疑惑
「なぁ、ロイド、こっちへ進むのは飽きたから、次はあっちに行かないか?」
「君はいつも名前を間違えてるよ。そちらへ行くんだね。もちろん、構わないよ」
ルースは方向転換して私の隣に立ち、歩き始めた。
このところ、時折頭痛に襲われる事がある。
痛みと共に何か大切な事を思い出しそうになるのだけれど、痛みが引くと共にソレも引いてしまうのだ。
おかしなものだ。
私には思い出すものなんてないのに。
思い出したくなんてないのに。
…思い出したくなんてない?
自分の思考なのに、違和感がある。
この平坦で代わり映えのない景色の中を歩き続けるだけの退屈な時間。
退屈だから余計な思考が生まれるのだ。
「なぁ、パルス。私達はどこへ行きたいのかな?」
ルースは私に目もくれずに答える。
「僕の名前はルースだよ。どこへ行きたいかだって?僕が聞きたいよ」
こんなやりとりも、もう何度目だろう。
思い出せない。
いつも通りの同じ会話。
幾度となく、繰り返された同じ会話。
同じはずなのに。
同じはずなのに、思い出せない。
違和感。
ルースって誰だ?
隣を歩いているはずの人物。
ずっと一緒に旅をしてきた。
いつから一緒にいたんだ。
おかしい。
今この瞬間だって隣にいるの に。
何故だろうか。
顔が思い出せない。
恐る恐る隣を歩くルースに目を向ける。
何もおかしなところはない。
いつも通りだ。
いつも通り?
やはり、おかしい。
違和感。
違和感。
違和感。
何故だ。
何がおかしいんだ。
ハッと息を飲む。
長い事、共に旅をしてきたけれど。
ルースの顔を正面から見た記憶がない。
いつ話しかけても、こちらを見ずに返事をする。
今見ているのも横顔だ。
いくら凝視しても気にした様子もない。
別に気にするほどの事ではない。
こいつは初めからこういう奴だった。
嫌な汗が頬を伝う。
今だって横顔を見ているのに。
分からない。
顔が分からないのだ。
どうなってやがる。
体の力が抜けていく。
とぼとぼと歩く速度が落ち、ついには立ち止まった。
ルースは気付かないのか、それとも、分かっていながら気に留めていないのか。
少しづつ遠ざかって行く。
だめだ。
追いかけなければ。
行ってしまう。
離れたら、もう会えない。
もう二度と。
いやだ。
いやだ。いやだ。
慌てて走り出す。
すぐに追いつくと、再び隣り合って歩き出した。
こいつと離れる事が何故だかとても怖く思えた。
何故だ。
分からないことばかり。
何故、今になってこんな事を考えてしまうんだ。
あの時に心に決めたじゃないか。
………あの時?
なんだ、あの時って。
自分の思考なのに、覚えのない考えが暫々浮かんでは消えてゆく。
一体どうしたって言うんだ。
今までだってずっとこうしてきたはずなのに。
考え出したら止まらない。
これ以上、考えたらだめだ。
真実を知ってはいけない。