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男爵令嬢アメリィ・ボードルの場合

よろしくお願いします。

 ボードル男爵家の娘、アメリィは物心ついた頃から毎日不思議な夢を見た。


 夢の中の自分は黒髪黒目の女の子。最初は裸足で駆け回ってた彼女も、夢を追う毎に幼稚園、小学校、中学校…と大きくなって行き、大学生になる頃には多趣味で、休日にはひとりハンドメイドに没頭した。


 そんな彼女も働き始めると、趣味の時間はなくなり、毎日仕事を一生懸命こなした。親の薦めでお見合い結婚をして、子育てがひと段落して、そうだと思いまたハンドメイドの趣味を始めた。


 そんな、毎日続く夢だ。


 小さい頃は、起きても夢現の区別がつかなくて、よく混乱していた。ぼんやりしてたり、一日中癇癪を起こしたり。乳母やメイドの記憶は無い。毎朝母が来て着替えを手伝ってくれた。1人になる事はほとんど無く、必ず家族の誰かが一緒だった。領主の娘に問題があると広く知られる事を危惧しての事かも知れないが、家族の距離が近い事にアメリィはいつも安心していた。


 5歳になる頃には、起きたらまず鏡を見て自分を確認する事が習慣になった。アメリィはとろける様なハニーブロンドに不思議な金の目をしていたので、今がどっちなのか直ぐにわかった。


 夢の中の自分はどんどん年老いて行き、アメリィが10歳の時、とうとう亡くなった。山も谷もない、平凡な、でも人並みに悩みや後悔のある普通の人生だった。

 癇癪を起こさなくなったアメリィだが、流石にその日は一日中泣いた。

 情緒不安定な日が暫く続きぼんやり過ごす中、アメリィは夢の中の自分は前世なのではないかと思った。では何故夢で見るのか?心残りは何かあったかと考えたが、これだ!というものは無かった。強いて挙げるなら、もうちょっと波乱万丈でも良かったかな〜という、平和ならではの贅沢な悩みくらいなものだった。


 しかしアメリィは、夢を通して平和であることの幸せを知ってしまった。今生も平和で出来るだけ幸せに生きて行きたいと願うようになっていった。




***




 ボードル男爵家は領地を所有している。領主館がある町のほかは三つの村と二つの集落があるだけの小さな領地だった。土地の7割は山と斜面で、畑に向かない地だったので、牧羊を中心とした牧畜、果物の出荷で成り立っていた。


 アメリィは四人兄妹の末っ子だった。兄妹仲は良く、精神が不安定だった幼少期もあり、家族はアメリィを自由に育てた。

 十離れた長兄のベルナルドは次期領主。五つ上の次兄のジェルードは文官を目指して勉強していて、年子の姉のアルメーヌは出来るだけ領地を支援してくれる良い婚姻を目指して、日々自分磨きに精を出している。


 10歳までのアメリィにはメイドを付けられていなかったが、1人になってはいけないよと言われていたので、ベルナルドと剣(アメリィは木の棒)の稽古をしてみたり、ジェルードの読む本にあれこれ質問してみたり、アルメーヌと刺繍をしたりした。


 11歳になり、両親から落ち着いたと判断されたのか、やっと専属のメイドをつけてもらえる事になった。コレットという13歳の女の子だ。領主館のある町出身という事で、早速その日のうちにコレットを連れて町を練り歩いた。夢の中とは全然違う、初めての町が楽しくて楽しくて、帰るのが日暮れギリギリになり、かなり怒られた。3日も家から出してもらえなかった。コレットも3日間の謹慎を出されていたらしく、深く反省した。


 次から町に出る時は執事に伝える事、護衛を連れる事、早く帰ってくる事を条件に許された。


 12歳になる頃には町の商店街の人達とはすっかり顔見知りになった。町だけで無く、領主名義の牧場も見に行き、羊飼いとも顔見知りになった。


 家の手伝いも積極的に始めた。ボードル家では週末はお休みの日として、料理人やメイドにもお休みをあげていたので、アメリィは母や姉と料理をした。アメリィは夢の中の知識があるせいか、作る料理はいつもちょっと変わっているらしく、首を傾げられた。

