〈56〉マリリンの魔法 2
兵士たちが掲げる剣の先から、青い光が飛び出していく。
小さな光の玉がとめどなく吸い取られて、リアム王子の元へと集められていた。
「くっ……」
「こいつは苦しいな……」
その1つ1つが、一般の兵士には大きな負担であり、
全速力で走り続けるような負担が襲い来る。
だけど、止まるわけには行かなかった。
「何も言わずに耐えろ。家族を思い出せ。王子の命令だぞ」
下手をすると処刑だ。
言葉にこそしないが、全員がわかっていた。
「……ジュリアンナ、マリンナ。父ちゃんは頑張ってるぞ……」
「そうだ。それでいい。……生きて、帰るぞ」
「はい……」
影でコソコソと励まし合いながら、時には肩を貸して支え合う。
予想以上の魔力が体から抜け出していく中で、兵士たちはグッと歯を食いしばって耐えていた。
そうして集まった青い光を宝剣の輝きに変えながら、リアム王子が言葉を紡いでいく。
「主神たる光の神よ。万物を司る古竜たちよ。余の願いに答えて彼女に巣くう魔を払い、真の姿を示せ!」
「 〈永遠の愛〉!!!!」
聞いてる者が恥ずかしくなる魔法名を堂々と叫んだリアム王子が、力強く宝剣を切り下ろしていた。
二メートル近い灰色の玉が浮かび上がり、ビョンビョン、ベロンベロンと、その形を変えていく。
それはまるで、小さな子が粘土で作ったかのような、竜の姿。
そして不意に、その体がドロドロと崩れはじめた。
「うわっ、きしょい! グロすぎでしょ! 何よこれ!」
そう叫ぶマリリンの前で、ゾンビ映画のように、竜の体がボタボタと流れ落ちていく。
そしてゆっくりと動き出したソレが、宙に固定されたマリリンに迫っていく。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいって! 怖いから! もうちょっとマシな形はないの!? どう見ても汚物の敵ーー」
「許せ、マリリン!」
「イヤーーーーーーー!!!!」
のそのそと近付いたソレの口がカパリと開いて、
滴り落ちる何かが、マリリンの髪をベットリと濡らしていた。
聞こえてくる悲鳴も、かつてのリリと比べると、可愛らしさの欠片も感じない。
「魔力の変換効率も最悪ね」
「えぇ、あれでは、魔力を貸した兵士たちが可哀想だ」
「形を真似られた竜に対しても冒涜だと思わないかな? 原型を留めていないね」
「アベ@ル6ymベルベwルーー」
ーーパクリ。
紅茶で唇を湿らせながら口々に感想を述べるメアリたちの前で、マリリンがゾンビ竜らしき物に飲み込まれていた。
もぐもぐもぐ……、
もぐもぐもぐ……、
ペッ。
「ぐべっ」
結局は、三十秒も経たずに、味を失ったガムのように捨てられて、
マリリンの体が、土の上を転がっていく。
その姿をまじまじと見詰めるリアム王子は、宝剣を切り下ろしたままの体制で、肩を大きく上下させていた。
どうやら、魔力が切れたみたい。
それはさておき、
「今の魔法のどこのあたりが、永遠の愛だったのかしら?」
「……考えるだけ無駄でしょう。相手はあの兄さんです」
「……そうね。私としたことが愚問だったわ」
最終的には考える事を放棄して、ゆったりとした椅子に座りながら、事の行方を見守ることにした。
とは言っても、マリリンに洗脳の魔法なんてかかっていない。
「……やったか!?」
「おい、クズ王子! なんのフラグよ、それ! 主人公を殺す気なの!?」
「くそっ!! ダメか! さすがは竜を自称することはあるな。まさか、余の魔法を振り切るとは……。だが、余は負けぬ!!」
フンスと鼻息を荒くしたリアム王子が、腰に履いた鞘から、二本目の宝剣を引き抜いた。
先ほど使った一本目も、今の二本目も、
本来ならば、宝物庫で保管されるべき国宝であり、
「次期王の命令だ」
と言って、無理やり持ち出したもの。
「余の本気を見せてやろう!」
右手に、時渡りの剣。
左手に、真実のつるぎ。
気を失ってバタバタと倒れていく兵など気にもとめずに、リアムが二度目の詠唱に入っていく。
「だからやめなさいって言ってるでしょ! 無駄なのよ!」
そう叫ぶマリリンの訴えも聞く気はないらしい。
「私も無駄だと思うのよね」
「えぇ、無駄ですね」
「そうだね。誰も洗脳の魔法なんて使ってはいないからね」
無論、結界内にいる三人の言葉にも、止まることはない。
そうして放たれた二度目の魔法が、マリリンを襲い、
「…………え?」
誰しもが大きく目を見開いて、言葉を失っていた。




