第57話 ~深雪side~ 宣告
「五年以内に、視力を失うでしょう」
中学三年の春、よく晴れた日の午後。
物心つく前から通っていた医院の、あの見慣れた白い部屋で、先生は静かに私にそう告げました。
言葉の意味を理解した瞬間、二十歳を迎えるころにはこの世界の光を見られなくなる、その現実が胸の奥に落ちていきました。
視界の中の光がにじみ、涙がひとしずく、頬を伝わりました。
でも、私は後ろにいるお母さんに気づかれないように、そっと涙を拭いました。
泣き顔を見せてしまえば、お母さんまで壊れてしまいそうで。
視野が日ごとに狭まり、世界がゆっくりと小さくなっていくのを感じていたわたしにとっても、『失明』という言葉はあまりに重く、遠い鐘の音のように響いきました。
私はアルビノとして生まれました。
生まれつき視力は弱く、光に満ちた世界の中で、人より少しだけ影を多く抱えていました。
私は比較的『見えるほう』だといわれていました。
それでも黒板を読むにはいつも一番前の席でなければいけませんでした。
けれど視界の周りはいつも薄い霧がかかっていて、まるで水泳ゴーグル越しに世界を見ているようでした。
私の名前は逢川深雪だから、名前の順番でも、いつも前の席に座ります。
まるで「一番前にいなさい」と、あらかじめ決められた名前だと自分でも思います。
家に帰ると、お母さんはわたしを抱きしめて泣きました。
肩を小さく震えわせながら、何度も何度も言いました。
「ごめんね……ごめんね……」と。
そんなお母さんを見るのは、生まれて初めてでした。
アルビノに生まれたのはお母さんのせいじゃないのに。
私の視力が失われていくのも、お母さんのせいじゃないのに。
それでも、お母さんは謝りながら、止めどなく涙を流していました。
お母さんは普段、泣くような人ではありません。
母子家庭で、お父さんは私がアルビノとして生まれたことを受け入れられず、家を出ていったとお母さんから聞いていました。
それでもお母さんは、私を「特別」ではなく「ひとりの子」として育ててくれました。
どんな日も、強く、優しく。「自分を言い訳にしない子になってほしい」と言いながら。
だから泣くお母さんを見て、私は決めました。
これからの私は、もっと笑って生きていこう、と。
そのとき、ふと窓の外に目をやると、春風に揺られて桜の花びらがひとひら、静かに舞い落ちました。
それを目で追いながら、心の中でそっと呟いきました。
「あと何度、この桜を見られるのだろう」
淡い光が、とてもまぶしかったのを覚えています。




