俺と青葉さん
「はい、月央。ただいま」
「お帰りなさい。って、今まで何処に行ってたんですか!」
月央の父親・つまりまほさんの旦那が、月央の前に立って屈んで目を見て帰宅の挨拶をする。
月央は目に溜めた涙をぐしぐしと手で擦ると、怒りが爆発したように叫んだ。
「月央……、」
「朽木さんは黙っててください。これは立花家の問題です!」
「はい」
おっかない。
月央は怒ると我を忘れるタイプか。
「あらあら、騒がしいわよ。……って、あら!」
「まほさん♡」
玄関の騒がしさを聞きつけて、まほさんがやって来た。
そして声を上げた。
「青くん‼」
「帰ってきましたよ、マイハニー♡」
おえっ。と俺は思わずリアクションを取ってしまった。
マ、マイハニー?
そして、青くん?
「父の名前ですよ。青い葉で、青葉って言うんです」
急に冷静になった声で月央が説明する。
どうやら怒りは急激に冷めたらしい。
そんな息子の前で夫婦はきゃっきゃとイチャついてる。
あー、また濃いキャラ来たわ……。しかも父親か。
俺は溜め息をついて、玄関のドアを閉めたのだった。
一間を置いて。
「改めまして。僕がまほさんの夫で月央の父親の、立花青葉です」
「はあ……」
リビングのテーブルを挟んで座る、俺の前には髭も綺麗に剃って風呂にも入り、小綺麗になった男性が居た。
しかもよく見れば整った顔立ちをしている。
つまり、イケメンである。
間の抜けた声を出す俺に対し、顔を顰めることなくニコニコしている。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
青葉……さんは、俺が淹れた紅茶に満足そうに頷くとイケボで言った。
「朽木……です。まほさんに頼まれて、家事手伝い&専属料理人しています」
「ふーん。そうかいそうかい」
下の名前を名乗らなかった失礼にも、顔を顰めない。
案外大物なのか?
「僕も職業は詩人だよ。昨日までちょおっと事情があって海外で仕事してたんだけどね。このご時世だ。アジア人は白い目で見られてね」
「それは、大変……だったんですね」
確かに、と俺は昨今のニュースや新聞の記事を思い出す。
俺だって、新聞くらいは毎日読んで情報を仕入れている。
「青くんの詩も天才的なんだよー、朽木君」
「まあ、すごいことは、確かです」
まほさんの言葉に、月央までが言うんだから相当詩の世界には名を轟かしているんだろう。
一回、ググろうかな……。
真剣に思案する俺の前でも、青葉さんはニコニコ顔を崩さない。
「僕が居ない間に、お家が綺麗になってて驚いたよ。まほさんは詩の才能は神様級でも家事は壊滅的な」
「青くん?」
「い、いや、家事は不得意なんだよね。アハハ」
まほさんの目が笑っていないことに気付いた夫のニコニコ顔に冷や汗が浮かんでいた。
どこぞの家庭でも女強し!
俺は脳内にしっかりとメモした。
「そういや、朽木君は料理が得意なんだってね?」
話題をすかさずシフトした青葉さんが俺に聞く。
「はい、前は料理人、一応してたんで」
頷く俺。
すると青葉さんはスマホの画面を出して。
「この調味料を使った料理教えて欲しいんだけど……」
と立ち上がってキッチンを指差す。
俺も慌てて立ち上がって「いいですよ」と気楽に応じた。
青葉さんは先にキッチンに行ってしまった。
まほさんと月央はテレビを観ている。
韓国ドラマの再放送の様だった。
月央に見せていいもんだろうか。
そんなことを思っていた時だった。
「——くん」
ぞわっ‼
俺の全身の毛穴が開いたような、そんな音が耳元で聞こえた。
俺は、バッと後ろを振り返る。
そこには、少しだけ真面目な顔をした、青葉さんが立っていた……。