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うん……なんというか、どうかしてる気がする。
自分自身信じてるわけでもないけど、なんかほら、確認と言うかさ。昨日あったことを自分でも信じられないからもう一度だけ、彼女にあって話たい……わけではないけど幽霊というものに興味があるからであって……誰に言い訳をしてるんだ俺は。
そんなこんなで次の日の七時過ぎ、昨日よりはちょっとだけ早く来た。それに、
「……おはぎ」そう俺の手にはおはぎのパックの入ったレジ袋が握られている。
昨日のことがなんか申し訳なくなったというか、信じてはいないし信心深いたちではないんだけどご先祖様は大事にしろとじいさんが言っていたのを思い出して買ってきてしまった。出てこなければ自分で食べるしな。美味しいんだ萩本屋の萩おはぎ。高いけど。
そんな事を考えごとをしながら敷地を進んで行くと広いポーチに出た、高橋から借りたままのライトで辺りを照らして彼女を探すが見当たらない。
「やっぱり、俺の幻覚……か」
あ、そういえば。と、玄関のライオンの例のノックする金具を照らす。あれをノックしたら出てきたんだよな……まぁそこまで再現してから帰るか。
玄関の前に立って。金具を、
「あ! 来てくれたんだ! それ、おはぎ?」横に白いワンピースの彼女が立っていた。
「うわ! あああ、ノックする前に出るのかよ!」ただでさえこの世のものじゃないのに、突然声をかけられたら心臓に悪すぎる。
「ごめん、ごめん、ノックしなくてもいいよ。変な儀式しなくても呼ばれたら出てくるから」
目を細め微笑んで首を傾げると、さらっと髪がなびいて見える。
「今度からは気をつけてくれよな」今度があればだが。
「ふふふ、はーい」
彼女は無邪気にクスクスと笑い返事をする。幽霊じゃなかったら少しときめいていたかもしれない。いやいや、何を考えてんだ。
「そうだ、これ差し入れと言うか……お供物? おはぎだけど」
「わぁ! やっぱりおはぎ! 本当に持ってきてくれたんだ! うれしい!」
彼女は両手を胸の前で組んでゆらゆら揺れて早く早く! と俺に催促をする。俺は座り込んでビニール袋からおはぎのパックを取り出した。一応二個買っておいたので俺も食べようと思った。どうやって食べるのだろうか?彼女も俺の横に座りパックを差し出すと彼女はそーっとおはぎをつまむような仕草をする、そしてすっと持ち上げると半透明のおはぎが彼女の手にあった。もちろん実体のおはぎはそのままである。
俺は世界で初めてのおはぎの幽体離脱を俺は目撃しているのだ。その様子に俺は興奮していると大きい口をしておはぎを頬張りハグホグムグムグと言いながら美味しそうに食べている。俺のまじまじと見る視線に気が付き、恥ずかしそうに口を手で抑えて、
「んぐ、はしたなかったよね、おはぎ久しぶりで嬉しくて……」
「いやいいんだ美味しそうで良かった」俺は霊に対する知見が増えたことに内心喜んでいた。おはぎまで幽体離脱するんだ。じいさんの供え物の酒も少し減らしてやろう、飲み過ぎだ。
そのまま彼女は二つ目も食べていたので食べ終わるまで黙ってみていた。それにしても美味しそうに食べるな。
「ふぅ! 美味しかった! もっと食べたいなぁ」
お腹をさすって満足気にニコニコしている。俺は手元のおはぎが入ってるパックを見つめる。
「あの、もう一回それ、まだあるんだしまた同じことすればいいんじゃないか?」
「うん、そうなのかもしれないけど、一回目のほうが美味しいんだよね二回目はカスカス? って感じで美味しくないんだよね。食べ物の生気? みたいなのを食べてるんだよね多分」
ふむふむ、そうなのか、勉強になるな。手元に目線を戻すと心なしかおはぎがぱさついて見える気がする。薄暗くてよくわからないけど。
「そうそう、お名前は? 聞いてなかったよね」
