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〈57〉 マリリンの魔法 3

 リアム王子が放った魔法が、マリリンの頭上で輪になった。


 肩幅にまで広がったそれが、彼女の体の側を通り抜けて、掛けられた魔法を解いていく。


 最初に変化が見えたのは、頭の先だった。


「なんだ……?」


「髪の色が……?」


 倒れる仲間を支えていた兵士たちの前で、マリリンの髪が変わっていく。


 亜麻色のふわりとしたツインテールだった物が、張りやコシがない、バサバサとした白髪混じりの黒髪に。


 綺麗に整えられていた天然物の眉も、抜き取った跡だけが残ってしまう。


「無駄なのよ! 私の愛は消せないわ!」


 そう言ってあざ笑う口元に皺が刻まれて、


 きめ細かやかだった肌が、シミで荒れ果てる。


「白竜様愛しています! 私が欲しいのはあなただけ! この身も心も、あなただけのもの!!」


 愛を叫ぶ瞳も黒く汚れきっていて、二重あごの輪郭が、重力に引かれて弛んでいた。


 変化は顔だけに止まらない。


「あれ? なんだか声が、出し難い……?」


 小鳥のさえずりのようだと誉めた声が、いまは酒に焼けた老人のよう。


 肩も、腕も、足も、身長も、体型も。


 服装以外はすべてが別人のものに変わっていった。


 それは当然のように、結界の中からも見えている。


「メアリ嬢、これは?」


「……ごめんなさい。私にもわからないわ。ドレイク殿下、この現象に心当たりは?」


「すまないが、1000年近く生きたけど、はじめてみるよ」


「そう……」


 あまりの急激な変化に、接点の薄い3人ですら、言葉に詰まっていた。


 見る見るうちに変わっていく彼女の姿を、ただ見守ることしか出来そうもない。


 それは、彼女をすぐ側で見つめるリアムも同様だった。


「マリリン……」


「だーかーらー! 人の名前を気安く呼ぶなってーー」


 そこで不意に言葉が切れて、マリリンだと思う者が、リアムの顔を覗き込む。


 傾げた首が脂肪に埋もれ、顔全体が、傾げた方向に落ちている。


 普段は可愛く見える仕草も、いまは……。


「うわっ、何泣いてんの? 突然のガチ泣きとか引くわぁ……」


 やだやだ、なんて耳障りな声音でつぶやいて、見知らぬ顔が虫を見るような目で見ていた。


 劇的に変わってしまった姿を、本人だけがわかっていないらしい。


 15歳くらいの見た目から、一瞬にして、60代の姿に。


 あまりの痛々しさに、思わず視線がそれてしまう。


「しっ、神殿長! 余の天使が! 余の天使が化物に!! 神の啓示を!!」


「……ぉ、ぉぉ! そうですな。いま、神々の声を……」


 そう言って祈る体制になったガマガエルのような神殿長と、天使であるはずのマリリンが、


「はぁ? 化物? チョロい攻略対象(リアム)の癖に何言ってるのかしら」


「くっ……!!」


 今は、仲の良い兄妹にすら見えるのは、なぜなのか?


 脂っこい物が好きで、運動が嫌い。そんな兄妹に見えるのは、なぜなのか?


 そう思ってしまう自分が、何よりもイヤになる。


「なぜだ? どうしてこうなった?」


 余の天使が、ガマガエルになるなどあり得ない。


 まさか、余の魔法が暴走して!?


「……いや、余が使ったのは、解除だけだ。暴走の余地など……!?」


 解除の暴走?


 洗脳だけでなく、掛けられていた魔法が、すべて解けた?


 魔法が解けて、マリリンの姿が変わった?


 つまり、今の姿が本当の……。


「いや、まさか、そんなはずは……」


 可愛さの欠片も残っていないマリリンだった者を見上げて、首を横にふる。


 だけど、いくら否定しようとしても、目の前の現実は変わらない。


 使用した魔法が、解除の魔法だったことは、その場にいる誰よりも、リアム自身が一番良くわかっていた。


「今の、姿が……」


「うるさいのよ! 泣いたり、怒ったり、首を振ったり!! ノーマルエンドのくせに、主人公(マリリン)をイライラさせるなよ!」


「これが、本当の……」


 自然と視線が落ちて、剣を持つ自分の手が見えてくる。


 解除の魔法を放った感覚が、今でも確かに残っていた。


「そうか……」


 他の誰でもない。

 解除したのは、自分だ。


「……そうか」


 もう一度小さくつぶやいて、リアムが空へと視線をそらしていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いせかいてんせいって、まほうだったんだぁ……
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