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惰眠を貪る俺を起こす通話のメロディ。う、うーん。
「おい! タカシ! やっと出た! おまえ全部無視しやがって! 何してたんだよ」
高橋の大声が耳をつんざく。寝起きの俺は女神じゃねえぞ。
「うるせぇな! いきなり大声だすんじゃねえ! なんだっていいじゃねぇかほっとけ」
「田中がよ、肝試しに行った後からタカシの連絡途切れたからどうにかなったんじゃないかと心配してるんだよ、だからバイト終わりにお前の家に行っても夕方から居ないしよ、どこに行ってるんだよ、あとメッセージは読めよ!」
「あーはいはい。すまんすまん、ちょっと野暮用があってな……もう大丈夫だ。で、何だよなんか用があってかけて来てるんだよな」何もなかったらすぐ切ってやる。
「あーーおいおいおいおい! 忘れたとは言わせねぇぞ! 花火大会だよ花火大会! 一緒に行くって言ってただろ」
ああ、そうだったなと思い出す。それまでに女の子と約束して一緒に花火見ていい感じになろうぜ! って話だった。当てがない寂しい三人男子高校生の妄言でもある。
「いつだっけ明日か」
「そう! そんでな!」
「まだあるのかよ」高橋がこんなテンション高い時はろくなことがないのだが。
「聞いて驚け。3組の女子三人と一緒に花火大会に行けることになったぞ! しかもマミちゃんがいるぞ!」
なななな、なに! マミちゃん!? 各クラス対抗美少女耐久レース(謎)で勝ち抜いた一番の美少女だぞ!
「お、おおおい! それは本当か?」こういうときの高橋は信頼ができる。さすがだエロ番長。しかしどんな手を使ったんだ?
「間違いない。任せろ。六時に駅前に集合な!」
多分、高橋はスマホ越しに親指を立てている。間違いない。
「じゃあ、明日だな」通話を切って、おめかししなきゃ!そう思ってベッドから飛び起きてクローゼットを開けたとき、
『生きて。そして忘れて』
昨日のスミレの言葉が蘇る。これが生きるってことなのかもしれないなと思い、暗い気持ちになる自分のほほを叩く。
「そして、忘れる……んだろ」
────次の日。
おーい! と手を振る田中とビッシビシに決めてきた高橋。おいおいワックスつけ過ぎじゃねぇのか。
「久しぶりだな」と、高橋。ワックスのと香水の匂いがプンプンする。ハエが寄ってこないか?
「やあ久しぶり、心配したよ」田中。ピチピチのポロシャツでニッコニコしている。筋肉質なのは羨ましいな……いや、そんなにでもないか。
俺もそこそこに、決めてきたつもりだ。大丈夫だろうか……心配だ、彼女たちにどう思われるか俺でも気になるのだ。
「そんで? 彼女たちは?」
高橋は俺にウインクしながら、スマホを確認して、
「大丈夫だって焦るな、もうちょっとでくるはずだ。お、噂をすれば、お揃いだ」
ごめーん待ったー? というベリベリビューティフォーな浴衣姿の彼女たちに俺たち三人は直立で、
「「「いま来たところです!!!」」」
と、確かにいま来たばかりなんだが。
───歩いて数分の屋台が並ぶところで、とびきりビューティフォーな彼女たちと遊ぶ俺たちは思った。
『『『幸せだ!』』』
とっても幸せだ! しかも俺のペア相手はあのマミちゃんだぁ! 金魚すくい、射的、輪投げ、そしてりんご飴をためらいがちに頬張るその幼気な姿を見て俺は……。
(かわいいな……なんで俺はこんなかわいい子と二人で夏祭りに……いやそんな疑問は愚問でノーグッドだ。今はこの幸せを噛み締めよう)
そんなニンマリニコニコしていたのかわからないが、そのマミちゃんが。
「あ、あの……タカシくん、何か私の顔に付いてる、かな?」
なんて、言うのである。
「え? いや全然! ごめん、なんか見とれちゃって、あ、いやそんな深い意味は」
という俺に、彼女は……あれ、あ、あれ?
