私は思っています」
「国の未来が懸かってるのに…理由が実に下らない」
レオポールは再びソファに顔を埋めた。
「父上は自尊心が高めですから。因みに、私から見た感じですがラトォーリオは父上に性格がそっくりです」
レオポールは苦虫を噛み潰したような顔をした。ラトォーリオに嫌われている理由がなんとなくわかったからだ。
(兄の方が尊重されているのが気に入らないと言うわけね。はいはい)
しかし、この弟二人は攻略対象ではない。
(ラトォーリオは兎も角、ティティはタイプも被らないし攻略対象でもいいのに。死んだ後ファンディスクとかでも出たんだろうか?まぁ、わかんないから、いっか)
ファンティモンドに公爵側の動きを探る様にお願いすると、嬉々として部屋を出て行った。
残っているフェルベールに言う。
「アメリィ・ボードルが7歳になっているはず。存在だけでも確認しておきたい」
しかし何故かアメリィの存在を確認する事は出来なかった。
「アルメーヌ・ボードルではないんですよね?」
「ああ。アメリィだ。何故彼女は噂にも上がらない?本当に居るんだよな?」
「貴族名簿で確認したところ、名前は確かにありました」
だがボードル領ですら、その噂は聞かなかった。
とりあえず名簿にあるので良しとし、レオポール達は計画の遅延に全力を傾けた。
半年後の工事開始を、不備を突いて一年後まで遅らせたり、線路予定地の森の土を魔法でガチガチに固めて木の根の掘り起こしを難しくさせた。
かと思えば、拓いた森の土を今度は畑の様にふかふかにして周った。
その過程でレオポールは自分の魔法の特異性に気がつく。
(俺の魔法は“掘る”、“固める”のみかと思っていたが…)
地面に手を着けると、その下に何があるのかわかるようになっていた。土魔法を使うほどにそれは詳しく見え始める。
(目の力と相互してるのか?砂、礫、粘土…それからこれは…鉄混じりの石か?それよりずっとずっと深くにある、この、魔力を帯びた石?は何だ?)
魔法を駆使して地表まで引き上げて取り出してみる。時間はかなりかかったが、練習すればもっと上手に出来そうな気配だ。出てきた塊は。
「妖精化石…?」
一見琥珀の様なそれは、別名妖精琥珀。中に金色の粒子を閉じ込めた飴色の石であった。樹の中で亡くなった妖精が妖精化石になると言われている。
魔力を帯びている妖精化石は貴重で、護り石として使われる。
たけど、そんな事より。
「化石、だ…」
涙が溢れた。
焦がれた、考古学者としての熱が、再び燃え始めたのを感じた。夢が「俺はまだ消えてない」と笑いだした。
(そうだ、夢だった。いや、今も夢に見る。だけど皇太子として育った俺も、その努力も確かにあって。あぁ、でもいつか、いつかきっと…)
掘り出した妖精化石を掌で磨き、丁寧に内ポケットへと仕舞った。
***
諦めずに妨害を続けるも、レオポールが18歳の年、とうとう新たな魔法使いの報告がゼロになった。
フェルヴェールと2人、城下に視察に出ると、荒廃は明らかだった。
メインストリートは変わらず賑わいを見せているが、一本裏路地に入るとすえた臭いが立ち込めている。そこここで焦点の合わない人達が寝転び、涎と汚物を垂れ流していた。彼らは時折へらへらと笑い幸せそうに目を閉じる。
麻薬が蔓延っている訳ではない。
“幸福の悪夢”。人々はそう呼んだ。
主に大切な人を失ってしまった者が見る。もしその人が生きていたら…という世界の夢を見るのだ。夢から醒めるには強い精神で悪夢を退けなければならないが、大切な人を失った折れた心でそれは難しかった。
他にも“深層の悪夢”や“暴虐の悪夢”等、心の隙を突いた悪夢が、挫けてしまった人達を蝕み、ぽろぽろとこぼれ落ちていく様だった。
更には無性に苛ついたり落ち着かない人が増えた。ちょっとした事で激怒したり、少しの事で落ち込んで泣き出したり。負の感情がコントロール出来ないのだ。
次第にそれらは「妖精の悪意」や「妖精の悪夢」と呼ばれ始めていた。
「あぁ、知っていた……わかっていたが、これは酷い」
「計画先導者がひとり、ペルピナ伯爵領はもっと酷いようです。寄子のメーヌ子爵領とモンブロー子爵領もペルピナ伯爵の命で木を伐採して薪の提供をしていた為か、被害が大きくなってきています」
