西の入り江:港の決め事、これ大事! (図あり)
西の入り江、それは、南の入り江の西岸に海水がぐっと奥まで侵入してできた細長い湾だった。
いや湾というのは、本来半円に近い形をしているものを指すらしいが・・。
それはともかく、西の入り江の両岸は まるで 段丘のように一段低くなっているのだ。
イメージとしたらこんな感じ↓
まるで 階段を下りるように、陸・段丘・入り江の底と、ほぼ垂直に一段づつ下がっている。
満潮時には、茶色で示した陸の岸辺すれすれまで海面が上がる。
だから、喫水の浅い船は安全に 段丘まで乗り入れ、船べりをまたいで上陸することができる。
干潮になると ぐぐっと水位が下がって、肌色の段面部分からは完全に水が引くから、舟は段上に取り残され、まるでひな壇の上の人形のように船が並ぶことになる。
前回 天海号で人々を運んできたときは、満潮だった。
だから 岸から突き出た桟橋に人々を下ろし、入り江の両岸に小船が並んで停船しているな、くらいにしか思わなかった。
今回は、満潮時に入港し、そのまま、スイレン船長に引率されて上陸し、村で1泊する用意をすませ、再び スイレンに誘われて、波止場に行ったら、\(◎o◎)/!
潮が引き、陸より一段低い平地に 舟が並んでいた!
「こういう地形は珍しいんですけどね、便利に使ってますよ」
私達と一緒に波止場へ来た、宿の主ニッシーさんが言った。
彼は 西の入り江の港湾長をつとめている人だ。
港湾長は、入港する船・出港する船を把握し、入港予定の船に対して停泊地と利用期間を指定する。
いわば夢の世界の航空管制官のような権限を持つ人だ。
さらに、西の入り江に 海から上陸する人を把握し、海からの訪問者の為の宿泊所も管理している。
(ちなみに陸路で、西の入り江を取り巻く西町に入る人馬と宿泊者を管理するのは、町長の役目である)
ニッシーさんが言葉をつづけた。
「ここ、入り江北岸は、小型船の物揚場として利用しています。
荷揚げを終えた船は、西岸に移動してそこで停泊するか、
自分達で船を担ぎあげて、自分達に割り当てられた船小屋まで運びこむことになってます。
荷や人を積んだ船はさっさと出港しなくてはなりません。
港も物揚げ場も、出入港する船が人や物を上げ下ろしする場所であって、船の置き場所ではないんです。
良く、港を「使わない船を置いておく所」って勘違いしている人がいますが、それは間違いです。
船着き場や物揚場は、
臨時に停船して 人の乗り降りやモノの積み下ろしをする場所であって、
船の保管場所ではありません。
港は、平時は乗降の為の一時的な停留所として、予約制で皆で交代に使う場所であり
海が時化たときの緊急避難所として、常時確保しておくべきスペースでもあります。
そして 漁港というのは、漁師が毎日出漁するための待機場所なんです。
乗り合い馬車の停車場に 馬車を置きっぱなしにしていたら大迷惑でしょ。
本来、安全に人々が乗り降りするために用意されていた停留所に 誰かが勝手に車を停めたら
他の多くの人が乗り降りできなくなったり、無理にほかの場所で乗り降りせざるを得ず事故が起きたり死人が出るかもしれません。
船と港との関係も同じです。
人様が自分達の為に管理している倉庫や厩・馬車置き場を他人が勝手に使うなんて、家宅侵入・乗っ取り・営業妨害そのものですよね。
港の物揚げ場や船溜まりだって同じです。
御領主様が この先 金持ちの娯楽用の船を販売しようなんて考えているのなら、
船を売るより前に 責任をもって、船の購入予定者が自分専用の港湾施設を建設済みか、この先寄港するかもしれない予定地の港湾が本当に新たな船の臨時停泊の受け入れが可能かどうかを確認してから売ってください!」
ニッシーさんにえらい剣幕で言われてしまった!。
「あー なにか その手の問題がこれまでにあったのですか?」
「昔 かなりそれでもめたので、今では 事前許可なく この入り江に侵入することは許さないことにしてます。
もちろん 今回は、フローラさんから事前申請を受けていたので
スイレンさんの花号の入港を認めましたし、
前回 天海号が人々を運んで来る件についても、前日申請ではあっても 特例で認めましたけどね。」ニッシー
「特例?」
「そうです、天海号のような大型船が停泊できるほど水深の深い所にまで、浮桟橋と艀を連結してならべて、人々が船から降りしやすくしたんです。
ああいう作業は 人手もいりますし、急な仕事の場合は、不測の事態も起きやすいですから、
できれば10日前とか1か月前とかに言っていただきたかったですよね。
まあ 今回は 天海号の入港という非常にめでたい出来事でしたし
大型の艀も天河家さんの方で用意してもらっていたんでいいんですけど、
今後は そんな思い付きで 寄港できると思わないでください。
そりゃ 天気の急変とかやむおえないときは、人命第一で助け合うのが海の掟というものですが、
海の者も陸の者も自分の生活の場を守らねばならんのは同じなんですよ。
いいですか、わしらにとったら、海の一部が自分の生活の場なんですよ。
陸の皆さんが 自分の田畑や牧場や植林している所をご自分の生活の場と考えるように、
わしらに取ったら、船の出入りする港・漁をする磯や海そのものが 生活の場なんです。
そこへ勝手に入ってきて
「海は誰のものでもない、大自然だ、母なる海だ」なんて言って
好き勝手に釣りをしたり「潮干狩り♬」なんて言って貝や海藻を取られては困るんです!!」ニッシー
というわけで ヒノモト国における 漁業権・港の利用権についても しっかりと勉強しないといけないということに気づかされました!!。
◇
ちなみに、『天河家が用意した浮桟橋と大型の艀』というのは、歴代の天河領主が、西町に資金援助して、大型船も着岸できる浮桟橋や艀を作らせ、設置・運用させてきたものを指す。
昔は、個人や村の者達が全額自己負担した艀もあったようだが、近年は、天河家が用意した浮桟橋と艀だけで村人たちの必要も賄っていたらしい。
つまり 天河家としては、もうなん百年も天海号を南の入り江に入港させていなかったにもかかわらず、何時でも入港できるようにその用意だけは延々と続けていたのである!。
(そりゃ貧乏領主になるわけだわ。)
「それにしても よくも 代々 大型の浮桟橋と艀を作ってメンテして維持してきましたね」
「まあ わしらに取ったら 艀と浮桟橋を連結して海に向かって張り出させる訓練というのは、年中行事の祭りの一環にしていたから それはそれでかまわんかったのよ。」
さきほど、浮桟橋の側で紹介されたニシシが言った。
彼は ニッシーの従兄で、浮桟橋と艀の製造・メンテ・管理などの責任者だった。
「御領主様は、設備の維持費用とは別に、訓練に参加した者へ労いにと、酒代も出してくださっていた」ニッシーが補足説明した。
「おかげで、わしらも いつか大型船が入港するかもという夢を楽しむことができたから、訓練はまじめに励んだよ」ニシシ
「そうですか。その甲斐があったと思えるように これからも」
「「「がんばりましょう! これからもよろしくお願いします!」」」私・ニッシー・ニシシの声がそろった。
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