第60話 ~深雪side~ 友達
週に一度だけの登校。
それでも、その日が近づくたびに、心のどこかが少しだけ弾んでいました。
通信制高校に通う人の中には、人間関係が苦手な人も多いのかもしれません。
だから、私も最初は、無理に誰かに話しかけるつもりはありませんでした。
けれど、入学式の日、思いがけずすぐに友達ができました。
まりちゃん。
黒人の父と日本人の母を持つ、同い年の女の子。
弾むように癖の強いアフロヘアと、深くて美しい肌の色が印象的でした。
聞けば、彼女もシングルマザーの家庭で育ったといいます。
「ふたり並ぶと、オセロみたいだね」
それが、私たちの最初の会話。
笑いながら言う彼女の声を、今でもはっきり覚えています。
本名は「真理愛」だけれど、漢字で書かれるのもカタカナで書かれるのも嫌なんだと、少し照れたように言いました。理由は聞きませんでした。
私も、「名前で呼ばれるのは苦手なんです」と言うと、「じゃあ、あいちゃんでいい?」と、同じく理由を聞かずに提案してくれました。
その一瞬で、何かが通じ合ったような気がしました。
沈黙が怖くない関係、そんなものが、本当にあるんだと知りました。
時々、学校の帰りに一緒にカフェへ寄るようになりました。
「Le café de Hérisson」
団地と学校のあいだにある、小さなハリネズミの看板が目印の喫茶店。
読み方に戸惑う私に、まりちゃんが教えてくれた。
「ル・カフェ・ド・エリソン。フランス語で“ハリネズミの喫茶店”って意味だよ」
その響きがなんだか可愛くて、わたしたちはその日からここを「カフェエリ」と呼ぶようになりました。
まりちゃんはナポリタンを、私はオムライスを頼むのが定番でした。
「『黒いカレー』と『ホワイトシチュー』の方が、あたしたちらしかったかな?」
そう言って笑うまりちゃんの声に、私もつられて笑いました。
彼女はよく、自分の外見をネタにして笑いをとります。
「ブラックジョーク」と自分で言いながら。
最初は少し戸惑ったけれど、それが彼女なりの『防御』であり、『誇り』でもあるとすぐに気づきました。
私もまた以前、人に「なんでそんなに白いの?」「目の色が違うね」と問われて、答えを探すうちに言葉を失うことがありました。
だから、まりちゃんのユーモアの奥にある強さも、その裏側にある儚さも、痛いほど分かりました。
けれど、それを口に出すことはしませんでした。
私たちの間には、言葉にしなくても通じる沈黙があったから。
ある日、カフェでランチをしながら、自然と「家族」の話になりました。
まりちゃんがぽつりと話し始めました。
「うちのパパ、米軍の人だったんだって。
ママに一目惚れして、一度だけ関係を持った。
で、できあがったのがこの『まっくろくろすけ』。
みんなが想像する綺麗なハーフとは違う、アフロ頭の変な子」
そう言って笑う彼女に、私は言いました。
「でも、私はまりちゃんのこと、好きだよ。
スタイルもいいし、顔だって整ってる」
まりちゃんは肩をすくめて、「顔はね、黒い以外は結構気に入ってる」と笑いました。
けれどその笑いは、どこか風にほどけていくようでした。
そして、今度は私が話しました。
「私ね、お父さんの記憶がないの。
真っ白に生まれた赤ちゃんを見て、『深雪』って名づけてくれたんだって。
でも、それがただの一時的な白さじゃなくて、アルビノだって分かった瞬間に、その白を受け入れられずに、家を出て行ったんだ」
言葉を終えると、私たちはふたりで、静かに笑いました。
少しだけ涙のにおいのする笑いでした。
まりちゃんと一緒にいるとき、私は初めて『気を遣わせない』という安心を知りました。
私たちは違っていて、でも、とても似ていました。
まりちゃんは、私にとって特別な友達でした。
まるで、白と黒のあいだに生まれた静かなグラデーションのように。