王都の病院はもう一杯だった。
可決から4年、着工から3年。妨害により進度は半分も満たせていないのに計画は未だ頓挫していない。投資した額が大きすぎて引くに引けないのだ。
だがもう「我らは妖精の恩恵を受けていない」とは言えない。何も魔法だけが妖精の恩恵ではないのだ。
気づいた所でもう遅い。
「その、アメリィ嬢を早く迎えに行く事は出来ないんですか?事情を説明し少しでも協力してもらうことは…」
「アメリィ・ボードルはまだ11歳のはずだ。11の子供を親元から離し連れてくるとなると、非難される可能性がある。ましてそれが鉄道推進派にされたら、此方の立場を追い詰めにくるかもしれない。それにアメリィ・ボードルは情緒不安定だとの噂が最近入ってくる様になっただろう?連れてくる事は難しそうだ。未成年に魔法を使わせるのも、な」
もし連れてきて、ストーリーにマイナス修正が掛かる可能性も怖い。下手な手を打てずレオポールは二の足を踏んでいた。
それでもこつこつと鉄道反対派を纏め上げ、計画の中止までもう少しという頃。
「レオポールさまぁ!」
「…………シャルブローズ嬢」
成人し登城が許される様になった悪役令嬢エルネットの出待ちが始まった。
王宮勤めの父親のコネをフル活用し、毎日毎日毎日毎日、毎日毎日毎日毎日………からの毎日、出待ちした。
レオポールがなんとかエンカウントを避けて、窓から出入りしたり、裏庭をつっきったりとしていると、自室近くに出没する様になってきた。ゾッとした。周りに「わたくし次期皇妃候補なの」と言いふらして入れてもらっているらしかった。
計画中止の佳境で、寝不足続きな上にストーカー被害。疲れた心に悪夢はやってきた。
このまま国が潰れ、恨んだ人々が皇族に復讐する夢を毎日見た。
(し…死ぬ…マジで。心折れそう)
正直フェルヴェールが居なかったらもうとっくに挫折していただろう。
そしてある夜。
「…?」
悪夢で眠りが浅い日が続いていたが、その日は妙な悪寒で目が覚めた。
(なんだ?変な感じだ)
枕下の短剣を取り耳を澄ますと。
ガチッ。
「!?」
……ガチッ。……ガチッ。
続く金属音にぞわぁっと悪寒が増す。焦る心を抑え、絶対に音を立てない様に慎重に窓を開けてバルコニーに出た。
皇族の部屋の鍵は侵入者対策で幾つかの偽物の鍵と一緒に保管されている。
……ガチッ。……ガチッ。
(探してる!本物の鍵を…!一体だれが!?)
息を呑んで外から様子を窺う。
カチン。…キィ。
静かに開いた扉に姿を現したのは、透けるほど薄い夜着を身に纏ったエルネットだった。虚ろな目に、微笑をたたえていた。
彼女は艶かしくベッドに這い上がり、上掛けを剥ぐ。
(ヤバかった!既成事実を作る気だったか)
誰もいないベッドをひと撫ですると、ぐるりと首を巡らせてバルコニーを見た。
(こわ!こっわ!退散!!)
レオポールは急いでバルコニーを伝い降りて、フェルヴェールの部屋のバルコニーの窓を指で叩いた。
「殿下!?如何致しました!?」
「しーーーっ!声が大きい!入れろ!今すぐ!」
そっと入り鍵を閉める。他の窓も、扉も鍵を確認して、ソファにくずおれた。
「今日はここで寝かせてくれ…」
「何があったのです?」
「…シャルブローズ嬢が夜這いにきた」
「はぁ!?」
「間一髪逃げ出した。もう俺部屋に帰らない。フェルの部屋に住む」
そのまま丸くなってソファで眠ってしまった主に上掛けをかけて、フェルヴェールは部屋を出た。しっかりと鍵を確認して、近衛兵を2人連れてレオポールの部屋へと向かったが、部屋には誰もいなかった。
***
身の危険をひしひしと感じながら20歳を迎えた。
夏の初めの、領主達が集まる大会議でなんとか鉄道計画中止を決定する事が出来た。
本編だと22の時だから、大分巻いたと己を褒めた。
レオポールはあれから本当にフェルヴェールの部屋に住み始め、いかがわしい噂が立ったのは余談である。
そして。
「あれ、今日何日?」
濃い隈がクッキリと浮かぶ疲れ切った顔を枕から上げた。
計画中止をもぎ取ったご褒美に今日は好きなだけ寝るんだ、とフェルヴェールのベッドでゴロゴロしていた時である。
「今日は初夏の15日ですけ…」
「初夏の15日!?ヤバイ!今日からボードル男爵領の夏祭りだ!」
