第59話 ~深雪side~ 通信制高校
私の通う通信制高校は、この辺りにある通信制高校の中で母と暮らす団地からいちばん近い場所にあります。
週に一度、通うだけで卒業できる学校です。
でも『通うだけ』と言うほど、そこは軽い場所ではありませんでした。
行くたびに、心の中に新しい風が吹き抜けていく。
調べてみると、通信制高校に進む生徒は今や中学生の十二人にひとり。
決して少なくはありません。
けれど、その『割合』の中に自分がいることが、どこか心地よくありました。
大勢の中のひとりではなく、静かな群れの中に身を置いているようで。
クラスには、いろんな時間を生きてきた人がいました。
中学校を終えてすぐ来た子もいれば、別の高校からやってきた子。
そして、もう一度『学び直す』ために通っている社会人の人たちも。
教室の空気は、少しだけゆっくり流れています。
視線を感じることはありました。
でも、お母さんが「ほかの子と同じように生きなさい」と言ってくれたその言葉が、私をいつも平らに保ってくれました。
そのおかげで、見られることに傷つくことも、あまりなくなっていました。
アルビノ。
日本では二万人にひとりだといいます。
けれど、その数が多いのか少ないのか、私にはわかりません。
少なくとも、いままで出会ったことはありませんでした。
それでも、不思議と「同じ人を探したい」と思ったことはありません。
似た誰かに会うよりも、見える世界の中で、ひとりで感じる光の方が、私には大切だったから。
通信制高校を卒業するには、決められた単位を取り、レポートを提出し、特別活動に参加しなければいけません。
文化祭や体育祭、修学旅行。
人との関わりを求められる場もあるけれど、そこに無理をする必要はない学校でした。
私は、文化祭だけ参加することにしました。
太陽の下の体育祭や修学旅行は、肌のことを考えて参加を控えました。
その代わりに、特別活動に数えてもらえる老人ホームの慰問へ行くことにしました。
そこでは、毎回、いろんな言葉が飛んできました。
「おばけだね」「幽霊みたい」「妖精の子かい?」「神様の使いか?」
人は大人になると、心の声を隠すようになると思っていました。
でも、年を重ねるとまた子どもに戻っていくのかもしれないと思いました。
ここに来ると、それを実感します。
風船バレーのボールを追いながら、折り紙を折りながら、「あなたは何人だい」とか「気味が悪いねぇ」と、真っ直ぐに言われます。
最初は驚いきました。
けれど、やがて思うようになりました。本当にそう見えるのだろう、と。
私の白い髪も、透けるような肌も、光の中では現実味を失うのであろう、と。
それなら、幽霊に見えたって、不思議じゃありません。
そう思うたびに、そんなふうに受け止められる心をくれたお母さんに、胸の奥でそっと感謝していました。
『生まれ方』より、『生き方』を大切にしなさい。
お母さんのその言葉が、今も、私の中で静かに息をしています。