 その日はいつもガレットを作る蕎麦粉で蕎麦を捏ねてみた。アルメーヌに「何を作っているの?」と聞かれて「えと…オソバ?」と答えたら、10歳以前によく見た、ちょっと可哀想な子を見る目で見られた。次からは何作っても「てきとーです」と答える事にする。

 因みに蕎麦は「蕎麦粉を麺にするなんて新しい蕎麦粉の使い方だ!」と家族皆に好評で、月に1度は作る様になった。

 料理教室で上手く出来ず、躍起になって自宅で作りまくった前世に感謝である。




***




 ボードル男爵領ではお祭りが多い。

 どの集落でも収穫祭や新年の祝いなど、年1、2回はあるものだが、ボードル男爵領では大掛かりなもので年4回、村々の小さいものを併せたら二桁はある。

 新年の祭り、春に羊の毛刈り祭り。

 夏は社交で留守にする領主夫妻に代わり、残った次期領主や家族が力を合わせて祭りを行わなければならない。

 表向きは万が一の時に恙なく領主代理をこなす為の訓練と称されているが、本音は違う。好きなのだ。大好きなのだ、祭りが。

 税金の半分を祭りの運営に当てている程だが、娯楽の乏しい男爵領。領民から苦情が上がった事は一度もない。むしろ正しく還元していると支持率は高い。

 そして、秋になると冬に備えて沢山の家畜を絞める。最も盛り上がる肉祭りである。ボードル男爵領では町から一番遠い集落でも荷牛車で6時間程。

 つまり全ての集落から人が集まってくるのである。

 それぞれが冬の為に沢山仕込んだ保存食やドライフルーツ、毛糸や毛織物を持ち寄り、販売や物々交換を行う。各集落から力自慢の男等が集まり3日に渡り羊や豚を解体する肉祭りは、他領にも人気で貴族がお忍びで参加する事もあった。


 アメリィが初めてお祭りの参加を許されたのは12歳の秋祭りだった。

 祭りと一緒に長兄ベルナルドの結婚式が行われたのだ。それまでは病弱(という名の情緒不安定)を理由に兄の婚約者や親戚に会ったことはなかった。


 祭りの前夜にボードル家の親戚やお嫁さんの親戚一同集まり端から挨拶して回っては、あら可愛いわね、元気になって良かったわねと撫でくりまわされて、アメリィは人生で一番忙しい夜をすごした。


 楽しみで眠れなかった為、祭りの初日は朝から館を出た。心配したジェルードとアルメーヌと手を繋いで町へ行くと、カラフルなはぎれを毛糸で繋いだ飾りが至る所に下げられていて、いつもと違って見えた。

 大はしゃぎで、あれは何か、これは何に使うのかと質問しまくり、解体広場に着いた頃には既に絞められた豚1号はソーセージになっていて、早速茹でられたものを購入して、お行儀悪く立ち食いした。


「立ち食いが許されるのはお祭りの日だけですからね」

「はぁい、お姉様。バリッ、もぐもぐ……はぁ、おいしいねぇ」


 肉汁を迸らせながら口一杯にソーセージを食べる妹を、ジェルードとアルメーヌは優しく見守った。

 食べ終わるとアメリィは目蓋が重くなってしまい、ジェルードにおんぶされて帰途についた。


 温かい背中で揺れながら、アメリィは自分だけでなく領の平和と幸せを願う様になった。




 秋祭りが終わり館が落ち着くと、アメリィは父に呼び出された。父の執務室に行くと、そこにはアルメーヌも来ていた。


「お父様、お話と言うのはなんですの?」


 アルメーヌが切り出すと、父は一つ頷き話し出した。


「次の社交シーズンだがな、取引先や私の友人達との顔つなぎの為に次期領主夫妻としてベルナルド達も一緒に行く事になった。それからジェルードだが、年が明けたら王宮の文官見習いとして働ける事が決まったそうだ」

