〈36〉弟を迎えに
魔法の光を灯した大きなキノコを先頭に、メアリたちが魔の森を奥へと進んでいく。
相変わらず周囲は暗くて、魔法の光だけが頼りで、
双子王子を掘りに行った昨日と、何もかもが同じだった。
唯一違うのが、歩いた時間だけ。
もしかすると、進む方向も違うのかも知れないが、大きなキノコの背中を追い続けるだけのリリには、方向などわからない。
「メアリさまぁ! まだ行くんですかぁ?」
「えぇ、ここまで来たら、目的地までは もうすぐだから、もうちょっとだけ頑張ってくれるかしら?」
足を止めて振り向いたメアリが、疲れを感じさせない笑みを見せてくれる。
だけど、グッタリと歩くリリにも言い分があった。
「同じ言葉を聞いてから 30分は経ちましたよ! 全然 もうすぐじゃないじゃないですか!!」
と言うか、そもそもの目的は、弟を迎えに行くこと。
リリが直面している現状は、どう考えても不自然だ。
「どうして、魔の森を奥に進んでいるんですか! 弟を迎えに行くんですよね!? 王都から遠ざかってますよね!? 絶対におかしいですよね!?」
「あら、おかしくなんてないわよ? こっちの方が近道なの」
「近道?」
「えぇ、間違いなくね。なるべく早く弟に会いたいでしょ? 目的地に近付いたら、リリにもきっとわかるわ」
いつものように、ふふっ、と笑って見せた。
意味はわからないけどメアリの瞳は優しいままで、嘘を付いているようには思えない。
だったら、メイドは付き従うのみだよね!
そんな思いを胸に、リリがちょっとだけ離れていた距離を縮めていく。
「そういうことなら、事前に言ってください。やきもきします!」
「そうね、ごめんなさい。でも、たまにはこうやって散歩でもした方が良いのかも知れないわね。魔の森に来てからは、運動もあまり出来ていないでしょ?」
優しい笑みにほんの少しだけ陰りを浮かべたメアリが、お腹をさすって見せる。
ハッキリとは言葉にしないけど、リリにもその意味は十二分に伝わっていた。
「あっ、メアリ様もですか? そうなんですよね。魔の森にいると、美味しいものばかり出てくるので」
最近は二の腕のあたりが、こう……。
なんて言葉と共に、リリが力こぶの反対側を摘まんで見せる。
そして、グワリと目を見開いた。
「って、違うから!! ドラゴンが襲って来る散歩って、絶対に散歩じゃないですよ!? 死と隣り合わせの散歩なんて、絶対にイヤですから!! 早くなくても良いです!! 弟は逃げませんよ! 安全に行きましょう! 安全に!!」
メアリさまぁ!!!!
なんてリリが口にするけど、メアリはふふっ、と優雅に微笑んで、魔の森を先へと進んでいく。
「何が出てもマッシュが倒してくれるじゃない。それに……」
一度言葉を区切り、クルリと振り向いたメアリが、慌てて追い掛けたリリの口に銀色の果実を放り込む。
「可愛いリリがいるのだから、何が出て来ても大丈夫よ」
「…………」
もぐもぐ、ごっくん。
「相変わらず美味しいですけどね!」
このやり取りも何度目だろう。
チラリと背後を見ると、リトルドラゴンが8匹。青竜が1匹。
大きなキノコたちに背負われた本日の獲物たちが、ずるずると運ばれていた。
「こっちも、慣れましたけどね……」
はぁ、と小さく溜め息を吐き出して、リリがトボトボと歩き出す。
襲い来るリトルドラゴンを見たときは、“あっ、いつものヤツだ” としか思わなかった。
青竜を見たときは、“今日は焼き肉かな? ステーキ? シチューも捨てがたいよね” そう思った自分に愕然とした。
「ごめんね。お姉ちゃんは、人間として大切な何かを失ったみたいだよ……」
ふふ、ふふふ、と虚ろな瞳で呟きながら、足を止めたメアリの隣を追い越していく。
ーーそんなとき、
「っ!? なに、これ……」
溶岩のような物が胃の中を荒れ狂う。
喉がひりついて、上手く言葉が出ない。
息を吸うこともままならない。
だけど、
「なに、も、ない……」
涙で滲む視界で周囲を見ても、自分を見ても、
普段と違う物なんて、何もなかった。
でも、絶対に違う。
「だ、め……」
痛くて、熱くて、寒い。
逃げなきゃ、殺される!
この場から逃げなきゃ!!
本能がそう叫んでる。
「メッ、メア、リ、さーー」
「大丈夫。リリなら絶対に大丈夫よ」
不意に、視界がなにかに覆われて、耳元から優しい声が聞こえてくる。
「リリは私のメイドだもの」
それは、記憶の片隅に残る母のようで。
ずっと欲しかった、姉のようで……。
背中に添えられた手が、子供をあやすようにトントンと撫でてくれる。
「大きく息をすって、ゆっくりと吐いて……。うん、それでいいの。あなたの仕事は何かしら?」
どこまでも優しくて、懐かしい声。
「わたし、は……」
黒い葉に覆われている空だけど、いまだけはそれが、暖かく見える。
「メアリ様の、メイドです……」
感じていた暑さも、寒さも、すべてが消えて、
抱きしめてくれる温かさだけが、リリの中に残っていた。