「……ありがとう」
そう言って、頬を赤らめてもじもじしてる……そんでもって、
「タカシくんも、きょうは、ううん今日も……かっこいいよ」
はーーーーー! 嘘だろ! オーマイゴット! こんなかわいい女子に……俺が、かっこいいだってー!
今にも天に昇りそうな気分になる一瞬、なんで俺たちと彼女たちがこんなデートが成立したのかわかった、チュキーン! と、脳みそがビュンビュン音を立ててフル回転するハンドスピナーのように高速処理をして答えを出した。
もしかしてマミちゃんは俺のこと好きかもしれない!
でなければ夏休み最終日のこんな日に祭りとはいえどデートを受け入れてくれるはずがない。でもどうしてわかったんだ高橋よ。それはそれとして感謝する!
「あははは、ご冗談を」だなんて謙遜をしてみても。
「ううん、ほんとだよ」だなんて、目線をそらして目の横に少し垂らした髪の毛をサワサワしながら言っちゃうのである。
「あの、ちょっと草履が履き慣れなくて足がちょっと疲れちゃった。あっちで少し休まない?」
指差す先には屋台の少し影になったところにある、ベンチ。人混みから外れゆっくりするのにはちょうどいいところだった。
「ああ、いいよ」
なんて小っ恥ずかしくてぶっきらぼうに答えてしまうのである。素直になっちゃえよ俺よ。何ならおぶっちゃえよだなんて脳内のイケメンが言うが、でしゃばりすぎだ。
なんてことなくさり気なくベンチのホコリを払って先に座ってもらい、俺も腰を下ろす。
微妙な距離感で二人座り、特に何を言うまでもなく屋台の隙間に流れる喧騒を見るともなく見る。でも、決して気まずい感じでもなくいい感じだった。俺には少なくともそう感じた。
「「あの」」
と、二人重なる声。
どうぞ、どうぞ、約束通りのお互いに譲り合う展開に。でもなんか嫌じゃない。キリがないので自分が切り出す。
「今日は、どうしてOKしてくれたんですか? 色んな人から誘いがあると思ってたから」
一転俺は謎の敬語。急に女の子相手にどう喋っていいかわからないもんな。
「え、うん。でも……」
マミちゃんは言葉を詰まらせてしまった。
ちょっと意地悪な質問だったかな……。 彼女の方から言わせるなんて男らしくない。
「俺はすごく嬉しかったよ。だって俺も、いや、俺は……マミちゃんが……」
そう言う俺を、まみちゃんの潤んだ、ダイヤが散りばめられたような輝く瞳が射抜く。
間違いない。このまま言ってしまえ。
「今日の花火の始まりは知ってるかの?」
すっと老人、おじいさんが割り込んできて雰囲気を台無しにしてきた。
「は?」というほかない、『は?』だ。何だこの老人は。
あっけにとられている俺達を意に介せず老人は続ける、
「もう五十年以上にもなるだろうか、その頃にここの近くには大きいお屋敷が建っていてな、そこの家の女の子が、そうじゃあんたらのころじゃろうに、体を悪くしておってな」
無視して、行こうとマミちゃんの手を引っ張って立ち去ることもできた。
だけどその話に俺は引き込まれていた。
「いつも夏祭りに行きたいと言っていたが、体が弱くて行けないその女の子のためにせめて雰囲気を楽しめるようにと親御さんはお金を出して花火を上げることになったんだがな、それがこの花火大会の始まりなんじゃ。でも花火が上る直前に息を引き取ったっていう話でな。そう、それに最後に打ち上がる一番大きいのがその子のために打ち上がる花火なんじゃが、もう今年で最後だてな。その一族の方が死んでもうてあんな大きいのは打ち上げられんて言うて、不景気かのう」
そう言って老人は去っていき、適当な人を捕まえてまた話を聞かせていた。
俺は……スミレの事を思い出していた。
───『約束』
