俺、お使いに行くことになる
「朽木くん!」
「くーつーきーくーん♡」
「朽木さん……」
「あー、分かりましたってば!」
俺は今日も今日とて必死に仕事をしていた。
まるで、まるで……。
「母親みたいじゃねーか!」
中華鍋をこれでもかと振るう。
親鳥を待つ雛鳥に餌を与えるがごとく、腹をすかせた人が三人そこに居座って料理が出てくるのを待っている。
今日の夜は、中華料理で行こうと決めて、材料を買ってきたら。
「朽木くん、お腹空いた」
「朽木君、お腹空いたー!」
「朽木さん、お腹空きました……」
玄関の上り口に、ゾンビ……じゃなかったお腹を抱えた真っ青な顔のまほさんと青葉さんと月央がそこに居た。
「待ってくれ、今日はハローワークに午前中行って来るから、午後からでいいって言ったよな⁉」
「ええ、分かってたわ、分かっていたけれど!」
まほさんがくッと涙を堪えて言う。
「お昼ご飯は、配達で済ませようと思っていたんだけれど!」
青葉さんがいじいじと上り口の床にのの字を書く。
「配達の人が、事故に遭ったみたいで届かなかったんです……」
月央の説明に納得した。
憐れ配達人。
立花家に頼まれただけなのに。
俺はこっそりと配達人の怪我の軽傷を祈った。
で、だ。
そんなこったから、昼から中華鍋を振るっている訳だ。
「はい、まほさんには普通の辛さの大盛り麻婆茄子! 青葉さんには辛口の麻婆豆腐! 月央に甘口の麻婆春雨ですっ!」
ドン! ドン! ドン!
俺は順にお皿を三人の目の前に置いた。
「「「いただきまーす」」」
行儀よく手を合わせてから箸を取る三人。
そして美味しそうに熱々のそれぞれの料理を食べ始める。
「……夕飯の分だったのにな」
俺は溜め息を吐いた。
夜の分、考え直して買い物に行かなきゃだ……。
「ごちそうさま!」
「はやっ」
まほさんが炊いたご飯の茶碗を置いて笑顔で言った。お腹を満足そうに撫でている。
おかしいな……。まほさんはご飯も大盛りなはずだぞ。
小柄でスレンダーなあの体形の何処の入っているんだか。
俺は末恐ろしいまほさんの食欲に慄いた。
「……ところで、朽木くん」
「おかわりですか?」
「違うわよ!」
俺の言葉にまほさんが少女みたいにぷうっと頬を膨らませる。
「お使いを頼みたいの」
「お使い?」
俺は、まほさんの言葉に首を傾げる。
まほさんは自分の分のお皿をキッチンの流しに運んでいる。
青葉さんが、何故か心配そうな表情を浮かべていたのに、俺は気付かなかった。
「青くんと、私の共同の詩集を今度出版するの」
「へー、そうですか」
俺は嫌な予感がする。
出版する詩集。
つまり、まほさんのお使いとは。
書斎から、茶封筒を持ってくるとまほさんが真剣な表情で俺に言った。
「原稿を、出版社の担当さんに持ってって♡」
「お断り……」
「しないでね」
すかさず、まほさんが言う。
ちぇっ。悪態をつく俺。
「原稿なんて、令和の今更、パソコンでデータとして送ればいいじゃないですか」
「朽木くん、それはそうだけれど」
「だから、お断りします」
「……特別給料」
ボソッと青葉さんが言う。
ピクリと反応する俺の耳。
「……あー、もう! 分かりました! 行きますよ、行けばいーんでしょ!」
青葉さんから銀行の封筒を奪い取ると、俺は茶封筒をまほさんの手からひったくる。
「行ってきますね!」
「朽木君」
「はい」
玄関まで着て靴を履く俺に、青葉さんが追っかけてきた。
名前を呼ばれ、返事をする。
「男は戦う時がある」
「は?」
「行ってみれば、分かるさ」
「はい?」
俺は、それ以上何も言わない青葉さんに「行ってきます」と再度告げると○○出版社へと向かった。
「君の、心には、まだ泉がある……。それを、確認したよ今日」
閉まった玄関の扉を見つめて、青葉さんが呟く……。
俺は、それを知らない……。




