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夏休み終わり。退屈な校長の話をあくびを噛み殺しながら聞いて、ホームルーム。そして進路のことを考えてるかとアンケートのようなものを取られてげんなりとする。
まだこの先のことなんて考えたくはない。そんなモラトリアムな感情を持ちつつ適当にアンケートに書き込んで見るか、と考える。
昼休み。
田中と髪の色を黒く戻していた高橋が血相変えて弁当を持ちながら飛んできた。俺は学食で買ったメロンパンをかじりながら牛乳を飲んでなんのことかわからずボケーっとしてると。
「おまえなぁ! 急に夏祭りで女の子ほっぽり出してどこに行ったんだよ!」
あ……。そうだったマミちゃんほったらかしてスミレのところに行っていたんだった。
「きゅ、急用を思い出して……」
「急用かなんか知らねぇけどさ、あの後マミちゃん泣いてるし大変だったんだぜ、結局白けてしまってそのまま解散して花火は俺と田中(筋肉男)で見ることになったし、散々だったぜ」
「そうだよ、いい感じだったのにさ」
田中も少しふてくされてる。筋肉男って言われてるのはいいのかよ。
「それは……すまん。なんでもする! この通り!」
「……仕方ねぇな。詳しくは聞かねぇよ学食のスペシャルミックスカツ定食でいいよ」
「俺はカツ丼二個がいいな」
……正直痛い出費だ。スミレに色々買いに行っていたツケが今頃になって効いている。だが背に腹はかえられない。2千円弱の出費……やっぱり痛い!
でもこうやって色々苦しんで楽しんで笑って悲しんで……それが生きるっていうことだろ。わかってる。
「奢ってやるよ! ええいやけくそだ! ジュースも付けるぞ!」
「「ヒュー! 太っ腹ー!」」
ゴシップ好きの高橋がメシを食べながら、この前行ったあの屋敷が取り壊される事になったのだが、その前日に誰かが木を一本だけ切り倒していった話は苦笑いを隠せず聞いていた。
その後は何事も無く普段どおりに時間は過ぎ下校時間。自転車に乗り込んで坂道を下る。途中で例の敷地の前を通ると、木が綺麗に切られていた。
もっと奥に小さく、ひしゃげた屋根が見えた。
それを確認するとブレーキを緩めスピードを上げた。
家に帰り、着替えもせずにベッドに仰向けに寝転がり、カバンから取り出した進路の志望のアンケートを眺めた。
「やっぱ分かんねぇよ」
この先のことなんて、誰にもわからない。
でも決めなきゃいけない。
やる気になれば目の前のでかい木だって切り倒せる。
倒れる方向は選べなかったけどな。
それでも……生きてるんだろ。俺は。
「なぁスミレ」
「はい? 呼んだ?」
ぬっと白い影が俺の目の前に現れて、
「うぁあああああああ!」
「やっぱりびっくりするよねタカシくんって」
体を起こした俺の目の前でふふふ、と笑うそいつは……。
「成仏したんじゃ……」
「ああ、そうなのよ。私もてっきりそのつもりでいたんだけど、なんか朝になったらポツーンと玄関の前に立ってて、なんか知らない人たちがいっぱいいてさどうしたらいいかわからなくてウロウロしたらさ、私あの敷地の外に出られるようになってたの!」
「はぁ」おれのあの必死の木こり作業は何だったのか。そんな俺を気にせず続ける。
「それでね、ウロウロしてたら、タカシ君が見えて追いかけようと思ったけど、自転車に乗ってたから見失っちゃって。それで戻り方もわからないしどうしようって途方に暮れてたらね、呼ばれた気がしてそっちの方に行ったらここにたどり着いたって顛末です!」
ふん! と一息鼻呼吸。そうですか。よほどここにたどり着いたのが嬉しかったと見える。それで?
「それで? って顔してるね」
「なっ」
「顔に書いてあるよ、うふふ。だからね、戻る家もなくなったことだしここにお世話になることにしたの」
「はぁ?」
「見ての通り何もいらないし、お構いなく! あ、でもたまにおやつ食べたいかな。できればごはんも!」
「頼むから成仏してくれ!」
「あーひどい! 解き放ったのはタカシくんだよ! 責任持ってよね」
そう言ってにっこり笑う彼女の笑顔を見て観念した。
「…………はぁ。あまり邪魔するなよ」
「わーい! やった!」
こうやって地縛霊から浮遊霊? に格上げなのか格下げなのかわからない幽霊の居候が増えたのである。
どうすんだよこれから。
────スミレもタカシも気づいていない。
スミレが強く思念を持った相手がタカシにすり替わっているということに。
すなわちタカシは幽霊に憑かれてしまったのであった。