〈4〉見届け人の少女2
「は? え? えええええええええええ????????」
魔の森にこんな優雅な空間なんてなかったはず。
それもこんな浅い場所になんて、ないはず。
そんな思いが、叫び声となって飛び出していく。
有り得ない!
こんなの、絶対に有り得ない!!
「大きな声ねー。どうしたのかしら?」
「どうしたのかしら、じゃないですよ! 何ですかこれ!!」
1歩、2歩と近付いて、柵の2段目をバシバシ叩く。
早起きをして整えた髪が乱れるけど、気にはしない。それどころじゃない。
「なに、って。柵よ?」
「知ってますよ、そのくらい!!」
ぐわっ、と目を開いた少女が、より強く、バシバシ叩く。
意味がわからないけど、どれから聞こうか。
「何でこの辺、木がないんですか!」
まずそれが有り得ない!
「え? なんでって、邪魔だから切ったわよ? ダメだったかしら?」
法律違反、ではないわよね?
なんて言葉が聞こえるけど、そんなことはどうでも良い。
「切った!? ここの木を!???」
もっと有り得ない!!
法律とか、そんな問題じゃない!
魔物を生み出す森の木は真っ黒で、誰も切れない。
ノコギリも剣も、魔法だって弾き返す。それが一般常識だ。
だからここは、罪人を処分する以外に価値がないと、放置されていた。
「大黒柱に良さそうな大木もあるのだけど、欲しいならあげるわよ?」
そんな常識をあざ笑うかのようにメアリが指差した場所には、巨大な木々が横たわっている。
その中には、樹齢が千年を越えそうな大物まであるように見える。
「わっ、ほんとに大きな木」
ゆっくりと近付いた少女が、木の表面をコンコン叩いてみる。
返ってくるのは、引き締まった弾力と、詰まりの良い音。
これを加工すればきっと、良い木材になってくれると思う。
「すごいですね。これなら立派な家が建てれま――、じゃなくて!!」
思わぬ物的証拠に流されそうになった少女が、もう1度、柵の2段目をバシバシ叩く。
そして不意に手を止めた。
「あっ……、よく見るとこれも魔の森の木……」
黒い幹は魔の証。
黒い幹を見たら、荷物をすべて捨てて逃げろ。
そこは古竜の縄張りだから。
どこの村にも伝わる言い伝えであり、真実だ。
所々に黒い表皮が残る柵から手を離した少女が、半身に成りながら、ビシッ! と人差し指を突き立てる。
「切り株はどこやったんですかー、とか色々ありますが、ズバリ聞きます! なんで生きてるんですか!!!!」
それが最大の疑問。
一般常識の1番外側。
最悪の処刑場である魔の森に追放されて、3日以上も生きているだなんて、異常だった。
それなのに、ゆったりとした椅子に平然と座り直したメアリは、何故かキョトンと首を傾げていた。
「え? 生きてたらおかしいの?」
「おかしいです! すっごくおかしいです!! 普通、死ぬでしょ! 魔の森ですよ!!」
フンス、と鼻息荒らく言葉を飛ばすも、メアリにはどこ吹く風。
ん――? などと可愛らしく顎に人差し指を当てながら、
「私、死んだ方が良かったかしら?」
なんて言葉を口にした。
その視線はただ真っ直ぐに、少女の姿をとらえている。
濁りのない、透き通る瞳が、目の前に見えていた。
少女の肩がピクンと震えて、視線がゆっくり落ちていく。
「そっ、それは……」
目の前にいる女性は、死んでいた方が良かったのか。
生きていたらダメなのか。
「……ぃ、ぃぇ。死ぬと悲しいです。良く、ないです」
それが正直な気持ちだった。
確かに死んでなきゃおかしい。でも、死んでたら悲しい。
「でもでも!!」
うう~~……、なんて声を漏らすも、次の言葉が見付からない。
答えのでない何かが、グルグルと頭の中を巡っていく。
――そんな矢先、
「柵を飛び越えなさい! 早く!!」
「へ?」
優雅に微笑んでいたメアリが、なぜか焦りを滲ませながら立ち上がっていた。
ふと感じたのは、身に迫る殺気。
ヒヤリとした物が額を伝って、背筋が凍り付く。
「りゅ、竜……」
振り向いた先に、喰い殺そうと迫る暗殺者の姿が見えていた。