第32話 ~栞side~ 下校時間
新学期の初日。
登校した8時から、たった今鳴り始めた終業のチャイムまでの180分。
わたしの周りにはまるで酸素がないかのように息苦しかった。
チャイムが鳴り終わるのを待てず、わたしは通いなれた特別進学コースの登下校口に向かった。
ここも酸素は薄いけど、どうにか呼吸はできる。
知っている顔も何人か出てきたけど、やっぱりわたしのことは見えてなくて、声をかけてはくれない。
15分ぐらいして、てっちゃんが出てきてくれた。
「相楽さん。
どうだった?」
「栞って呼んでっていったじゃん……」
「ごめん……」
わたしがさっきまでの息苦しさで涙目になっているのを、自分が名前で呼ばなかったからと勘違いした様子で、てっちゃんが謝る。
てっちゃんは鈍感だ。
でも、そのぐらいのほうがいい。
「じゃあ、一緒に帰ろ。
てっちゃん!」
努めて明るく。
告白した理由に後ろめたさがある以上、このことでてっちゃんに心配させちゃいけない気がしていた。
学校からわたしの家まで歩いて15分。
家に帰るまでに、家族のみんなにばれないように呼吸を整えなきゃ。
「栞……」
「うん!
なに?」
「女の子を下の名前で呼び捨てで呼んだことがないんだ……。
さっきは名前で呼べなくてごめん」
心から申し訳なさそうにいうてっちゃん。
「そうなんだ。
じゃあ、練習しなくちゃね。
明日から、毎日『栞』って呼んでね」
「うん、わかった」
てっちゃんがはにかんで笑う。
わたしはその顔が、かわいいと思った。