「まぁ、ジェルードお兄様すごいですわ」


 将来文官になる、と言っていたジェルードの顔を思い出してアメリィは嬉しくなった。

 しかしアルメーヌは違ったらしく、まさか…と呟くと両手を胸の前で握りしめて、頬を赤くした。


「お父様、次の夏のお祭り…もしかして、もしかして」

「そうだ。呼び出した理由はこれだ。次の夏祭りの指揮はアルメーヌに任せる。アメリィはアルメーヌの補佐をするように。執事や各村長、村長の奥さん達と良く話し合い、成功に導きたまえ」


 アルメーヌはきゃぁ!と歓声を上げてアメリィに抱きついた。


「ええ、ええ!任せて、お父様!私、立派にお役目を果たしてみせますわ!アメリィ、一緒に頑張りましょうね」


 アメリィはよくわからなくて目を白黒させた。

 父の執務室を出てからアルメーヌに聞いたところ、お祭りを取り仕切れてこそ一人前の領主一族と認められるという。アルメーヌも指揮こそ初めてだが、お手伝いは何度もしてきた。


「お姉様、私…お手伝いどころかお祭りも先日のが初めてです。お役に立てば良いですが、足を引っ張ってしまうのではないかと不安です」

「もし万が一、足を引っ張ってしまっても良いのです。誰にだって初めても失敗もあります。同じ過ちを繰り返さない事が大事なのです。それにアメリィ、更に次の夏には私はデビュタントです。お父様と王都に行かねばなりません」


 姉の言葉にアメリィはゴクリと唾をのみこんだ。


「つま、つま、つまり…」

「つまり、次の次の夏祭りの指揮はアメリィかもしれません。もしかしたらエミリーお義姉様かもしれませんが、アメリィの可能性は十分にあります」


 エミリーはベルナルドのお嫁さんだ。


「ですのでアメリィ、お勉強のつもりで一緒に頑張りましょう!」

「はい、お姉様!私頑張ります!」


 アメリィは両拳を握って、鼻息荒く答えた。



 父から追って連絡があり、祭りの企画書を年明けまでに出すようにとのことで、アルメーヌとアメリィは過去の企画書を読み漁り、兄達に話を聞いた。


 纏めると、夏のお祭りと言うのは主に狩猟を行うのだそうだ。夏から秋にかけて果物の収穫があるのだが、その果物が害獣に荒らされるのを減らす為に初夏の間に間引いておくのが目的のようだ。

 そのついでに自分の猟犬の素晴らしさを自慢したり、取った獲物の大きさを競ったりするのが祭りの余興のようだった。

 獲物の串焼きやスープの炊き出しも行うようだが。


「なんていうか、男の方ばかりが楽しそうな内容ね」

「狩猟も猟犬のお世話も男性の領分ですものね…」

「もう少し女性も楽しめるものが欲しいわね」


 アルメーヌの提案は具体性は無いものの尤もであった。お互い幾つか提案を考えましょうと、その日の話し合いは終わった。


 アルメーヌはヒントを探しに張り切って町へ下りて行った。アメリィも何かないかと館の周りをコレットと散策する。


 館は小高い丘に建っている。玄関までの道の途中に鳥居みたいに門がぽつりと建つ、塀のない建物だった。馬や家畜が集団で出入りする為である。


 屋敷の裏手から少し離れた建物に人が集まってなにか作業しているのを見つけた。いつもは閉め切られている建物だったように思う。開いているところを初めて見た。


「コレット、あれは何をしているのかしら」

「豚の皮を石灰水に漬けて下処理してるんです。膠という糊を取り出して楽器職人や家具職人に売るんですよ」

「膠…」

「向こうの建物では羊の皮から紙を作ってます。ここからでは見えませんが、それぞれの脂身を集めて蝋燭と石鹸を作っている工房と、川の近くには鞣し工房もあります。この4箇所は肉祭りの後は大忙しです。寒くなると作業が滞りますから、冬になる前にある程度終わらせるんです」