そして昔聞いた。死んでしまったじいさんがよく聞かせてくれた昔話を思い出した。
『大昔、若い頃、女の子とある約束をしてな。でもその子が死んでしまって果たせなかったんだ。だから約束はちゃんと守れるようにするんだぞ』と。
そして聞いたんだ『どんな約束をしたの?』と。それが、
「……夏祭りの花火を一緒に見る」
そうだスミレは待っていたんだ、誰かを……じいさんを! だからスミレは空を見上げ、誰かを待っているような仕草をしていたんだ。それに俺はじいさんに似ていると言われていた……それでスミレの波長にあったのかもしれない。
じいさんの面影を感じて『約束』を思い出したのかもしれない。
すべて推測だ。今になっては確かめるすべは何もない。でも。
「た、タカシくんどうしたの?」
マミちゃん……俺はどうしたらいい。
俺はスミレの言うように『今』を生きなきゃいけない。
スミレは幽霊だ。もしかしたら消えてしまう存在だ。
だからといって、だから見捨てるのはなんか違う気がした。
俺にはスミレとした約束がある。だから。
「マミちゃん、俺、急用を思い出してしまったから先に帰らなきゃいけない! みんなには謝っておいて! ごめん!」
俺は駆け出した。解決方法も憶測で確証のないものに向かって走っていた。
でも約束したんだ。
───数十分後。
俺は屋敷へ脇道のいつもの崩れた塀を登って、足早に石畳の玄関ポーチを目指した。
夕暮れは過ぎて空は紫色になり紺色の闇が訪れようとしている。もうすぐ花火が打ち上がってしまう。
「スミレ! 居るんだろ! わかったんだよあの『約束』のことが!」
確証はない。でも今はそれにすがりつくことしかできない。
玄関の前でつぶやく、出てくれ頼むよ。
「どうしたの?」
「うわ! 相変わらず驚かすなよ!」
「ふふ、ごめんごめん」クススと笑ってから、
「でも、もう忘れてっていったよね。なんで来たの?」すっと笑顔はなくなっていた。
そんなことは関係ない、多分チャンスはこの一回しか無いんだ。今日この日、あと数分ででそのチャンスの時間が始まってしまうんだ。
それは、もしかしなくてもあまり長くない。
「あまり説明してる時間はない、いかなきゃ!」
「え? でも」
困惑する彼女の手を持って勢いよく出口へ走り出そうとしたとき、手がすり抜け勢い余って前へ一回転して大の字になった。そうだったスミレは地縛霊だった。
「タカシくん、もういいんだよ。そんなに頑張らなくても私のために」
───ボン、ボンボン!
という音が響く。始まってしまった。でも諦めちゃだめだまだ最後まで時間がある。どうしたらいい、そうだ! ここからでも見れるかもしれない。
立ち上がって、玄関の方に行くが空には大きな木が花火の上がっている方角の空を覆っている。くそ! 昔はこの木も小さかったのかもしれないがもう数十年経ってしまっている。火の粉の欠片も見えない。
スミレはいつもこの方角を気にしていたのはこの花火のことだったのかもしれない。
今まで一人で花火を見れていたけれどだめだったのは、それは誰かと……多分俺のじいさんと見なければならないという『約束』だったから。
それが俺で代わりを務まるかわからない。とりあえず花火をスミレに見せなければ。
考えろ考えろ。
木が邪魔ならば……切ればいい。でもそんな都合のいい……。
「!」
敷地の門の前のフェンスの影にプレハブの屋根が見えていたのを思い出した。もしかしたらという期待を込めて正門の方に向かう。
「あった」
周りはだいぶ暗くなってしまっている。俺はスマホのライトでプレハブの中を確認した。いろいろな道具が入っている倉庫みたいなプレハブみたいだった。その中を目を凝らすと……あった!