「ん、ああ……タカシ」自分で名乗ることなんてもうしばらくなかったので少し恥ずかしい。
「おはぎありがとうね! タカシくん」
そうニッコリしてこっちをまっすぐ見つめて彼女が言う。女子にこんなに見つめられることもないので視線をそらしてしまう。いや、相手は幽霊だ、変な気を起こすんじゃない俺。
「私は、スミレ。よろしくね」
「ああ、よろしく」それを聞いて隣でニッコリしている音が聞こえる気がする。そうだそんなことより、
「そういえばなんでこんなところに……地縛霊なのか」
「じばくれい?」
「ああ、知らないのか、ずっと同じ場所にいる幽霊のことだよ。す、スミレみたいな感じで多分、そうだな、この家とかに囚われているんじゃないか」
「そうかも……ここから動けないのよね。それが『じばくれい』ってこと?」
「そう、でも大体の場合は強い恨みの念だったり無念だったりで……心当たりは?」
「うーん……ない!」
あっけらかんと言い放つ彼女の方を見ると、胸を張って自信満々で鼻息を吹き出していた。そうですか。確かに彼女……スミレからはそういったドロドロしたものの気配は感じられない。うまく隠してるのかもしれないな……考え過ぎか。バカそうだもん。
「あ、ひどい! バカじゃないよ!」
「だから心の中読むな」
「顔に書いてるよ」
なんでだよ! そんなにわかりやすいのか。本当に心を読んでいる気がしなくもない気をつけよう。
「じゃあ、いつ頃からその、こういう状態なんだ?」それがわかればなにかきっかけになるかもしれない。
「うーん……もうわからない」スミレは困ったように腕を組んで首を傾げる。
「じゃあ結構、前なのかもしれないな……じゃあ、周りで何がどう変わったとかないか?」
スミレは周りをキョロキョロ見てから、あ、といって上を見る。
「この木は大きくなった気がする。前はもっと空が見えたから」
俺も上を見上げると大きな木が空の一部分を覆っていた。
「となると結構な時間が経っているんだな……他には?」
「ううん、後はないかな……」
困ったように眉を曲げてこっちを見た。本当にわからないみたいだ。それくらい長い時間が経っているのかもしれない。家は結構きれいだけどもっと前にスミレが死んでしまったのか。
スミレが立ち上がって、木が覆いかぶさっている空を見てから振り返り、
「タカシくん、私は今の外の世界がどうなってるのかってよくわからないの。だから少し教えてくれないかな? 嫌ならさ、いいんだけど」
「あ、ああ、いいよ。何が聞きたい?」
「やった! じゃあ、今流行っている美味しい食べ物!」
食い意地は幽霊になっても衰えないみたいだ。
───数十分後。
「へー! それ美味しそう! そこのお店のコロッケ買ってきてよ」
「またそれかよ」
「えーいいじゃない! お供物だと思って買ってきてよ!」
「じゃあ成仏するんだな」
「それは約束できないかなーじゃあ一個でいいから、たかし君がいつも食べてるコロッケ!」
「仕方がない、いいよ買ってきてやるよ」
「やった! ありがとう!」
俺が美味しいものを言ったら全て美味しそう! で返すスミレになかば漫才のようにツッコミを入れる。そんなことを繰り返してきたら気づけば周りは真っ暗になってきた。
「うふふ、タカシくんって喋りやすいね」
初めて言われた。いや嬉しくはない。幽霊の女の子に言われても……いやちょっと嬉しいかもな。
「嬉しいって顔してるよ」
「な、そんなことねーよ」
「うふふふ、顔に書いてるよ……あ」
「どうした?」
彼女は空を見上げる。
「もうそろそろ時間みたい」
「時間?」昨日のやつか。
「うん、コロッケ約束だよ……またね」
そう俺に振り向いて軽く手を振ると彼女は空に溶けていった。
俺は一人取り残され真っ暗になった屋敷のポーチで、
「……本当なんだよな」
今日幽霊のことを確認しに来た、という事を更に信じられなくなってしまっていた。