1:
拙いところがありますがお手柔らかによろしくお願いいたします。
「あの日見上げた大輪の花火は一生忘れないだろう」
高校の夏休みも半分も過ぎた頃。俺たち三人は溶けかけのアイスをかじりながら公園の東屋でダラっとうなだれていた。
「暑い。なぁ田中、なんか涼しくなること無いか?」
高橋が食べ終えた棒をくわえながら、筋肉質の大きな体を丸めて滴る汗を地面に落ちるのをボーッと見ている田中に声をかける。
田中は声を絞り出すように
「……ない」と言ったきり、頬の汗を袖で拭った。
夏休みの間だけ茶髪にしている髪をなびかせて高橋が俺の方を見て
「タカシは……ないか」
「なんだよ!俺にもちゃんと聞けよ!」なんかバカにされてるみたいで腹立つ。
「じゃあ、あるのかよ」……無いよ。と心に思ったところで見切りをつけられた様で、棒をガジガジ噛んでから高橋が、あ!と声を上げてぴょんと立ち上がり振り向いて、
「肝試ししようぜ!」
「「はぁ?」」と俺と田中はニコニコの高橋を見上げる。
─── 四時間後
「おい田中おすなよ!」
でかい体で俺をがっしりつかんではなさない。少し汗臭い。
「だって怖いもんよ、こんな本格的なところ」大きい体に似合わず肝っ玉は小さいな。
「あばば、すぐ帰ればもんだだいないだろろ」高橋、こいつもだった。なんで自分で提案して一番ビビってんだこいつは。
「わかったからちょっと落ち着けお前ら」
俺はそういうの居ないと思っているから、楽勝。ちょっと暗いのは怖いな……いや蛇とか出るからであって未知のものに対する恐怖心とかではない絶対。宇宙人とかのほうが現実味があるけど、まぁそっちもそこそこに信じてはいない。
ここは俺たちの通学路の高校のある大山の外れにある、すごく広いお屋敷の敷地内にいる。忘れられたように誰も近寄らないそこは20年以上前に空き家になっている。こっそりと脇道から塀の崩れたところから入り、一番奥の屋敷に行くまでに鬱蒼と木が生えている庭を数分歩かなければいけない。
一人ずつ入ってそこの屋敷のドアをノックして帰るっていうのをすることになっていたんだけど。
「怖いから三人でいこうぜ!」って足を震わせながら高橋が言うし、田中も頷きながら小リスのような顔で俺を見つめてくるし、観念して三人で庭をこっそりと歩いてきたのだが。
「ちょっとスマホのライトじゃ暗いな……そうだ高橋、なんかいいもの持ってきたって言っただろ、それなんだよ」高橋が小脇に抱えている黒いポーチを見る。
「ああああ!そうだそうだ!これだ!てけてけてってってーん!」某アニメキャラよろしくお腹辺りからじゃじゃーんとライトを取り出した。
「これは……小さくなったりデカくなったりするのか?」と田中。
「あはは、そうだなLEDライトのサイズが大きくなったり小さくなったりするんだここをスライドすると……」高橋も噛み合わない会話。ボケてるわけじゃないのが怖い。
「お前らいいかんげんにしろ、ほらかせよ」
ライトを奪いカチッとボタンを付けるとライトはそこそこの明るさで、道の先に白い屋敷の影が見えた。
「あ、あれだよな」高橋はまだチワワみたいに震えてる。
「そうだな、さっさとノックして帰ろうぜ」あほくさ。今日は唐揚げだ早く帰ろう。
「なんでそんなにどっしりしてるんだよ」田中がギュッと肩を握るいたい、いたい。
そんなチキン共を無視してグイグイとだだっ広いポーチに歩き出した。そこは石畳でできていて何故かここの周りだけ草もあまり生えてない、開けていて夕暮れの明かりが少しだけ入って明るい。目線を上げると、白い外壁に赤い屋根の草が生えたりしてボロボロにはなっているけれど、大きなお屋敷が建っている。年に数度人が入っているのか結構きれいにされている気がする。
でも年数を追って劣化していることは誰にもわかるくらいに、ペンキが剥げたり金具が錆びてたりしている。そんなものをライトで確認しながら玄関の前に立つ。
ライオンの形をした例のコンコンってノックする専用の金具があった、ああ、こういうのやってみたかったんだよな、洋画でよく見るやつ。青錆が浮いているライオンの形をしているノックする金具を持ってコンコンとした。背中の奴らはガチガチと震えて一言も発しない。
ほらな、なんも無いだろ。さっさと帰って風呂入って扇風機の風に当たってアイスをたべ
「はーい! って誰も見えないんだった……まぁいいか挨拶くらいはしようかな」
「は?」なんか女の声がする気がする。
「「どうしたんだよタカシ!!」」ステレオで聞かれる、ちょっとまってくれ!