 コレットの話を聞きながら、アメリィは夢の中を思い出していた。


(膠を更に精製すると、確かゼラチンになるのよね。夢の中の私、食べてたよね?ゼラチン…お祭りに使えないかしら)

「コレット、膠は食べないの?」

「ええ!?食べませんよー。お嬢様興味があるんですか?」


 アメリィがコックリ頷くと、ちょっと待っていて下さいねと言ってコレットが建物まで走っていった。直ぐに戻ってきて、コレットは掌に載る瓶を持ってきていた。中には指先ぐらいの黄色いカケラが半分程入っている。


「これは去年加工した物の残りで持っていっていいそうです。もっと欲しかったら領主様に直接交渉して下さいとの事です」

「まあ!ありがとう、コレット!」

 

 その足で獣脂の加工をしているという建物にも行って、少し脂身を分けて貰って館に帰った。


 とりあえず一旦膠は置いておいて、脂身である。


(確かハンドクリームって臭いや精製度にこだわらなければ直ぐに出来るのよね)


 獣脂を鍋で煮立てて、灰汁を取ってから冷まし、浮いて白く固まった脂を瓶に詰めて完成だ。ただし獣臭い。


(と、テレビが言っていた。夢の中では、えーと、塩で撹拌して不純物の分離をしてたかな?それで庭で摘んだ、なんか草。なんの草?と一緒に煮込んで臭いを消していたような…)


 午後の、お夕飯準備前の厨房にお邪魔して、アメリィは鍋を使わせてもらう事にした。ボードル男爵家の料理人は料理長とパン、デザート係の料理人と見習いの3人いる。見習いのヤンが火の番として合間に見ててくれる事になった。


「休憩中にごめんなさいね」

「大丈夫です」


 ミルクパンにそのまま煮立てて冷まし脂を集める。


(ボードル領では塩が取れないから、あんまり沢山は使えないわね)


 ひとつまみいれて撹拌。冷めたら脂を集めて、を二回繰り返す。3回目には何か香り付けに香草でも入れて見ようかと思ったけど、肌に良く香りも良い草がわからないので断念。

 お茶用の乾燥オレンジピールを物色して入れてみた。


 次の日には口紅用の缶に一杯程度だがなんとか出来上がった。

 片付けはヤンが申し出てくれたので有り難く甘え、部屋に帰って検分してみる。


(臭い…良し、大丈夫)


 ちょっとすくって両手に塗り広げてみる。だが特に何するでもないお嬢様の手はテカテカになるだけで、良し悪しがわからなかった。


 お茶を入れ終わったコレットを呼び寄せて、両手を借りる。毎日きちんとお仕事してくれるコレットの手はささくれが出来て乾燥している。そこに出来立てのハンドクリームを塗り込んでみた。


「どうかな?」

「え?え?」


 コレットは目をパチクリさせて両手を見た後、ゆるゆると頬が紅潮した。


「わ、わ、凄い!お嬢様の手みたい!ツヤツヤ!しかもいい匂い」

「町や村ではこういうの使わないの?」

「あかぎれが出ると使いますよ〜。でも臭いが気になるからってあんまり塗らない人もいるんですよ。コレはいいですね!夏祭りで売るんですか?話し合いにあった“女性向け”ですし、私も買いたいです」

「う〜ん…」


 ゼラチンがダメだった時の保険で、とりあえず作ってみただけとは言いづらい勢いだ。


「ほら、でもこれって夏向けの商品じゃなくないかな?使うのは冬でしょう?」

「夏でも皮を鞣したりの水作業が多い領地ですから欲しがる人はいると思いますけど…そうだ!いっそ新年のお祭りで売りましょうか?」

「うんん?」

「旦那様……いいえ、奥様です!奥様とアルメーヌお嬢様にお話ししてみましょう!」


 コレットの勧めで一応…と母と姉に話して見たところ、いいじゃない、夏祭り(本番)の練習に新年のお祭りに出店出して見ましょうか、となった。


 ハンドクリームの傍ら、膠も試してみた。ヤンに手伝ってもらいながら、溶かして目の細かい布で何回か濾してみる。黄色から薄い黄色になったかな?というところでデザート係の料理人のセルジオに、ストックの桃のコンポートを一切れ分けて貰った。漬け汁も貰い、水とゼラチンの分量を変えて3つ作ってみる。セルジオは興味がある様子でアメリィを手伝った。

