俺はお抱え料理人
「はー…………」
「溜め息をつくと幸せ逃げますよ?」
「もう逃げとるわ、全力で!」
次の日。
まほさんから立花家の料理人を依頼された俺。
その場で速攻で断ったのだが……。
「でも、朽木さん、無職でしょ?」
「うっ」
「就職先はもう決まったの?」
「いえ……」
「このコロナ禍ですもんねー、仕事なかなか見つからないでしょうねー」
「……」
「我が家の料理人になったら、ほら。これだけお給料払いますよ」
まほさんが俺に電卓を見せた。
「‼」
その金額に、思わず電卓に飛びつく俺。
結構良い額じゃあないか……。コンビニで働くよりも良いかも……。
頭の中で高速回転をして今後のことを考える。
「……よろしくお願いします」
「はい、決まりね♪」
こうして、俺の一時的(?)な就職が決まった。
決まった。が……。
「朽木さん、手止まっていますよ」
「月央、俺は料理人だよな?」
「はい。そうです」
「じゃあ……」
俺は手元の洗濯物を指差して言った。
「どうして俺はアイロン掛けをしてるんだ?」
そう俺は、まほさんのブラウスをアイロン掛けしている最中だった。
おかしいかな、エプロンをして俺は完全に家事をしていた。
月央はまたクールに、そして幼児ながら器用に自分のシャツを畳んでいる。
「朽木さん……」
はあ、と月央は溜め息をついて俺を見上げた。
「母さんの契約書にサインしたの朽木さん自身でしょ?」
「うっ!」
「その契約書の家事全般を業務とするを見落としたのは、」
「俺だよ……」
そうだ。
意気込んで、正直に言うと金額に目が眩んで勢いでサインとハンコを押しちまった後に気付いたんだよ……。
しっかりとそう書いてあったのに!
まほさんに俺はしてやられた訳だ……。
「朽木さん~、プリンターのインク買ってきてくれません~?」
書斎から、まほさんの声が聞こえる。
「はい! ただいまのアイロン掛けを終えたら行ってきます!」
「朽木さん……」
月央が冷たい目で俺を見てくる。
俺はめげない。これが大人のビジネスライクってやつさ! ふんだ!
俺は、次のシャツに挑んだのだった。