「え……あ!“アメリィ・ボードル”!」
「そうだ!オープニングイベントだ!」
レオポールは慌てて起き出して着替え出す。
「男爵領まで片道3日だっけ?祭りは3日間だから、早馬で最終日に間に合う!行くぞフェル!急げ!」
着替えが終わるとバサバサ髪をかき上げながら部屋を飛び出した。外にいたメイドがきゃっと口元を押さえて頬を赤らめる。
「せめて身なりを整え…あぁ〜!もうまた変な噂がぁ〜(泣)」
泣く泣く外にいたメイドに、軽食の弁当と塩漬け肉を塊で包んでもらえるよう厨房に伝言を出し、自分も荷造りした。
弁当を受け取って厩に行くと、既に鞍は着け終わっており、出発を待っていた。
「よし、行くぞ!」
そう言うレオポールの顔色は悪い。青白い顔に黒い隈、目は充血してギラギラしている。
(大丈夫かなぁ…)
そこから日が落ちるまで馬を飛ばし、着いた町で一泊して、日の出と共に馬を替えて出発した。
お昼にはフェルヴェールが無理矢理仮眠を取らせ、夜は野営をして、夜明け過ぎに立ち、3日目のお祭り始まりになんとかボードル領の領主町に辿り着いた。
まず馬と荷物を預けたくて、宿を取ろうと宿屋に行ったが、宿の女将さんは素敵な笑顔で無情だった。
「空き?あるわけないじゃん!お兄さん達ボードルのお祭り初めて?お祭り中は空いてる宿はないよ〜。皆次のお祭りの日の宿の予約をして行くからね!秋祭りの予約なら受け付けてるよ!あぁ、祭りの期間中はね河原が野営場として開放されてるんだ。テント張っても大丈夫だよ。領主様の手配で衛兵が昼夜見張ってるから。馬も領主様の牧場が一部解放されてて預けられるから連れて行ってみて」
その場で膝をつきそうなレオポールにお小遣いを握らせて、2時間後の待ち合わせを約束してフェルヴェールは牧場と河原に行った。
レオポールは魔法眼でアメリィを探しながら、串焼きを買って串焼きを買って串焼きを買った。
「肉、うっま……塩薄いけど、そのせいか何本もイケる」
麦酒も呑みたいけど、オープニングイベントで飲酒はないか…と我慢してレモネードを飲む。
「しかし…なんだ。随分平和というか…荒んでいる人が少ない?鉄道計画に関わってない領地だからだろうか?」
屋台を営む人も、買い物する人も皆口を大きく開けて笑っている。ピクルスの串刺しをパリパリかじり見回していると、大きな歓声が上がった。
何事かと見に行けば、大柄なマッチョ男が熊を担いで歓声に応えていた。
「今年の優勝はゼオンさんに決まりだな!」
「熊はやべーだろ!」
「いや、でも去年優勝したセルエルさんがまだ戻ってないぞ」
フルーツ盛りを食べながら、純粋に狩猟祭りを楽しむ人々を眺めた。なんだか知らない国に来たような心地になった。
その後フェルヴェールと合流して日没まで探すも、アメリィを見つける事は出来なかった。
「あれか?“生まれ変わりましたが、好き勝手させて頂きます”系か!?ふざけんなよ…俺がどんだけ苦労してると…」
「あっ!殿っ…ポール様!寝不足で飲酒は…」
言い切る前に麦酒を煽り、一杯で目を回したレオポールをフェルヴェールは河原へおぶっていった。
お酒を飲んだ為か、その日は悪夢を見ずにぐっすり眠れた。
次の日の朝。レオポールは身支度を整え、ボードル男爵邸へ向かった。
(浄化の能力は必要不可欠。好きに生きるのは勝手だが、国が潰れるのは看過出来ない。とにかく役割はきちんと果たして貰わねば)
男爵邸の門で守衛に王家の紋をかざし、アメリィ・ボードルへの取り次ぎを頼む。
応接間でどんな嫌な女が来るんだと予想して、イライラが募ってきた時に、アメリィは来た。
「こ、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。初めてお目にかかります、ボードル男爵が次女アメリィと申し…」
「何故オープニングイベントをすっぽかしたんだ!寝取りヒロインだろ!仕事しろ!!」
勢いで怒鳴り、正面からアメリィを見た。
見た瞬間、ぶわっと鳥肌がたった。
溢れそうな程大きい金目、桜桃の様な赤い唇。蜂蜜色の髪の毛。そして体全体に纏った金色の粒子。
(“ヒロイン”だ紛れもなく。全然違う…!誰とも違う)
身構えていたのに見惚れてしまった。