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〈57〉桃子の魔法

「マリリンさんーー、いえ、モモコさん、だったわね? 出身は、東京? 大阪? それとも京都かしら?」


「……え?」


 この世界に来て数年ぶりに聞く懐かしい響きに、桃子ももこの口から、うわずった声が漏れていた。


 悪役令嬢であるメアリは、どこまでも優しい笑みを浮かべて微笑んでいる。


「黒髪だから、アメリカやロシアなんてことはないと思うのだけど、違ったかしら?」


 優雅に紅茶を飲む口から、そんな言葉が聞こえていた。


 東京、大阪、京都。

 それに、アメリカやロシアまで……。


「っ、ぁっ……、ちっ、千葉、だけど……」


「そう、千葉なの」


 まさか、日本を知ってる!?


 桃子がそんな思いで目を見開いて、メアリを見詰めて、



ーー後悔した。


 

「……そう。やっぱり」


 ついさっきまで浮かんでいた笑みが消え去って、メアリの暗い視線が向けられる。


 椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった彼女が、さっと手を伸ばしていた。


 向けられた手のひらから、有り得ない量の光が漏れ始める。


 パッと見ただけでも、リアムがさっき集めた光の10倍はあった。


「なによ、これ……」


 気が付くと、見渡す限りに魔法陣が広がっている。


 その数は、100や200じゃない。


 ひしめき合う魔法陣の中から、マッシュと呼ばれていた大きなキノコが顔を出していた。


「モモコを取り囲みなさい!」


 さっきまでとは全然違う、的確で堅い命令。


「「「キュ!!!!」」」


「ちょっと! 何がどうなって! ひゅっ……」


 一瞬にして、無数の槍に囲まれていた。


 360°、すべての方向にある槍の先が、顔を向いている。


 その背後では、引き絞られた弓が、狙いを定めているのが見える。


「なん、痛っ!」


「動かないことね。槍も弓も、本物よ」


「……」


 右の頬が痛い。


 ほんの少し触れただけだけど、たぶん、血が出てる。


 身動きどころか、顔をひねることすら出来そうもない。


「なんで……、どうして……」


 私が何をしたって言うの!!


 力の限りに叫ぶと、なぜかメアリを守るように、白竜様がその隣に寄り添った。


「メアリくん、“簒奪の勇者”と言うのは、“強奪の魔王”のことかい?」


「えぇ、おそらくは同じ人物だと思うわ。やはり、竜族にも伝わっているのね。私は王妃の修行の一環として、王家の歴史書で読んだわ」


「なるほどね。それにしても、この国にこれほど邪悪な存在が紛れ込んでいただなんて、思わなかったよ」


 邪悪な存在?


 何の話をしているの!?


 どうして白竜様が、私をそんな目で見るのよ!?


 私が桃子の姿になったから?


 私がマリリンの姿じゃなくなったから?


ーー違う!


 白竜様は、そんな人じゃない!


 画面越しだった時でも、私を愛してくれていた!


 桃子だった時も、私たちは愛し合っていた!!


 だったら、……なぜ?


「これで3人目だね」


「あら? もうひとり居たのね。この国に残っていた記録は、1人だけよ」


「おや、そうなのかい? だとしたら、2人目だけかな。1人目は2000年も前の話だからね」


 なんの話??

 だから、何の話!?


 主人公である私を差し置いて、何の話をしているの!?


 なんて思うけど、聞きたかったのは、私だけじゃなかったみたい。


「メアリ嬢、よければ僕にも教えてくれないかな? 彼女は何者なんだい?」


 聞こえてきた声に少しだけ視線をずらすと、


 警戒心を瞳に宿した攻略対象(ラテス)が、悪役(メアリ)の隣ーー白竜様の逆側に寄り添っていた。


 それは、最終話付近でメアリを断罪する時の姿に、良く似ている。


「そういえば、リアムに邪魔されて、王家の図書には近付けなかったわね」


「恥ずかしい限りだよ……」


 それは幼い頃からの嫌がらせで、第3王子(ラテス)のルートのカギになる話だ。


 攻略本に書いてあったから、当たり前のように知っているわ!


 だけど……、


「アルバルトルムの惨劇は知っているわね?」


「もちろん。1000年も昔に、ひとりの男がきっかけで大国が消滅した、そんな昔話だよね?」


「えぇ、そうよ。でもね、ただの昔話じゃないのよ。その男の見た目も、行動も、話した言葉のひとつひとつが残されているの」


 そんな話、昔話の方すら聞いたこともなかった。


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