俺は、もうぐちゃぐちゃだった
「……で、その男の子にお金を渡したと?」
「だから、さっきからそう言っているでしょう」
「お金をたかられたと?」
「……一応、そーですね」
「今どきの子どもがそんなことすると思いますか?」
「お巡りさん、俺は嘘言ってませんって!」
ここは駅前交番所。
机を挟んで、お巡りさんと俺の相対。
厳しい顔で俺を任意同行でここまで引っ張ってきたお巡りさんだが、俺が子どもをどうにかしようとした訳ではないと分かると、事情を聴き始めた。
素直に事情を一から話し始めた俺だったが、お巡りさんの眉間の皺は深くなる一方の様だ。
「まあ、まあ、何と言っていいか……。一応同意の上でお金を渡したとなると、貴方は何も訴えることは出来ないと思いますよ?」
「……」
もう、何にも言えねー。の気分の俺。
その後、ちょっとだけ同情を含んだ目でお巡りさんに見送られ、交番を後にした。
ボロアパート…ならぬちょっとだけ古いアパートにようやく戻ったのは、もう夜遅くの十一時近くだった。
敷きっぱなしの布団に飛び込むと、マスク姿のままだったことに気付き、慌てて手洗いとうがいをした。
意外と真面目な俺の性格がそこに現れていると、我ながら苦笑してしまう。
誰だって感染症に罹ることは怖いに決まっている。
あれだけ、テレビや新聞の広告で色々言っているのだ。
しかし、困った。
と俺は、夕飯がまだだったことに、今更ながらに思いカップラーメンを作りながら考え込んでしまった。
真面目に働いていた、飲食店。解雇。
蓋とカップの隙間から、湯気が細く立ち昇ってゆく。
良い店主の、親父さんとおふくろさんの、小さな飲食店だった。
タイマーが鳴り、ふたを開けて、ずずーっと麺をすする。
実の息子みたいに可愛がってもらっていたのにな……。
ああ、醤油ラーメン美味いな。
申し訳ないって頭下げられちゃな。怒れないよなー。
もう、カップラーメンと今日の感想の出来事もごっちゃごちゃだなー、俺……。
三分で出来た今夜の食事を、たったの五分で食べ終えてしまった。
行儀悪いと思いつつもゴロンとその場で横になる。
染みのある天井を見上げて、溜め息をつく。ついでにげっぷも出た。
「あー、明日から、どうしようか」
誰ともなく呟く。
働かなくては、ご飯も食べられないし、何も買うことも出来ない。
まあ、来月の家賃としばらくの生活費くらいは、多分大丈夫だろう。
「……寝るか、とりあえず。もう眠いし。あ、でも風呂は入ろうかな」
狭い脱衣所で着替えていた時、ポケットから何かが落ちた。
「ん?」
葉書サイズの紙。男の子の顔。千円。
一気に思い出した嫌な記憶。
「はー、“詩”って何なんだ……」
俺は紙に何が書いてあるかを見た。
【写真】
思い出の形だけ、物語がある
目の前の映し出された形だけが全てではない
この笑顔の行方
どこに繋がっている?
それはあなたの“心”に繋がっている……
「……って、これが詩? 下手のなのか上手いのかもわからねー」
ありふれた写真がお題の詩の様だ。
これに千円払ってしまったのか。
今更ながらくらくらした。
握り潰そうとして、思い留まる。
せっかく千円も払ったのだから、大袈裟に飾ってでもやろう。……後で。
俺は狭い狭い風呂に入って、寝た。
それはもう、ぐっすりと。
詩は、テーブルの上に置きっ放しだった。