俺の過去(6)
「ああ、疲れた」
どすん、と僕は肩から鞄を机に降ろした。
固い音が自室に重く響く。
あれから一時間もバスを待ってようやく家に帰れたのだ。
しかも訳が分からないが、結城詩歌という女子に目の敵にされてしまった。上に「負けない」宣告。
詩の女神の申し子?
本当に、結城さんは大丈夫なのか。
今更ながら他人の事だが心配である。
そこで僕は思案に耽る。
「詩の神様……か。僕には幸せはもたらしてくれなかったな」
僕も僕で何やら偉そうなことを語ってしまったし。
「あ、帰って来たのね」
「お姉ちゃん! ノックしてよ!」
姉が後ろからひょいっと来て声をかけたので僕は飛び上がってからそう叫ぶ。
僕の所為で両親が不仲になってから、初めて声をかけられたかもしれない。
姉は姉で、自由気ままにやっているようだが、僕に対して思う所は多々あっただろうに。
恨んでないのだろうか……。
「今日のあんたの入学式のスピーチ、聞きたかったわー」
「……そう」
どうして姉がそんなことを言うのか。
姉とは二つ違いだから現在中学三年生である。
だから、同じ中学校のはずである。
「ま、学校が違うから。しょうがないわね」
そう。
姉は中高一貫の女子高に在籍しているのである。
所謂、お嬢様のエスカレーター校。
本来受験生である姉がこんなにも呑気なのにはこういう理由があったのだ。
「お姉ちゃん、いくらエスカレーターだからって勉強はいいの?」
「……あんたみたいに、何の才能もないけれど勉強は出来るから大丈夫よ。ご心配なく」
ちくり。
胸が痛んだ。
「……お姉ちゃん、何か用があったんじゃあないの?」
「おじいちゃんが呼んでいたわ。早く行きなさいよ」
ふいっと姉は部屋を出ていく。
僕は複雑な気持ちで制服から着替えたのだった。
「おじいちゃん、帰ったよ」
「おう、お帰り。悪かったな入学式の日に一人で帰らせてしまって」
おじいちゃんは何やら封筒を眺めてご機嫌だったようだ。
申し訳なさそうな顔をしているが、目が輝いている。
「いいよ。僕もう中学生だし。それで、呼んでいるって聞いたけれど」
「ああ、ああ。そうさ――。今日連絡が来たんだよ」
「え?」
「出版社からだよ! 出版社! お前の受賞作を含めた詩集を出版したいって連絡が!」
頭に殴られたような衝撃が走った。
詩集? 僕の?
あの焦がれて読んでいた、色んな詩集の一冊に、僕の言葉で綴られた詩の本が出るのか?
「嘘だ」
「嘘じゃない、本当だ」
おじいちゃんは本当に涙を浮かべている。
「おまえは自慢の孫だ。こんなうれしいことは無い。葉子さんも天国で喜んでいるよ」
葉子さんとは、僕が三歳の時に病気で無くなってしまったおばあちゃんの事だ。
優しかったおばあちゃんだった。
僕によく絵本を読んでくれたのだ。
「おじいちゃん……」
「よくやった、―—。そして悪かったな。おまえは悪くないからな。悪いのはおまえの父ちゃんと母ちゃんだから。恨むならじいちゃんを恨んでくれ」
そう言うと、おじいちゃんは僕に頭を下げる。
詩を公募に出したことだろう。
おじいちゃんはおじいちゃんなりの精一杯の謝罪をしてくれた。
僕はもう何も言うまい。
そう決めた、今。
「おじいちゃん……。僕が恨むわけないだろう?」
ハッとして僕を見るおじいちゃんの目を見て頷く。
僕はことさら明るく言った。
「話して、おじいちゃん。詩集の事。僕、いっぱい良いの書いて載せてもらって、いっぱい本が売れたらおじいちゃんにうんと贅沢させてあげるから」
「……ありがとう、―—」
目から一筋涙を流しておじいちゃんは頷いた。