 氷室で冷やして、試食してみるも、一つは固まらず、一つは硬すぎ。もう一つは食感がざらついていると、見事に失敗だった。


「うう〜ん…改良して新年までに企画書かぁ。間に合わないかな」

「あの、お嬢様。よろしければ私に改良を任せて貰えないでしょうか」

「え!?いいの?」

「是非お願いします!」


 料理人としての興味から目がキラキラしているセルジオに膠の瓶を託した。


「開発に掛かる費用はお父様に話しておくわね。膠も足りなかったら言ってね」

「ありがとうございます!新しい可能性に挑戦出来る機会がありとても嬉しいです」


 ゼリーの試作をセルジオに任せ、アメリィは母に付いてハンドクリームの容器の発注やクリームを製作する人手の手配などを学んだ。


「お母様、コレットから聞いたのだけれど、あかぎれの人が獣脂を塗ったりするんですって。傷にいい薬草などを一緒に煮て効能を足したり出来ませんかね?」

「あら、いいわねそれ。監修に薬師を1人手配するわ」

「アメリィ、お母様。これお花の匂いとかつけられないかしら。ラベンダーの香油好きなのよね。ベルガモットも…いえ、ジャスミン…うーん迷うわ」


 流石に秋の終わりなので、花の香りは改めて来年試しましょうとなった。しかし香りを増やすのは賛成で、沢山取れるオレンジの皮や林檎の皮で試すことになった。


 セルジオのゼリーの改良も順調に進み、新年の二週間前には、食感のばらつきが減り、固まりが緩いながらも安定して作れるようになった。


 アメリィは早速アルメーヌに試食してもらい、女性に喜ばれそうだし夏向きな商品として合格を貰う。ただ、沢山作ると氷室とコストの問題がある。そこは父に相談する事になった。


 アルメーヌは細い毛糸を使ったレース編みのコンテストはどうかという案を出した。他のコンテストを参考に賞金や参加賞をまとめた企画書とゼリーを一緒に父に提出する。


「ふむ。…レース編みのコンテストはいいね。他領からもお客が来るから売り買い出来る場も設けておくように。細かいところはマルスと詰めなさい」


 マルスは執事長だ。


「それと新しいお菓子か…悪くは無いが…むぅ、値段がなぁ」


 腕を組んで唸ったあと、よし!と父はアメリィに言った。


「アメリィ、これはちょっとお父様に預からせてくれないか。お祭りじゃなく夏の社交場で広めてみよう」

「……はい。わかりました」


 お祭りの為にと思って考えたが、結果ボツになりアメリィはがっかりした。


「アメリィ、私とレース編みのコンテストについて考えてくれるかしら?」

「勿論です、お姉様」


 それから新年のお祭り迄に企画を具体的に詰め、一方で人任せだったハンドクリームも出来上がった。

 薬草と香りの兼ね合いで、薬効があるクリームはオレンジの香り。価格は割安だけど薬効の無いクリームは林檎の香りになった。

 ほぼ母の采配でオレンジクリームが150個、林檎クリームが300個用意されたけど、アメリィはこんなに売れるのか心配になった。


「大丈夫よ。時間的にこれしか用意出来なかったけど。足りないくらいよ」


 新年明けた最初の日は家族と過ごす。

 お祭りも2日目から3日間続くもので、近くの村や他領からも人がやってきた。お祭り初日こそあんまり売れなかったが、他領の人が買って帰ると人気が出て、最終日の昼には売り切れてしまい、午後は商品の問い合わせが殺到した。

