〈56〉マリリンの魔法 4
リアム王子が地に膝を付けて、ガックリと肩を落とす。
その手から二本の宝剣がこぼれ落ちて、ガランと音を立ていた。
「ちょっ、わっ! くべっ……!」
いつの間にか、マリリンの拘束も解けていて、変わり果てた体が地に落ちる。
恐る恐る空を見上げても、吸い取られ続けていた魔力の姿はどこにもなかった。
「助かった、のか……?」
誰かがそう言葉にして、拳をギュッと握り締める。
バタバタと仲間の兵士が倒れていく中で、仰向けに倒れながら、深い溜め息が漏れていた。
「終わった……。助かったんだ……!!」
そう小さく言葉に出来たのは、ほんの一握りだけ。
「おい! 隣のヤツがやべぇ! 誰か動けるヤツは!!」
「こっちもやばい! どう見ても息してねぇ!」
「なんだと!?」
魔力の低い者は意識を失い、
生きているのかも怪しい者が大半だった。
60人近くいた兵士も、立ち上がれる者は数人だけ。
「ちっ! 動ける者は俺に続け! ひとっ走りして、近くのギルドから魔力水をーー」
「きゅ?」
その中を、大きなキノコたちがトテトテと駆けていく。
丸い小さな手には、キラキラと輝く小瓶が握られていた。
「……おぉ、それだ。それが欲しかったんだ。……すまねぇ、助かる」
「きゅぁ!」
ついでだから、とばかりに介抱しながら、1人残らず飲ませていく。
最終的には誰しもが、ギリギリの場所で命をつなぎ止めていた。
そうして周囲が騒ぎ立てる中で、マリリンがごろんと体の向きを変える。
右を見ても、ごろんと左を見ても、近くにイケメンの姿はない。
「何なのよ、まったく! どいつもこいつも、気が利かないわね!」
どう考えても素敵な王子様が手を差し伸べる場面でしょ!
ほんと、クソゲーなんだから!!
そんな言葉と共に自分の手先を見詰めて、
「ぇ…………?」
ピクリと動きを止めていた。
真っ黒に濁った瞳が、有り得ないほど大きく開かれていく。
「…………うそ」
掠れた声が喉元から漏れて、ヒヤリとした物が、背筋を流れていった。
曲げ伸ばしが苦しい膝を、腹の贅肉に押し付けて立ち上がる。
見下ろした先に、醜い自分の体が見えていた。
「なん、で……」
両手を見て、肩を見て、でろでろの肥満体型になった腹を見る。
太股や足を見たくても、贅肉が邪魔で見下ろせない。
「嘘よ……。違う、こんなの違う!!」
パンパンに膨らんでしまった指先で、マリリンだった顔に触れる。
両手を大きく開いて、ベタベタと触れる。
脂肪で膨らんでいるのに垂れ下がった、自分の肌だ。
「これじゃ、一緒じゃない……」
動かし難い足も、
三段になる腹も、
贅肉がつっかえて閉まらない腕も。
「日本に居た時と……。私が相模原 桃子だったときと、一緒じゃない!!!!!!」
惨めだったあの時と一緒じゃない!!
画面の向こうに憧れていた、あの頃と一緒じゃない!!!!
「なんで!? どうして!? 何を間違えたの?」
今まで選択肢なんて出なかったじゃない。
まだプロローグなんでしょ?
ルートの決定もまだじゃない!
どうしてこんな、バッドエンドみたいな……。
「違う、こんなの違う……。こんなの、私が好きなゲームじゃない!!!!!!」
モブでしかない兵士が、蔑んだ目で見てくる。
顔だけは良いリアムが、汚物を見るような目で見てくる。
綺麗な顔をした悪役が、観察でもするように見てくる。
その隣にいる白竜様が、哀れみの目で見てくる。
攻略対象のひとりであるラテス王子が、こっちを見ないように目を反らしている。
「やめて! 見ないで! そんな目で、私を見ないで!!」
私は主人公なの!
マリリンとして生まれ変わったのよ!
「なのに、なんで!」
どうして今更、この顔に戻るのよ!!
違う!
こんなの、違う!
「どこで間違えたの? 選択肢なんて無かった……。ずっとなかった!!」
最後にセーブをしたのはいつ!?
もうこうなったら、最初からやり直すしかない!!
「コンテニューよ!! デリートして再ダウンロート! 聞いてるんでしょ! 女神だか神だか知らないけど、やり直しよ!! 今すぐに元に戻しなさい!!」
…………。
「やり直しよ! 今すぐに! やり、なおし……」
どうやって、やり直すの?
リセットボタンは?
ホーム画面のアイコンはどこ……。
ゴミ箱のマークは?
「出来ないの……? ロード画面は? やり直しは? なんで? なんで!?????」
「……ロード画面?」
「ぇ……?」
今の声って、悪役の?
そう思って振り返ると、彼女が何かを考えるように、あごに手を当てていた。
「転生者、ロード画面、解除魔法で変わる人物……。思い出した」
思い出した?
思い出したって、何を?
……まさか、前世の記憶!?
やっぱり、メアリも私と同じーー
「あなた、簒奪の勇者だったのね」
「さん、だつ……?」
攻略サイトにも、攻略本にも書いてなかった言葉が、メアリの口から飛び出していた。




