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「ノノアー、出かけるでー!」
いきなり家の外から私を呼ぶ声がした。
「この声はレイテちゃんかしらね」
お母さんが私を見る。
「そうだった。お昼からレイテとミヌエットとお出かけする約束してたんだった」
私は食器をキッチンに持っていき、水で満たしてあるボウルの中に入れた。それからレシピ本を手に取り、二階にある私の部屋へと駆けていきバタバタと身支度をはじめた。
鏡を見ながら緋色の髪を手ぐしでざっと整える。服は部屋の片付けをするために着ていた汚れてもいい服から、いつものシンプルな白シャツと茶色のショートパンツにチェンジ。腰に細身の黒いベルトを通す。
靴は紐の部分がかわいくてお気に入りのレースアップサンダル。素足で履けるからめっちゃ楽なんだよね、これ。おかげで最近はこればっかり履いてる。
そういやつま先、痛かったな。心なしかちょっと指が腫れてる気がする。でもまあ大丈夫。気にしない気にしない。
レシピ本は邪魔になりそうだけど持っていこう。話のネタになるだろうし。
たしかクローゼットの中に布のショルダーバッグがあったはずだ。それに本を入れよう。
私はクローゼットを開けて中をゴソゴソと探る。
「あったあった」
バッグ発見。レシピ本をバッグの中に入れ、肩からバッグを提げて斜め掛けにした。
それから最後にもう一度鏡を見た。
「よーし、準備完了っ!」
階段を駆け降り、最後の二段はジャンプして床へ着地。
「お母さん行ってくるー」
リビングにいるお母さんに声をかけつつ、流れるように玄関のドアを開けて外へ飛び出した。
「ごめーん遅くなったー」
「おっそーい! どんだけ待たせんねん!」
間髪入れずにレイテが文句を言ってきた。でもレイテが文句言うのはいつものことだから特に気にしない。
「まあまあ、レイテさん。ちょっと遅れたくらい別にいいじゃありませんか」
そして隣にいたミヌエットが丁寧な口調でレイテをなだめだした。
さすがミヌエット、村長のひとり娘のお嬢様だなぁ。今日も今日とてお淑やかなミニワンピースを身にまとい、身体中から綺麗なオーラを溢れ出しているし。
それに見た目だけじゃなくて言葉遣いもすっごく綺麗なんだよね。私も見習わなきゃ、といつも思ってはいるんだけどなかなかできないのが、ね。
一方のレイテは今日も全身冒険者の服装だ。現役バリバリの冒険者をやっているお父さんから貰ったという、身体にフィットした銀の胸当てとロングブーツ、あと腰には護身用ナイフを身につけている。
オーレン地方出身のレイテこってこての方言で喋るから、ミヌエットの丁寧な言葉遣いとはまた違ってて面白いなあと、こっそり思っていたり。
それにしても、みんないつもと変わらない服装だ。まあ私もその点は同じことなんだけど。
しかし、同じモニモナ村で暮らす同い年なのに、こうも全員服装の趣向がバラバラなのも珍しいというか、面白いというか。
「『ちょっと遅れたくらい別にいいじゃありませんか』じゃあらへん! 時間はお金くらい重要なんや! はよせんと日が沈んでまうで! ほらもう日が傾いてきとる!」
私が服装のことを考えているうちに、レイテがミヌエットをまくしたてていた。今日のレイテはいつになく早口だ。
「いまはお昼すぎですから、日が傾いてくるのは当然だと思いますよ」
「わ、わかっとるわ!」
レイテが鼻をフンと鳴らして、腕組みをした。
「レイテはほんとせっかちだよねー」
「遅れてきたノノアには言われとうないな」
次にレイテは口をとがらせた。表情豊かだなあ。
「はいはーい、この話は終わりね。それより今日はどこいく何する?」
私は話を振ってレイテをじっと見る。
「あー、せやなー。どこ行こか。ミヌエットは行きたいとこある?」
レイテがミヌエットを見る。
「そうですね。うーん。どこに行きましょうか」
そしてミヌエットが私を見てきた。
何も決まらない。私たちはほとんどが行き当たりばったりの無計画だ。
「時間もったいないし、歩きながら行くとこ考えよか」
「ええ、ぜひそうしましょう」
「さんせーい」
「ほな、しゅっぱーつ!」
レイテがこぶしを掲げ、先陣を切って歩きだした。
きちんと舗装されていない小石の転がる道を歩いていく。道の両側には麦畑。穂先が風でなびいている。遠くに見える山は青々としていて、平べったい雲がゆっくりと流れている。
これぞ田舎の山奥の村って感じの風景だ。ずっとこの村で暮らしている私にとっては見慣れた風景で面白みがないし刺激が足りないと感じる訳で。
「ところで、そのバッグの中には何が入っているんです?」
少し進んだところで、私の隣を歩くミヌエットが視線をバッグに移して言った。私たちの先を歩くレイテも振り返って口を開く。
「あ、ウチも気になっとったんや。いつもバッグなんて持ち歩いとらんやんか。なんか大事なもんでも入っとるんか?」
「ああ、この中にはね、本が一冊入ってまして」
私はバッグを開けてレシピ本を取り出した。
「本!? あのノノアが!?」
「そこ驚くとこ?」
「めっちゃ驚くとこや」
レイテが私の目を見てキッパリと言った。
私ってみんなからどんなイメージを持たれてるんだろう。
「ノノアさん、これはなんの本なんですか?」
「たぶんレシピ本、だと思う」
「たぶんってなんやねん」
「いや、私もよくわかってなくてさ」
えへへ、と私は頭をかく。
「あ、そうだ! よかったらこれから図書館に行かない? 本の内容を確認してもらいたいし、ちょっと調べものもしたいから」