バッキ―と面談
本日2度目の外出
思い切って馬の速度を上げてみた。
頬をなでる風が気持ちよい
街を囲む城壁の門の前で馬をおり、
城門をくぐってから再び馬にまたがり、街の中では緩やかに馬を歩かせた。
バッキ―は店番をしていた。
思ったよりも多くのパンが売れ残っていた。
「夕方から買いに来るお客さんもいるので、できたてパンを追加したんです」
バッキ―の言葉通り 朝にはなかった蒸しパンがケースの中に納まっていた。
「よかったら 味見していきませんか?
午前中にたくさん買ってくださったので 今回の分はサービスしますよ」
「だったら一つ頂こうかしら?
よかったら あなたと話しながら食べたいのだけど」
「お嬢様のお相手をして下さっている間 私が店番をします。
お宅の裏庭に 馬をつながせてもらいまいた」
折よく入ってきたセバスが声をかけた。
「わかりました。
それじゃあ 店番 お願いしますね」バッキ―はセバスに一礼すると
「お嬢様 お好きなパンを一つ差し上げます。選んでください」と私に言った。
「だったら その緑色のパンを頂戴」
「さすが領主様お目が高い」
そういってバッキ―は緑の蒸しパンをトングで取って、皿に入れて渡してくれた。
皿はカウンターの引き出しから出したものだ。
「ついてきてください」
カウンターの後ろにある扉をあけると店の裏手の部屋につながっていた。
店の裏側にある部屋は調理場だった。
調理台兼用の食卓に、部屋の隅に置かれていた丸椅子を運んできて 二人で向き合って座った。
バッキ―は 冷蔵庫から冷えたお茶を出して入れてくれた。
緑色のパンはよもぎパンだった。
「おいしい」
「本心からそう言っていただいたのならうれしいです」
「お世辞じゃなく この香りのよさが気に入ったわ。
真ん中に甘く煮たお豆がはいっていたら もっとよかったのに」
「それ本気で言ってます?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「おばあちゃんからは 砂糖がもったいないって叱られるし
前にお正月に売り出した時には 買って行った人はみんなおいしいって言ってくれたのに
春になるころには 私が正月気分の人々に浸けこんで阿漕な商売をしたって話がひろまっていて」
悔しそうにバッキ―は言った。
「そのことなんだけど・・あなたの悪評をばらまいている人に心あたりはある?」
「私 小さなころからおばあさんの手伝いばかりさせられていて、ほかの人と話す機会がなかったから 今でもお店で人と話しているとサボってるって叱られるから
ぜんぜん 人付き合いないんです。
今日は運よく おばあさんが小母さんの家に泊りがけで出かけているから
私も気楽なんだけど」
「おばあさんは 何時から何時までのおでかけ?」
「昨日のお昼から10日間の泊りででかけました」
「私は あなたの作ったパンがおいしいと思う。
あなたを悩ます悪評の出所を突き止めて それをやめさせることができれば
あなたが パン屋として独立する手助けをしたいと思うくらい。
「お城で人探しをしているって噂は聞きました。
でも 私を雇った人には不運がおとずれるから応募しちゃだめだってケイタ―さんに言われました」
「なに それ?」
「以前 私の作るパンを気に入って ケイタ―さんの息子さんが たくさん買ってくださっていたのです。
そしたら 年の離れた若い娘をたぶらかしているって悪いうわさがひろがってしまって
それっきりパンを買いに来なくなりました」
「隣の村からきた商人が 隣村で私にパン屋をしないかって声をかけてくれた時には
その人が商っているのは女だってうわさがたって
その方は、とうとう隣の領主様から追放されてしまいました」
「それって 根拠あるの?」
「ありません!二人とも純粋に私のパンを気に入ってくださっただけです」
「あまりにもひどい話だわ。
じゃぁ もしあなたのその悪い噂のでどころをつきとめて 悪いうわさが立たないようにしたら あなた 私専属のパン屋さんになってくれる?
私は あなたのパンが食べたいし
あなたがパン屋としてしっかり稼いで納税してくれたら うちの収入も増えてうれしいわ。」
「適正価格でお買い上げいただくならありがたいですけど
税率どれくらいですか?」
「税率についてはセバスと相談してから応えるわ
でも 阿漕なことはしないわよ。
あなた お金にはシビアなのね」
「最後のよりどころは お金ですから」
「うわぁーまいった。
パン作りに情熱を注いでいるわけではないのね」
「なんとでも言ってください。」
「でも これだけは約束して。
あなたの作品が正当な評価を受けることになったら
おいしいパンを適正価格で販売して まっとうな商売を続けて うちの領に貢献することを」
「その御約束なら 喜んで致します」
そう言ってバッキ―は胸に手を当ておじぎをした。
・・
バッキ―と店番を交代したセバスチャンといっしょに 女将の店で夕食をとった。
食事の持ち帰り販売はしてないらしい。
バッキ―の家の納屋に預けていた馬を取りに行った時にバッキ―に尋ねた。
「このあたりで 一人分の夕食の持ち帰り販売をしているところはないかしら?」
「10分ほど待っていてくださったら 庶民的なものでよければ私が作ります。
代金は300円です」
「それじゃあ頼むわ」
「中でお待ちください。お茶くらい 無料でお出ししますので」
そういって招き入れられた厨房で 暖かいお茶を飲みながらバッキ―の調理を見守った。
お茶は 爽やかな香りがした。
バッキ―は新鮮なレタスとトマトの入った焼肉サンドと
ふわふわした蒸しパンの中にカスタードクリームの入ったパンを用意してくれた。
「申し訳ないけど 器は後で返してくださいね。
できれば祖母が戻ってくるまでに。
それと こっちのパンは試作品なのでおまけします。
あとで感想を聞かせてもらえればうれしいです。
自分では何か物足りない気がするのだけど それが何かわからなくて。」
蒸しパンを指さしながら言った。
「レーズンを入れたらどうかしら?蒸しパンの生地にレーズンを入れたら?」
「それを以前作ったら ぜいたくすぎると祖母に叱られました」
「あなた やっぱりおばあさんから独立したほうがいいみたい」
「そういってくれた隣の領の商人さんも不幸な眼に」
「まじで?」
「はい」
「ごめん あなたの古傷をつついてしまったみたいなことになって」
「私の悪運が あなた様に移ったりしませんように」そう言ってバッキ―が両手を胸の前で組んだ。




