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〈31〉敬意と決意

 双子の王子様を掘り起こした翌日。


「大丈夫……。お姉ちゃんのも……、食べ……」


 むにゃむにゃ、と口を動かしていたリリが、差し込む朝日にぼんやりとまぶたを開いていた。


 未だに馴れない天井を見上げて、クスリと肩を震わせる。


「幼い2人を見た日に、弟の夢を見るなんて、ほんとバカみたい。メイドの頂はまだまだ遠いよ、ってことなのかな」


 ふふっ、と笑ってみるけど、メアリ様の優雅さには、ちょっとだけ届いていないと思う。


 双子王子のような元気も、弟のような可愛さも、たぶん足りてない。


「もっと頑張らなきゃね」


 最高のお手本が近くにいるのだから。


 そんな思いを胸に、リリはふかふかな掛け布団を押し上げた。


 大丈夫、あの頃には戻らない。

 メアリ様は優しくて、信用出来る雇い主だ。


 弟と2人で飢えをしのぐ未来は、もういらない。


「大丈夫。きっと大丈夫!」


 もうすぐ迎えにいけるから。


 そしたら、この大きな家で、美味しいご飯を2人で、お腹いっぱいになるまで。


 よし! と自分に声をかけたリリが、大きく息を吸い込んで、朝の空気を噛み締める。


「スカートはふわりと可愛いくして。腰のリボンは、全体のバランスを見ながら……」


 メイド長に教えてもらってから、幾度となく繰り返した言葉と共に、リリが仕事着に着替えていく。


 さすがに姿見なんてないけど、何百回と繰り返した動作だ。


 姿見はあった方がもちろん良い。だけど、なくても無理じゃない。


「うん、これで大丈夫」


 クルリと回って、肩越しに背中もチェックする。


 今日からはメアリ様だけじゃなくて、2人の王子様も一緒だ。


 出会った時の印象は悪かったけど、あの2人なら、たぶん大丈夫。


「ドワーフの王子様って言っても、弟みたいだからね! 気楽に行こ! 大丈夫、大丈夫!」


 本人に言ったら怒るから言わないけど、可愛い子は嫌いじゃないし。


 さてと、今日もメイドらしく頑張りますか!


 よいしょ、と気合いを入れて、玄関のドアをガラリと開けた。


 感じるのは、肌寒い朝の香りと、水平に照らす太陽の光。




 

「おい、誰が弟みたいだって?」




「う゛ぃ゛!???」



 何故だろう。清々しい朝に相応しくない、ドスの利いた声が聞こえた気がする。


 残念だけど、とても不機嫌そう。


 ドキリと心臓が跳ねて、嫌な予想がリリの脳内を流れていった。


「あはは、気のせい、気のせい!」


 そう自分に言い聞かせるけど、額に冷や汗が浮かんで止まらない。


 ギギギギギー、と恐る恐る下を向くと、くりくりとした瞳にやんちゃな口元が見えていた。


 幻術でもなんでもない、どう見ても本物。


「シラネ、王子……」


 いやいや、早くない!?

 この子、早起きし過ぎじゃない!?


 王子様って、昼過ぎまで寝てるんじゃないの!?


 ってか、何でこんなところにいるのよ!???


 そう叫び声たい思いを胸に、リリはギュッと両手を握り締めた。


「えっと……、あのー……」


「あん?」


「ひぅ!?」


 可愛らしい瞳と視線が交わるけど、イライラしているように見えるのは気のせいだろうか?


 左手に握り締めているノコギリは、何に使うのだろう?


 人を切るため、じゃないと思いたい!


ーーそんな時、


「ねぇ、兄さん? なんでリリ先輩を睨んでいるのさ」


 不意に、ロマーニ王子の声がした。


 ドアの影からロマーニ王子が姿を見せて、シラネ王子の前に割り込んでくれる。


 そのまま素早く手を伸ばして、シラネ王子の頬を両手で挟み込んだ。


 むぎゅぅ、なんて声が漏れ聞こえるけど、痛くはないと思う。


 ってか、何してるの?


「昨日の話。ちゃんと覚えてる?」


「あん!? ……ちっ! わかったよ。悪かったなリリ姉さん」


「…………へ??」


 リリ姉さん!???


「何がどうしたの!? 悪いものでも食べちゃった!? もしかして、メアリ様に怪しい薬でも飲まされたの!???」


 なんて、思わず心の声が漏れていた。


 慌てて両手で口を閉じたリリを後目に、シラネ王子がクルリと背を向ける。


「あー、なんだ……。悪かった、と思ってる」


 表情は見えないけど、耳も首筋も真っ赤に染まっていた。


「えっと、え?? わっ、ちょっと!???」


「うるせぇ、敬意だ!」


「へ?? え? へ????」


 意味もわからないうちに、シラネ王子が走り去っていく。


 くくく、はははははは! と、膝をバシバシ叩きながら、ロマーニ王子が楽しげに笑っていた。


 いや本当に、何がどうしたのよ?

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