 母の後ろに付いて問い合わせの対応の手伝いをしていたアメリィだが、お昼過ぎには疲労が見え始めて母から休憩を申し渡されてしまった。


 部屋に戻ろうと思ったが途中でお腹が鳴り、庭のベンチに座りポケットからクッキーを取り出した。屋台で購入したものだ。小麦の生産が無いボードル領でクッキーといえば雑穀のクッキーだった。ドライフルーツやナッツも入ってザクザクの食感が楽しい。


 アメリィは後ろから近づく人の気配に気がつかなかった。


「なんだお前、使用人の子か?」

「きゃっ!?」


 そう言って、無造作に髪を掴まれた。

 反射的に相手の顔を見ると、赤茶の髪に目の吊り上がった男の子がアメリィを見下ろしていた。


「平民風情が。邸の表を我が物顔で使って目障りだ」


 今日のアメリィはお祭りを視察する為汚れても良く動きやすい、木綿のワンピースと羊毛のケープを着ていた。

 掴んだ髪を引っ張られベンチから引きずり下ろされると、背中にドシンッと衝撃がきた。踏まれたのだ。


(何?誰?なんで?)


 急に降って湧いた暴力に、アメリィは身体を丸めこませる。その間にも背中を何回も踏まれる。どれくらいそうしていたのか。


「エドガール様!」


 アメリィは母の声にパッと顔を上げた。暴力少年もアメリィの背中から足を下ろして母と向き合った。その隙にコレットが近づいてきて、アメリィの頭から大判のストールを被せた。

 母は毅然とした態度で少年に話しかけた。


「申し訳ございません。娘が何か粗相を致しましたでしょうか?」

「娘?昨晩は見なかったが?」

「末の娘は身体が弱く、夜は早めに休ませておりますので」

「ちっ、そうか」


 そうして少年が立ち去り姿が見えなくなると、母はアメリィを抱きしめた。


「アメリィ、もう大丈夫よ」

「お、おか、さまぁ…こ、こわかっ…うぇぇん」


 侍従に運ばれ治療を受けた後、ベッドの上で少年の話を聞いた。

 名前をエドガール・モンブロー。北隣のモンブロー子爵領の長男だ。隣の領地ということもあり父と子爵は昔から交流があるらしい。

 今回もお祭りの間家族で遊びに来ていて、領主館の客室に泊まっているそうだ。子爵はおっとりした人だったが、奥さんは侯爵家の出らしく高飛車な人だった。

 日頃から「何故私が子爵なんかに…」と文句が多いし、頭を下げるのを嫌ってお茶会も子爵夫人や男爵夫人ばかり。そんな彼女に可愛がられた、彼女そっくりなエドガールもまた高飛車に育ってしまった。

 今回の宿泊でモンブロー子爵が「エドガールを後継にする事は出来ない」という愚痴を父に漏らしていたようだ。多分家でも言っていて、後継に指名されないエドガールは余計にひねてしまったのではという事だった。


「ようは八つ当たりです。アメリィは悪くないのに、怖かったわね」


 アメリィは母の手を握ってこっくり頷いた。

 流石に父が子爵に申してくれて、後日謝罪の花束が届いて、この件は落着した。

 アメリィは本当に怖くて、暫くは絶対にコレットから離れなかった。

 ただ、アルメーヌにはちょこっと注意された。淑女教育をろくに受けていないから使用人の子と間違えられてしまうのよ、と。

 その言葉には母も同意し、アメリィは遅ればせながら色々教育を詰め込まれることとなった。




***




 春になり、アメリィは13歳になった。

 毛刈り祭りもお手伝いしながら勉強した。

 秋のお祭りの時も思ったが、畜産に関わる男性は皆日焼けをしていて筋骨隆々であった。


(来年の夏のお祭りにはボディビル大会とか提案してみようかしら…)


