第62話 ~深雪side~ 奇跡
「あいちゃん!見せたいものがあるの!
奇跡が起きたのよ!これからカフェエリで待ち合わせね!」
「うん、いいよ。どうしたの?」
「うふふ……内緒。きっとびっくりすると思うの」
「なんだろう。楽しみ!」
「早く来てね!約束だよ!」
一年生のクリスマスイブの夕暮れ、まりちゃんはいつも以上に弾む声で電話をかけてきました。期待と喜びが、スマホ越しに伝わってきます。
カフェエリに着くと、自然と足はいつものテーブルへ向かいます。ガラス越しに外の光が柔らかく差し込む席に、見慣れたはずの黒髪が違う輝きを放っていました。
「まり……ちゃん……?」
戸惑いの声をかけると、艶やかに伸びた黒髪を指でかき上げながら、彼女は振り向きました。
「そうよ、まりよ」
「まりちゃん!すごい!ストレートパーマをかけたの?」
「そうなの!遠くまで行って、超縮毛矯正ができる美容室でやってもらったの。すごく綺麗でしょ?トリートメント代も高かったけど、ツヤツヤよ!」
まりちゃんは、普段は見せない体のラインを美しく描く黒のタイトワンピースに、華奢な金色のイヤリング、真紅のリップ。まるで夕日の中で輝く一瞬の光のように、美しかったです。
「まあ、座って座って」
店内側のガラスに面した席に促され、私はいつもとは逆側に座りました。
「どう、奇跡でしょ!」
「うん、とても綺麗!いつものちりちりのまりちゃんも可愛いけど、今日はまったく違う輝きがある」
「そうなの……」
まりちゃんは髪を撫でながら、少し照れた笑みを浮かべた。
「あたしも半信半疑だったんだけど、やってみたらこんなに艶やかに真っ直ぐになって。早くあいちゃんに見てもらいたくて、せっかくだからママのワンピースとイヤリングを借りて、メイクまでして……びっくりさせたくて」
「触ってもいい?」
「もちろん。よくてよ」
イヤリングを揺らしながら、頭を私の方に近づけてくれます。サラサラの髪が指先をすり抜ける感触は、まるで柔らかな光を掴むようでした。
「すごいね!お母さんもびっくりしたんじゃない?」
「まだお母さんは仕事で見てないの。でも、きっと驚くと思う。どんな言葉が返ってくるか楽しみで……」
まりちゃんの瞳は、宝石のようにキラキラと輝いていました。
「それに、カフェエリに向かう道すがらの人たちの目線も、全然気にならなかったの。むしろ、二度見されちゃう感じで。それも今までとは違う、嫌じゃない目線……うまく言えないけど、とにかく、今までとは全然違うの」
喜びに満ちてはしゃぐまりちゃんを見て、私の胸も温かくなりました。
アフロのまりちゃんも大好きだったし、どんな姿でも魅力的でした。でも、今日の彼女の輝きは、喜びに胸を躍らせるその笑顔と、ありのままの自信が作り出す魔法のようでした。
「よかったね、まりちゃん!」
「ありがとう、あいちゃん……」
手を握り合うと、まりちゃんの瞳から一筋の涙がこぼれました。
たかが髪の毛、かもしれません。けれど、まりちゃんにとって、それは人生を少しだけ変える奇跡だったのだと思います。
その後、一時間ほど私たちは、まりちゃんの新しい髪について、笑いながら話し続けました。
「もう外も暗くなっちゃったね。遅くまでごめんね」
「ううん、全然」
「これからお母さんに見てもらうのが楽しみだね!」
「うん、どんな反応か教えるね」
「うん、楽しみにしてる。今日は一番に見せてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
店を出て、私たちは手を振り合い別れました。
まりちゃんは振り返るたびに、眩しい笑顔で両手を大きく振ってくれました。
「また明日ね!」
「うん、また明日!」
それが、私たちの最後の会話になるとは、そのときはまだ知りませんでした。




