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第55話 ~栞side~ 最後の告白②

 積乱雲がピカピカと光り始めたころ、いつものカフェについた。


 思いのほか緊張せず、カフェのドアを開くことができた。

 いつもの席に向かう。


 そこには以前デートに着てきて、わたしが唯一心から褒めたことのある格好をしたてっちゃんが座っていた。

 ただ、脇に置いてあるステンカラーコートの上のマフラーは手編みのものだった。


 「急に呼び出されたから、ちゃんと準備できなかったじゃん」

 無邪気な感じを出しながら、てっちゃんに声をかける。


 「ううん。

 十分綺麗だよ」

 てっちゃんにそんなことをいわれるのは初めてだった。


 「いつのまに、そんなに素直に褒められるようになったの?

 新しい彼女の影響?」

 手編みのマフラーで気づいていた。


 「そのせいじゃないよ」

 わたしは着てきたリバーコートをソファに軽くたたみながら、座り

 「彼女、できたんだね。

 早いね。

 てっちゃん、かわいいもんね」

 と続ける。


 「栞は?」

 「うん、できたよ。

 私も綺麗だもんね。

 どういう人か気になる?

 って、今日はそういう話じゃないか」


 気を使ってなるべく声をかけないようにしてくれていたのであろう鹿野さんが、いつものブラックコーヒーを、注文しないでも持ってきてくれた。

 「ありがとう。

 鹿野さん」

 満面の笑みで鹿野さんは答えてくれる。


 鹿野さんが無言のまま立ち去ってくれたあと、両肘をテーブルにつき、組んだ指の上に顎を乗せて、てっちゃんに話しかける。


 「で……。

 なんですか。

 ふった元カノに何のようですか?」

 おちゃらけ過ぎたように感じさせないように、気をつけながら音を出す。


 「いや、ただ……。

 お礼がいいたくて」

 「お礼?」

 「栞にお礼」

 「……?」

 てっちゃんは落ち着いた音だ。


 「うん」

 「こんなに一途で、綺麗な女の子と付き合えたことに?」

 おどけた音で返す。

 「うん。

 そう」

 「……?」


 今日のてっちゃんの音は以前と違う。

 てっちゃんは真っ直ぐ、ただただ真っ直ぐわたしを見る。

 「僕は自分のことを見つめるということをしてこなかった。

 栞のいうとおり、怖くて見つめることができなかったんだと思う。 

 でも、やっと見つめることができたんだ」


 とても驚いた。

 『あのてっちゃんが』

 わたしはそう思った。


 「それは……。

 それは、本当に栞のおかげなんだ」

 わたしは机についていた手を膝に置いて、真面目な顔をして真剣に話を聞く。


 「でも、きっかけは栞じゃなかったんでしょ」

 「……うん。

 嘘をつきたくないからいうけど、今の彼女だよ」

 やっぱりわたしじゃだめだったんだな。

 暗い気持ちになったけど、表情には出さないようにした。


 「……」

 「……」


 でも、あのてっちゃんが自分をみつめることができたんだと思うと、本当にすごいことだと思った。


 わたしが不純な動機で告白してから、てっちゃんの音が不安定になっていく過程、そしててっちゃんから別れを告げられた日までのことを思い出す。


 わたしはソファから立ち上がり、テーブル越しにてっちゃんの頭を優しくなでる。

 「……。

 よし……。

 よくできました……。

 てっちゃん、えらいよ。

 ほんと、えらい!

 いいこ、いいこ!!」

 てっちゃんの瞳から涙が溢れだしている。

 その顔を見たわたしはてっちゃんが誇らしくなり、今度はてっちゃんの隣に座り、抱きしめる。

 てっちゃんのにおいがした。


 「よくやったね。

 よく……でき……たね……」

 わたしも自然に涙声になっていた。

 てっちゃんはわたしの胸で泣いた。

 がむしゃらに泣いた。

 押さえつけられていた感情が崩壊したように、思い切り泣いていた。


 しばらく、本当にしばらくしててっちゃんは泣き止んだ。

 そのときまで、わたしは黙って待った。

 てっちゃんのことを付き合っているときよりも、今この瞬間が一番愛おしく思えた。

 ゆっくりと、胸からてっちゃんの顔を両手で挟んで、わたしの顔の前に持ってくる。

 てっちゃんほどじゃないけど、わたしも泣いている。


 「よかった、ノーメイクで。

 前のメイクだったら、目の周りがパンダになっていたよ。

 明日バレンタインだよ。

 これじゃあ、目が腫れちゃうじゃん!」

 わたしは泣いてしまっていた。

 でも笑ってもいた。

 ふたりとも泣いて笑っていた。

 てっちゃんがわたしをこんなに近くで見つめてくれることは初めてだった。

 いつでも、何度でも、そのチャンスはあったであろうに、てっちゃんは今日までそれをしてくれなかった。

 そんなてっちゃんが、今はちゃんとわたしの瞳を見つめてくれている。

 てっちゃんのベージュの瞳の中に、わたしの姿が映っていた。

 こうやっててっちゃんの瞳の中に映るわたしを見るのは、今日が最後だと思った。


 ふたりの距離が近くなり、自然と瞳の中のわたしが大きくなっていく。

 そして、わたしは軽く、本当に軽くてっちゃんの額に唇をあてた。

 

 わたしはゆっくりと、てっちゃんの頬を挟んだ両手を離していく。

 そのときてっちゃんが、ほんの小さく音を出した。


 「……大好き……でした……」


 同じタイミングで稲光が走ったが、ちゃんと伝わった。

 ようやく伝えてくれた。

 嬉しかった。

 もう少し早くその言葉を聞けていれば……。

 そう思ったけど、頭の中に今の学校生活、文のこと、そして佐藤くんのことが思い浮かんだ。



 わたしは今、間違いなく幸せだった。



 わたしは涙を拭い、立ち上がってコートを着る。

 「じゃあね、てっちゃん。

 今日会えて、本当に嬉しかった。

 私も学校を変えてから、変わることができたんだ。

 だから、ずっとずっと……。

 ずっとずっと、てっちゃんのことが気になっていたんだ。

 でも今日会えて、てっちゃんも変わったのがわかった」

 てっちゃんはその言葉を真剣に、そして真っ直ぐわたしを見つめながら聞く。

 「ありがとうね。

 てっちゃん。

 元気でね」

 手を振りながら、カフェを出ようとする。

 その途中で一度だけ振り返り、

 「あっ、それから。

 その格好は素敵だけど、そのマフラーをするなら、靴はローファーにした方がいいよ」

 と、わたしははっきりと自分も変わったことを理解しながら笑顔でいった。


 その風景を、お店の奥から鹿野さんとシェフが優しい表情で見守ってくれていた。

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