 マッチョによる毛刈りを眺めながら、来年のお祭りを思った。




***




 両親と兄夫妻が王都へ出発し、もう直ぐ夏の狩猟祭りだという頃の事だ。

 厨房ではセルジオとヤンが大量の夏蜜柑を絞っていた。


「凄い量ね」

「今年は豊作みたいで、レモネード飲み放題ですね」


 レモンの採れないボードル領ではレモンの代わりに夏蜜柑を使った物がレモネードと呼ばれている。ボードル領では養蜂農家が2軒あり、領内では比較的安く蜂蜜が手に入るので、どの家庭でも自家製のレモネードを作るのだ。

 絞り終えた皮をぽいぽいと木樽に入れているのを見て、何気なくきいた。


「これ、どうするの?」

「圧搾して、出た汁で掃除したり、水に薄めて畑に撒いたりします。虫がこなくなるんですよ。で、絞った後は他の生ゴミと発酵させて肥料にするんですよ」

(虫こない、大事。肥料も大事。でも)


 大量に捨ててある種が気になってしょうがない。

  


 夢の中の自分は1度だけ柑橘の種で化粧水を作ったことがあった。

 何故1度だけなのか。

 理由は単純で、種が集まらなかったから。


(すごい食べたのよね。伊予柑とか八朔とか。それこそレモネードもレモンの蜂蜜漬けも。柚子ぽん酢も作ったし)


 種類問わずに柑橘系の種を集めたが、必要な分貯めるのに3ヶ月くらいかかった。品種改良が良すぎてそもそも種が入っていないのだ。

 庭に柚子の木でもあれば冬に風呂に大量投入して確保も出来たが、いかんせん団地住まい。柚子を買ってまで風呂に入れる気にはならず、自然派化粧水の継続は夢となった。



 その種が、大量にある。


「これ、種だけ貰えないかしら。私、分けるから」

「え?種?ええ、構いませんよ」

「ありがとう!」


 2つ返事でOKを貰い、アメリィはザルいっぱいの種を手に入れた。

 執事のマルスにお願いして、透明で度数の高いアルコールを少し分けてもらう。


「…まさか、飲みませんよね」

「飲まないわよ!美容に良い物作れないかと思って、試したいの」

「そういう事ですか。わかりました。瓶に分けて部屋にお持ちします」

「ありがとう」


 疑いの目で見られたが、ハンドクリームの事があったので、比較的すんなり分けてもらえた。


 煮沸した空瓶に、洗って天日干しした種を瓶の半分くらいまで入れて、お酒を注いだ。このまま暗所に10日程置いておく。




「出来てるかしら…化粧水」


 瓶を揺らすと中の液体がとろりと傾いたのを確認して、蓋を開けた。


「ちょっとアルコール臭いかしら…」


 煮沸した小瓶に3分の1、半分、3分の2と量を分けて注ぎ、1度沸騰させて冷ました水を入れた。

 順番に手に付けてみて、13歳の健康なお肌には3分の1で充分な気がした。


「お姉様にも相談してみよう」


 アルメーヌは話を聞くなり、直ぐに手紙の準備をした。


「お父様…いいえ、お母様にお話しした方がいいわ」

「ん?使用感の相談ですか?お母様は濃い方がいいですかね?」

「違うわよ!売るか売らないかよ!」

「え?売るんですか?」

「折角ですから夏祭りで、飛び入りで売ってみましょうよ。あと2週間程ですけど、アメリィどれくらい作れます?」


 売る為の瓶がどれ程確保出来るか、そもそも予算が下りるのか等あれど、その辺も含めつつアルメーヌが手紙を綴った。現品の化粧水も箱に詰めて添え、手紙というか、もう企画書だ。

 王都まで手紙は3日程かかる。返事が来るのは早くても1週間後だろう。その間種をあるだけお酒に漬けて、瓶の手配もした。瓶や水の煮沸消毒用に薪の用意もして、1週間はあっという間だった。


「お姉様、お手紙にはなんて?」

「えっとね、ほらやっぱりお母様は売りなさいだって!それから、お母様の分もとっといてね、種も追加で集めて置くように。予算に関してはマルスにも手紙を出しておきます、だって」


