花家の事情
「天河家南の領主一族は、航海王の子孫のくせに、内政にばかり目を向けて
海洋開発事業に無関心だ」
「家の歴史」を学んでいた幼いフローラは思ったことを口にした。
「あそこは 代々眠り病の人が出てくるから、うかうかと航海に出れないんじゃないか?」兄様
「わしらだって、乗船中の提督が眠り込んで起きないとなったら 困るぞ」
じい様
「でも長い長い眠りから覚めた人は再発していないわ」
歴代当主の病歴を見ながらフローラは指摘した。
「なるほど、10年近くも眠り込んだ人の再発例はないな」兄様
「しかしなぁ そういう人って割と幼いころに眠りにつくだろう?
目が覚めてから 歳相応にふるまえるようになるまでの苦労話の本は読んだか?」じい様
「それ 見せてください!」フローラ
◇
歴史書を読み終えたフローラは言った。
「代々の南の領主様たちが、夢で得た知識を反映した内政に心を傾けがちなのなら、花家から総裁を出して、海洋開発事業にも目を向けるように御領主様に提案したらどうでしょうか?」
「ふむ」
花家の重鎮たちは フローラの提案について 真剣に討議した。
「へたにつついて、これまで ひっそりと花家で運航してきた旧船の利用法まで咎められたら困る」藪蛇が怖い派
「コチ家からは これ以上造船時期に合わせた 航海士志望の若者集めを続けるのはむつかしいと言われている」現状打破派
「ならば 花家で 航海士を出せばよい」現状維持派(実は場当たり主義)
「コチ家の協力がなければ 航海士の育成はできん!
それに 他家との協力なしでは 造船資材を集められん!」穏健派
「わしらの村は 大工業でなりたっておる。
今から急に子作りをしても 大型船を動かせるだけの人数の子を余分に産むのは無理がある。
しかも 育てるのも 食わせるのも 大事だ!(大事です!)」
爺様の言葉の最後には ばば様たちも加わって力説した。
「造船資材確保のためにも他家との協力関係は欠かせない。
うちだけが 海洋事業を独占しようとしていると思われてはやっていけない」日和見派
「そもそも 大型船を就航させて どうする?
そこから利益を得るには 産物販売ルートを確保しなければならん。
密売はご法度だから 領主様の許可がいる!」
喧々諤々《けんけんがくがく》の議論の末、言い出しっぺのフローラに対する英才教育が始まった。
花家総裁として 領主の直参となり、
南の天河家が 再び航海王として 海洋開発事業に乗り出す気になってくれるように働きかけるために。
あるいは 行き詰りつつある花家や古の天海号乗務員の末裔のこれからの暮らしにも眼を向けてもらえるように。
さらに、フローラには、これまで眠り病にかかった人の
「発症までの生活・眠り込んでいるときの様子・目覚めてからの暮らしぶり」など、
「眠り病の傾向と対策」について事細かに書かれた記録にもすべて目を通し、
御領主様が眠り込んだ時の介護法についても徹底的に学ばせた。
これは、
「眠り病を発症するのはいかんともしがたいことであるが
眠り病から覚めた後の御領主様が お健やかに過ごせるように
側近たる者は 眠り込んでいらっしゃる御領主様や目覚めた後の御領主様の介助・介護法も
しっかりと身につけておくべきだ」という じい様の指示に基づいてである。
「しかし 短い眠りの期間をちょくちょく発症された方も過去には居たというぞ」
という突込みに対しては、
「それはそれで それなりの対応を過去の者達が行ってきた記録を見て対処するしかしかたなかろう」
「要は、眠り病がなぜ起きるのか?発症をどうやって防ぐのか?はわからぬが
わからぬことは 脇に置いて
起きたときに 周囲はどういう対応をとれば、御領主様の心身に負担が少ないか
過去の事例を研究して 対応策を複数考えておくことが、
御領主様に 新たなお仕事をお願いしたいとの理由で侍史を目指す者の
せめてもの誠意ではなかろうか?」
と、じい様方は答えたそうな。
それ故、フローラは 天河家領主の記録を読み込むだけではなく、
一般の子供達に対する教育方法を、
身分ごとに異なる家庭教育や躾の本、
「子供の発達とは?」と観点でまとめられた観察記録や
傷病者や老人の介護法、ハンディを持つ子供の養育に関する本を読んだり
研究者の元で学んだり、実践を積んだりもした。
その時には、まさか フローラが出仕した天河家の領主が夫婦そろって若死し、
残された幼いお嬢様が 眠り病で10年以上も眠りにつくことになるとは
誰も思わなかった。
・・・・・
といった 過去の経緯があったので、フローラから
「新造船天海号で ジョーダンに入港せよ」との総裁指令が飛んだ時には
「とうとう この日が来たか」と喜ぶ者だけでなく
「これって 偽情報では?」と疑ったり
「とうとう フローラ総裁が 暴走しはじめたのでは?」と言い出す若者達まで出たのであった。
この若者達というのは、現状の安定した暮らしに胡坐をかきつつ
あれやこれやと些細なことに不満を言っては いっぱしになった気でいる連中である。
イモもまた 「そうした若者達の気持ちがわかる」指導者を気取っていた。
一方、幼いころからフローラが勉学に励み
熱心に現場体験を積んで回っていた時代を知る年よりたちは、
フローラへの信頼をアピールするとともに、
若者達を叱咤激励して天海号出港準備を進め、
航海中の天海号のサポートチームを立ち上げと指揮をイモに命じるとともに、彼をビシバシと指導し
そのケツをぶっ叩いたのであった。
このような経緯があったので、
フローラから天海号ゆかりの者達のうち、花家が責任を持てる者を
ペンペン見物に出してはどうかという案内が来た時に、
「真相追及!」とばかりにイモが その下見というか事前調査にと 領都に出向いたのだった。
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