俺は、何でここに……?
「家……ね」
俺は、とある一軒家の家の前でそう呟いた。
月央が言うからには、普通の一軒家を想像してた。
だが……。
そこそこ良い家じゃねーか!
俺は自分のちょっとだけ古いアパートを頭に浮かべ、落差に落ち込んだ。
そして、懐から鍵を取り出す月央を見遣りながらここまでのことを回想していた。
「お前ん家行って、どうするんだ……?」
「……料理、作ってください」
「料理?」
俺はまた訳が分からず月央の言葉を繰り返す。
「はい。料理を」
月央の瞳は真剣だった。
すると。
クぅ~。
その小さな体から、可愛い腹の虫が鳴った。
「え、えとですね。母が壊滅的に料理が駄目なんです。僕も多少簡単な物なら作れるんですけど、朽木さん元は料理人でしょ? だから……お願いします!」
顔を真っ赤にさせながら言っていた月央だが、段々申し訳なさそうに言葉が小さくなり、最後だけ大きな声でお願いされてしまった。
料理を作るのは、やぶさかではないが……。
「お前、俺が元料理人ってどこで知った?」
「……」
「まあ、いいか。どーせお前のことだからな。何となく何でも知ってそうだしな」
「お願いします……」
初めて子供らしい声音で、月央が俺を見た。
止めてくれ、俺はそういうのに弱いんだよ……。
「分かったよ、行くよ行く!」
「はい!」
月央が、笑顔で頷いた。
……あの後、廊下で会った管理人に、「親戚のお子さんなんだって?」としっかり念押しされた俺だった。
嘘は……何とか愛想笑いでつき通しておいた。
鍵が開くと、間口の広い玄関に俺は月央の後を追って入った。
立花家は……はっきり言って汚かった。
紙やら額縁やら、プリンターのインク切れのやつ等があちこちに散らばり転がっている。
これまた広い居間には、洗濯物が積まれたまま置いてあり、本も床に散乱している。
これは、
「お前のお母さん、家事自体が壊滅的なんじゃ……?」
月央は、明後日の方向を向いていた。
その時、俺は不穏な音を耳に拾った。
うめき声の様な、唸り声の様な……。
「な、何か聞こえるぞ」
「ああ」
月央がもう駄目だと言う様に顔を覆って、書斎らしき扉を指差した。
俺は、恐る恐るその扉をゆっくりと開ける。
「お~な~か~す~い~た~‼」
「ぎゃあっ!」
俺は叫んだ。
髪を振り乱した女が床に倒れて、こちらに向かって手を伸ばしていたからだ。
一種のホラーだった。