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それから数日、同じ時間に、彼女、スミレが食べたいというものを入手できる限りのものを差し入れつつ、幽霊の知識と交換で現世の状況を少しづつ教えていった。
そして同じ時刻で消える。その時は空を見上げ何かを待っているような気がした。
昼は寝ているような感じで、家の中で目がさめる。その時間はいつも夕暮れ間際で二階のベットで起きるらしい。それからはやることがないからダラダラしているらしい。
本人はなんてことなく全然苦にならないと言ってはいたが俺からしてみれば何年もそんな状態が続けば狂ってしまうかもしれない。
俺は今の時代の流行りの食べ物ことを教えたり、スマホだったりを見せた。スマホがあれば気になることはだいたい分かると言ったらスミレは痛く感心していた。食べ物を出せる箱みたいなのは無いのかと聞いてきたが、残念ながら無いと言ったらわかりやすくがっかりしていた。
そうやって玄関の前の段差に座りながらそういった話を続けていた中、
「私……思い出したんだ。いつも空が気になるのにはなんか理由があるんじゃないかなって……それでよく考えたら『約束』ってふと思い出して」
ファーストフードでテイクアウトしてきたフライドポテトの幽体? を食べて塩の付いてるのであろう手を軽くなめてからスミレは言った。指に付いた塩味も感じるのか、なるほど。
俺も塩の付いた指を舐めようとしてちょっと恥ずかしくなってやめてズボンで塩を払いながら聞いた。
「約束? なにか心当たりがあるのか?」
「ううん、なんかそんな気がする。 そんな気がするだけなんだけど」
そう言ってこちらを向いてじっと俺の目を見つめる。少し潤んで見えるその瞳はキラキラと輝いて見えてなんかこう、少しドキッとして目をそらしてしまった。
「そう……タカシくんの顔を見るとなんか思い出せそうで。私がここにいる理由って何かタカシくんに関係があるんじゃないかなって……」
「なんでそう思うんだ?」つい先日会ったのが初めてだと思うんだが。
「私もタカシくんのこと知らなかったのに……なんでかな」
本人がわからなければ俺もわからない。でも俺が関係ないと考えたとしても『約束』というキーワードが出てきたのはいいことなのかもしれない。
「俺のことはさておいて、その約束っていうのがここに縛り付けてるってことなのか?」
スミレは首を横にふる。わからないのであろう、でもこういったやり取りが何かのきっかけになればいいなとは思う。このままこの場所でこの生活を続けるのは本人も苦しいのではないかと俺は勝手に思っていた。毎日こうやって来て話しているのも話相手が見つかったことで退屈が紛れるんではないかと思ってのことだ。それに思い残すことなくきれいに成仏してくれたらなと。優しいな俺……憑かれているんではないよな? まぁそんなことはさておき、
「約束について何か引っかかりみたいな糸口みたいなところはないのか?」
「うーん……なんの約束なのかなぁ。でもとっても大事だった気がする。なのに今まで忘れてたのはなんでだろう、毎日同じ時間で寝ちゃうのもなにかの意味があるのかもしれないし……それ以外はもう何も覚えていないわ」
スミレは白いワンピースから出ている膝を抱えて、ぼんやりと地面を見ていた。
「……そうか」俺も薄暗くなっていく地面を見る。
昔誰かと約束したことなんて俺には知りようもないし、知ったところで約束を果たせるのはその本人達だけだからな。俺には何もできない。俺は未来に生きる。彼女は、スミレはこのまま取り残されて風化していってしまうのかもしれない。それが自然で、必然で。でも、たまたま俺とスミレの周波数があったというのか、こうやって意思疎通できてしまったのもなんかの縁かもしれないと思ってしまう。普段ドライな俺でも、スミレの表情や仕草から感じる素直さにこのまま放っておいてさよならバイバイでは、それではなんかあまりにも不憫に感じた。
なにかできることはないか、そうだ、簡単なことだ。じゃあ、
「じゃあさ、新しい約束しようぜ。夏休みが終わるまで、と言ってももうすぐ終わってしまうけど、学校始まっても時間があればたまにここに来てその『約束』のこと考えようぜ。それがだめなら少しずつでも何かあればいいし、その間になにか新しいことを見つけてその約束を上書きしてしまえばいい。そんな都合のいいことはないか……」
我ながらキザなことを言う。ははは、とスミレの方を向くとスミレは俺を見て、
「本当に? いいの? 幽霊だよ私? 約束だよ?」
と少し泣きそうな声と……顔をしていた気がする。だいぶ辺りも暗くなってきていたのでよく見えなかった。
「ああ、人間だから完全に約束は守れるか心配だけど、できる限り守る」
俺ができる最大の約束がこれだ、男に二言はない。それが男ってもんだ。言い切れって? じいさんが何度もできない約束はするなって言っていた。これが俺の精一杯だ。
「ふふふ、やった! 守らなかったら化けて出ちゃうからね! ってもう化けて出てるか」
スミレは立ち上がってひらりと一回転をして、いたずらっぽく冗談を言った。
「ははは、上手いな」俺は何故か気分が良かった。幽霊相手に変な約束をしてしまうだなんて悪魔に白紙の契約書にサインを書いて渡してしまうもののようなのに、俺はスミレに対して人間以上に人間味を感じてしまっていた。
それがいいのか悪いのかさておき、これでスミレの状況が変わればいいなと思ったのは確かだった。