「でもどうすりゃいい」これは、窃盗ってことになるよな……でもそんなこと言ってられない。あいにく知識は多分に多い。
せい! っとアルミでできた扉の四角い部分を蹴破って入った。
こうして入る空き巣が多いってテレビで言ってたんだが、手口を公開するのも良し悪しだなって思う。おっとそんな事より。
俺はジェイソンがブンブン振り回しそうなチェーンソーを持ってスミレの、その前に立つあの忌々しい木を切るために戻る。
───百聞は一見にしかず。
なぜか脳裏にその言葉が浮んだが、俺は百聞も一見もしてない。なんとなくの知識でしか無いこの眼の前のうんともすんとも言わないエンジンをたたえた危険な伐採工具の前に四苦八苦していた。
なんでだガゾリンも入ってるはずだタプンタプン言っていた。でもこの紐を引いてもブルンブルン言うだけで一向にエンジンがかかる気配はない。俺の腕力が足りないのか。腕相撲は強いほうなんだけどな。
「タカシくんもういいよ……」スミレは手を胸の前で組んで俺を心配そうに見ている。
「いーや、これは俺が切ってスミレに最後の花火を見せてやるんだ」
これは俺の意地でもある。そしてじいさんと俺の二世代の『約束』の物語でもあるんだ。だから引けねぇ。それが男だからだ。
「この! やろう! 観念して! 動け!」
ここ一番の勢いで引けた! その瞬間、チェーンソーはブウォン! と雄たけびを上げてエンジンを鳴らした。でかした!
「やった!」それを見てスミレもピョンピョン飛んで喜んでいた。
「で、どうするのそれ?」でも使い方はわかってないみたいだった。
これは、こうするんだ。スイッチを押してブウォーーー! とエンジンを鳴らし木の胴体へ切れ込みを入れる。こんなときでも安全第一、倒し方は分かっているこっちに切れ込みを入れてから反対側に切れ込みを入れるそれでバターン! って寸法だ。テレビで何回か見た。
早くしないと花火が終わってしまう。なかなかきれいに切れない木にいらだちを覚える。
だが少しずつだが木は削れていき……。
「わぁ! 木が倒れる!」スミレの声で夢中になっていた手を止めた。
「おっと」ミシシと音立てる幹。そのまま家の反対の向こう側へバサーンと……え?
バキバキバキ!と音がして倒れていった方向はスミレの立つ方だった。
「スミレ危ない!」と思い駆け寄ろうとするが遅く、ぐしゃーと屋敷の屋根を凹ませてしまった。
当のスミレには当たってないと一安心するも、幽霊だというのに気づいて少し恥ずかしくなった。そんな俺も目もくれず。
「タカシくん、見えたよ……見えた」
そうだ! 当初の目的を思い出してチェーンソーを放り出してスミレに駆け寄る。
そして振り返るとボン! ボン! と音を立てて弾け飛ぶ火の粉の塊が空に咲いていた。
しばらくそうやって俺たちは花火を見上げていた。
月並みな感想だけど、その花火はとても綺麗だった。
「ありがとう」
そういう彼女の声は震えている気がした。目線をくれてやる野暮なことはしない。
「本当にありがとう、これで思い残すことはないわ」
「そうか」
「タカシくん……」
「なんだ?」
「──好きよ」
その声は一際大きな花火が打ち上がった瞬間の音にかき消されてよく聞こえなかった。聞き返そうと思って振り返ると、
「……」
彼女の姿はもうなかった。
全身木くずだらけの自分に気づき、急いで全身を払ってプレハブにチェーンソーを返してから足早に敷地を後にした。
持ち帰ったものは疲労感と達成感と腕の痛み、それと三箇所の虫刺され。忘れちゃならないのが空き巣の称号。後はバレないように祈るしか無い。
それに───スミレもあの世で喜んでるだろう。