俺は、驚いた
朝だ。
カーテンの隙間から漏れる光に、俺は目を覚ました。
パチパチと瞬きをして眠気を飛ばそうとし、そこで違和感に気付いた。
何だか、人の気配がする……。
待てよ、俺一人暮らしだし。
「気のせいか」
俺は呟いて、ゴロンとテレビの方に向いた。
すると。
「うわああぁあー!」
思わず叫んでしまった。
テレビの前には、何と昨日のあの男の子がちょこんと膝を揃えて体育座りをして、俺の方を黙ってジーっと見ているではないか!
「お、お前、な、何で……!」
ぶるぶる震える手で俺は指を男の子に向ける。
「あ、おはようございます」
男の子は律義にそう挨拶をすると頭を下げた。
そして眉根を寄せて言う。
「朝から、うるさいですよ。近所迷惑です」
「だから、お前何でここに居る! どうやって鍵を開けたんだ!?」
俺はパニック寸前だった。そりゃあそうだ。朝起きたら、昨日の男の子が部屋に普通に居るんだから。
「鍵ですか?」
男の子は玄関の方を見遣った。
「壊れてた……とは言いませんが、普通に管理人さんに言って開けてもらいましたよ。あ、言っときますけど、僕と貴方は親戚の設定ですのでよろしくお願いします」
「はあっ!?」
男の子が言った言葉に俺は声を上げた。
こんな生意気な丁寧な言葉遣いの親戚の男の子なんて、居た覚えがない。
そもそも、俺は実家や姉弟とはもう随分、疎遠状態だ。
なんてことを考えていると、男の子は俺の方をまた、ジーっと見ていた。
「何だよ」
俺はその様子に狼狽える。
「別に……。ただ、貴方には迷惑をかけてしまったのでお詫びをと思いまして」
「お詫び……」
唖然としていると、男の子が立ち上がった。
「申し遅れました。僕は、立花月央です。年は六歳。保育園……年長です」
保育園、の後の妙に間があったが、男の子の名前は分かった。
俺は、とにかく深呼吸をした。
落ち着くには深呼吸が一番だ。
それに名乗られたら、こちらも名乗らないと。
「俺は……」
「朽木さんでしょ?」
「おう、よく読めたな」
「表札に書いてあったので」
驚いたことに、男の子…改め、月央は俺の名字を一発で読めたようだ。
「下の名前は」
俺はそこで言葉を止めた。
昔の昔の嫌な記憶がよみがえる。
「……いいですよ、別に。名字で呼べれば十分です」
「ああ、悪いな」
俺は、自分の名前が、嫌いだ。
語るのも、正直口にしたくない。
この名前で、何度……。
もやもやしている俺を月央は静かに見下ろす。
その瞳は、本当に静かで、あまり感情が窺えなかった。
「で、そんな朽木さんにお詫びを」
「何だ?」
「僕の家に来て欲しいんです」
「家?」
俺は、もう訳が分からなった。
机の上には、詩が、いつの間にか写真立てみたいなフレームに飾られていた。