第54話 ~栞side~ バレンタイン前日
バレンタイン前日、わたしは佐藤くんとパパのためにチョコのシフォンケーキを作っていた。
いつものカフェで出してくれる試作品の数々で、佐藤くんは見た目に反して甘さが控えめなものが好みなことは知っていた。
パパは反対に甘さが強いものが好きだった。
ママに甘いものは控えるようにいわれていたけど、バレンタインぐらいはと思って佐藤くん用とパパ用に甘さの違う2つのシフォンケーキを作ることにした。
佐藤くんとの仲はといえば、毎日一緒に登下校するようになっていた。
佐藤くんの音も最初は緊張していたけど、最近だとすっかり楽しそうな音になっていて、一緒にいて居心地がいい。
成績は佐藤くんは頑張って全教科5位以内を継続していた。本当にすごいことだと思う。
「すごいね」
と思ったことを素直に口に出すが
「絶対、栞さんと同じ大学に行きますから。
成績は落とせませんから!」
とハキハキとした音で佐藤くんはいう。
この成績を維持できるのであれば、わたしより偏差値の高い大学に行けると思うんだけど……。
わたしは、5位前後を行ったり来たりしている感じだった。
スマホでシフォンケーキの焼き上がりの時間を確認している時、ちょうど着信があった。
相手は、てっちゃんだった。
鼓動が急激に早くなるのがわかる。
スマホを手にしたまま、『てっちゃん』という表示がされている画面を見つめる。
前の学校でのこと。
別れられ方。
今の生活。
佐藤くんのこと。
その順に頭に思いが巡って、出ることをためらってしまう。
スマホが何回も振動する。
最後に別れたときの無表情だったてっちゃんの顔が思い出される。
その時、てっちゃんからしてくれる着信が初めてだということに気がついた。
そう気づくと、通話のボタンを押していた。
「もしもし」
1年以上ぶりにてっちゃんの音を聞く。
「……」
「栞。
お願いがあるんだ」
てっちゃんの音は落ち着いていた。
その音を聞き、わたしの鼓動も落ち着いていく。
「……。
なに……」
思ったより、静かな音で答えてしまった。
もしかしたら冷たく感じさせてしまったかもしれない。
「あのカフェに今から来てくれないか。
伝えたいことがあるんだ」
「……」
どうしよう。
迷っている。
佐藤くんの笑顔が頭をよぎる。
「……。
だめ……、かな……」
「……」
いや、あのてっちゃんがこの音で勇気を出して連絡してくれたんだ。
「ごめん、急に電……」
「いいよ。
これから行くね」
そう答えると、てっちゃんの返事を待たずに通話を終えた。
そのあと、すぐにてっちゃんに会いに行く準備をするのではなく、シフォンケーキが焼きあがるのを待った。
焼きあがるのを待てた。
それだけ、今は心がちゃんと佐藤くんに向き合っていることを自分で確認できた。
今の自分なら、どんな音のてっちゃんとも話せる気がした。
外に出るとモクモクとシフォンケーキのように積乱雲が膨れ上がっていた。




