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2話 嘔吐

哲司が自分と反対方向に歩いてから夏美はしばらく歩いた。

しかし振り返り哲司の影が見えなくなると夏美はアスファルトの壁に手をつき座り込んでしまった。

はぁはぁと息が上がる。

哲司といったい何ヶ月ぶりに言葉を交しただろう。

昔は当たり前のように話していた仲だった。

しかしいつからか彼と関わるのすら避けるようになった。

長らく通った道場も辞めた。

「はぁ、死にたい…」

そうつぶやいてからしばらくして彼女は歩き出した。


むわっと湿気が舞い上がり、むせ返るような暖かさの春は想像していたものとは違っていた。

雨に濡れた桜の花弁は地に落ち人に踏まれ、汚く濁った。それを新品の茶色ローファーで踏みしめると、まるで芋虫を踏み潰してるような生の感触がする。


朝ごはんは、グラノーラにヨーグルト。

それにバナナ。

母は家族の健康に気を使っており、明るいリビングには他にもたくさんの食べ物が用意してあった。

父親がガツガツとそれらを平らげており、テレビのニュースでは天気情報が流れていた。

母はそれを見て洗濯ができると喜び、私も席について父と同じように食事をした。


ヨーグルトとグラノーラを平らげたあとのバナナは口に含むと繊維が乾いており、ひどく嫌な食感がした。

その繊維が噛みきったあとの口から少しはみ出し、唇をざらついた粉が撫でた。

冷や汗が吹き出し、弁当を持って逃げるように家から出てしまった。


そのままフラフラと夏美は歩き、コンビニに入った。

時刻はすでに9時20分を指しておりコンビニの店員に怪訝な目で見られたがそのままトイレに入る。


トイレの中はお世辞にも清掃が行き届いているとは言えず、ツンと鼻を突く芳香剤で汚いものに蓋をしているのだと感じた。

その時に我慢してたものが耐えきれなくなった。


「おえっ」

便器に顔を向け、胃の中のものを全て吐き出した。

白くなっているのはヨーグルトでその中に固形のものがいくつか混じっていた。

胃液が逆流し、今度は酸っぱい臭いがした。

その臭いが、さらに吐き気を促進させ何も出てこなくなるまで少女は吐き出した。

粘性の高い唾液が口から糸を引き涙が溢れてくる。

母から渡されたハンカチで涙と口を拭い、水を流す。


ハンカチを握りしめて、併設されている洗面台に向き直ると拭いたばかりの目からまた涙が溢れた。

しかし吐瀉物混じりの唾液を拭いたハンカチを使いたくなかった彼女は腕で涙を拭う。

シャツの柔軟剤の匂いでやっと落ち着くことができた。


トイレから出て、店内に備え付けられたゴミ箱にハンカチを入れる。

水を手に取り、購入してコンビニの外で口をつける。

夏美は水は好きだった。透明なものを体に入れると自分がきれいになれる気がした。

「私、何やってんだろ」


スマホを取り出し、その場で自撮りを撮る。

涙のせいで少しアイシャドウが滲んだ気がするが、写真の自分を見る限り大丈夫そうだ。

そしてSNSに自分の写真を上げ書き込んだ。


吉祥寺周辺で遊ぶー♪一人は寂しいから彼氏募集♡


すぐに何件かのコメントがつく。

『ミーちゃん可愛いなー』

『吉祥寺⁉いいなー!』

『うわー、仕事なかったら絶対行ってた』

それらを満足気に眺めていると一件のダイレクトメッセージが来ていた。


『吉祥寺?二万でどうかな?』

夏美はそのコメントを見て口元にケータイを押し当て笑みを浮かべる。

そしてそのままの足取りで繁華街へと歩みを進めた。




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