「……」聞こえないか。気のせいだよな。
「「なんか言ってくれよ!」」うるさいな。
「いや、気のせいだったみたいだ」
俺に限ってこんな幻聴だなんて、ははは、アホらしい。
「こんばんは! って聞こえないよね……」
「!!」
ばっ!と振り返ると色白の黒髪の白いワンピースの女が俺を見つめていた。
「「どうしたんだよタカシ!!」」
「え?! もしかして私のこと見えるの?」ランランと目を見開き輝かせながら俺の顔に顔を近づけてくる。こここここ、これがいわゆる……、
「幽霊だーー!」
と言ったあとの記憶はしばらくない。
──数分後
「もしもーし、どうしよう……大丈夫かな……。そうだ、えい!」
ゾワッと背筋が凍りつく感覚がして、飛び起きた。
「うわぁ!」
なんだなんだ。どうしたんだ俺は。……うむ、そうだ肝試ししてて……ノックしたら……幻聴がして。いや、でもなんだっけ……、
「おきた? 大丈夫?」
そうそうこんな黒髪でワンピースの色白でかわいい女の子が俺の目を見て来て……。
しゃがんで俺を心配そうに見る少女が俺を見ていた。何だ、仕込みかよ。アイツラ後でとっちめてやる。ほら足もあるし靴、いやサンダルも履いてる。
「あーやられたよ、ほら手を貸して」
彼女はちょっと困ったような素振りをして、おずおずと手を出した。その手を軽く握って立とうとした瞬間、
「!!」俺の手は彼女の手をすり抜けて空を切った。
尻餅をついたが俺は何も言えなかった。
それ以上に空を切った手を見た彼女はすごく悲しそうな顔をしていた。
「……本当に」
「そう、幽霊なの。みんな見えないのにここに来ては帰っていくんだけど、君は初めて私を見てくれた、声を聞いてくれた。ちょっと嬉しかったけど……やっぱり怖いよね?」
少しうつむく彼女。
「いや、別に」強がりでもなんでもない。何故かすごく人間味のある彼女の仕草に逆に安心してしまった。でも幽霊がこんなにはっきり見えるものなんだろうか?
「そうなのよ、少し見える人もいるんだけど、こんなにはっきり意思疎通できる人はじめてで」
「いやいやいや、俺の心の中を読むのやめてくれ」
「え? 顔に描いてあるよ」
そんなにわかりやすいのか俺は。そんなことより。
「幽霊って塩苦手なのか?」それを聞くと彼女は苦笑いをして、
「ちょっとだけしょっぱいなーって思うだけで私は効かないって言うのかな。塩まいてくる人多いけどなんか意味あるのかな?」
くりっと首を傾げる姿は少女そのもので、可愛げがある。
「味は感じるのか?」
「うん、今はもうしばらくお供物もらってないけど、味は感じるよ自信ないけど」
「そうか……あとは……」
次の質問を考えていると、
「あの、さ。幽霊って思って怖くないの?」困ったように俺を見る。逆に心配されてるみたいだ。
「いや、居ないと思っていたものが居た好奇心のほうが勝ってるかもしれない」
「はぁ、そうなんだ……なんかちょっと肩透かしかな。でもこうやって普通に会話するのなんて今までなかったからすごく嬉しいよ」
「あ、すまん。そうだなんか聞きたいことあるか逆に」
「ええ、急に言われても……」と、困惑顔。
「そうだなすまない」面食らってるのはお互い様だ。
「あ、そろそろかも」すっと立ち上がって空を見上げる。まだ、か……。と小さくつぶやいてこちらを向いて、
「今度は来るときはもうちょっと早めに、あとおはぎがいいな」
「え? ああ、今度? おはぎ?」なんのことだ?
───。
すっと空に溶け込むように彼女は消えていった。
俺はしばらく彼女の居た虚空を見ていた。
「おはぎか……」ひとりごちてトコトコと道を戻り敷地を出ると。
「「タカシ!!! 生きてた!!!」」
半べその田中と高橋が自転車にまたがりながら青い顔でブルブル震えていた。二人で俺を助け出す算段をしていたらしい。全然迎えに来ないじゃんお前ら。
────数十分後。
「だから」そういう俺の言葉を遮って高橋と田中が、
「いや分かった! わかったから! 病院行こう!」
「そうだよ、高橋の言う通りに病院行こうよ」
「あのな」
ここはファミレス、8時過ぎだけど高校生という身分を隠して、と言っても見逃してくれてるだけかもしれないけれど定番のダラダラする場所。大盛りポテトとドリンクバーで粘るのが定番だ。
そこで俺はさっきあったことをつぶさに二人に伝えた。二人は喜ぶと思いきや。
「そんな幽霊なんかいるわけないじゃないか、頭でも打ったんだろう病院行こう」
そんな感じのことの繰り返しで話が進まない。そもそもお前幽霊いると思ってブルブル震えてたんじゃないのかよ。
「居ないとは思わないけどさ、居るってはっきりは言えないわけじゃん? 見たこと無いんだし誰も」と高橋。
「居たら居たでそれはそれで怖いけどさ、タカシが居るっていうのが何より怖いよ」と、田中。
「高橋、田中、逆に考えろよ、居ないって言ってた俺がびっくりして倒れるくらいのことだぞ本当に信じないのか?」
「「本当は一番ビビってた」」
「あのな」そこまで言われてはもう話してやらん。そう思ってコーラを飲み干してサーバーにコーラを入れに行く。
病院行こうぜ。うるせぇ!なんて言ってる間に別の話になり、クラスの女子の胸のサイズがとかブラ紐がとか下世話な話をしているうちに、さっきあったことの輪郭がぼんやりと薄れていった。
「じゃあな」
ファミレスの前で二人と別れ、自転車を漕ぎ生ぬるい風を感じながら走る。
そういえばおはぎって言われたな……。
いやいや、いや? いやいやいや。
でも心の片隅には空を見つめる儚げな少女の横顔が張り付いて離れなかった。