 アメリィとアルメーヌとマルスは相談して、“種をジョッキ一杯と串焼きを1本交換”はどうかとなった。カビてたり傷んでいる物は無効など幾つかルールを決めて、急遽領内に知らせを出した。


 アルメーヌもアメリィも当日はレース編みコンテストの審査員もあるので、化粧水の売り子や串焼き員を下働きから特別給で募った。

 化粧水の瓶詰めもメイド達に手伝ってもらい、なんとか当日に間に合った。


 お祭りの日は夜明け前に支度を済ませて、姉妹で手を取り合った。


「アメリィ、今日から3日間頑張りましょうね」

「はい、お姉様。きっと成功させましょう」


 緊張や高揚、不安でお腹は空いていなかったが、体力が必要なので口にご飯を詰め込んだ。

 いざ始まってみれば、あれよあれよと忙しく、目を回している内に3日が過ぎてしまったかのようであった。


 初日のレース編みのコンテストは参加者が多く、優勝作品を選ぶのに難航した。選ばれた作品は直ぐに買い手がつき、参加者からは来年の開催も望まれた。


 猟の傍ら鷹の品評会も行われた。

 2日目は猟犬の品評会、最終日には一番大きい獲物を仕留めた者に記念メダルが贈られた。


 化粧水はなんと初日に売り切れてしまい、その後の問い合わせの対応をしたメイドがてんてこ舞いだった。

 種は麻袋10杯も集まり、串焼きが赤字だったが、種集めの機会を生かしたという意味では成功だっただろう。


 至らぬ所は多々あったが、領主の娘達が一生懸命走り回り盛り立てている姿を、領民達は微笑ましく見守り、時にフォローした。


 酒類や酔っ払い達の対応は殆どマルスが頑張り、アルメーヌとアメリィは深く感謝した。




 怒涛の3日が明け、久しぶりに朝寝坊をした日だった。お嬢様達頑張ったし、とメイド達も起こさなかったその日、その人はやってきた。


「あああ、アメ、アメリィお嬢様ぁ!おき、起きて、起きて下さいぃ!!」

「ふへぇ!?」


 コレットに起こされてアメリィは飛び起きた。垂れたヨダレを拭う。


「こえっと…(ふきふき)え?どうしたの?」

「おきゃきゃ、おきゃきゅ、おきゃ…」

「落ち着いてコレット。お猿みたいよ」

「お客様ですぅ!急ぎ支度を」

「お客様?先触れもなく?どなたなの?」

「皇太子殿下です!!」

「へー、こうた…い?し??」


 アメリィは寝ぼけてるのかな、と自分の目を擦ってみるが、コレットは真剣な顔でアメリィにもう一度告げた。


「皇太子殿下です。急ぎ支度を!」

「は、ハイ…」


 言われるがまま支度をしながら、アメリィは困惑していた。そもそも面識がないし、両親と交流があるのかも知らない。領からどころか町からも出た事ないし、皇太子殿下の為人の噂すら聞いたことない。


 唯一会ったことのある貴族を思い出して、アメリィは手が冷たくなるのを感じた。


「コレット、皇太子殿下は、怖く、ないかしら…」


 アメリィの不安を感じ取って、コレットは優しく髪を梳いた。


「大丈夫ですよ。皆いますから」


 そう励ましてくれたコレットを嘲笑うかのように、入室すると何故か人払いされており、皇太子とその側近しかおらず、アメリィは一瞬固まった。


(何で…何でお姉様の同席も許されてないの!?てか、私ハジメマシテよ!ハジメマシテよね!?恨みとか買ってないよね??)


「こ、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。初めてお目にかかります、ボードル男爵が次女アメリィと申し…」

「何故オープニングイベントをすっぽかしたんだ!寝取りヒロインだろ!仕事しろ!!」


 アメリィはぽかーんと殿下を見た。いきなり怒鳴られた事に驚きすぎて、言われた内容が頭に入ってこず(なんて顔色の悪い方なのかしら…)と関係ない事を思った。

 



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