〈30〉新天地のふたり
大きなキノコたちに運ばれた先に見えたのは、柵に囲まれた明るい場所。
「今日はもう遅いわね。詳しい話は明日でも良いかしら?」
そう言って微笑むメアリと分かれたロマーニ王子は、寝床として貸し与えられた小屋の扉をくぐっていた。
柵の中心に立つリリの家や、最奥に立つメアリの家に比べると、粗末な物だが、眠れる場所があるだけありがたい。
そんなロマーニ王子の思いとは裏腹に、肩を並べたシラネ王子が、唇をとがらせながら天井の梁を見上げていた。
「ふん! 犬小屋だな。黒木の使い方がなってねぇ。堅い木の良さが全く生かせてねぇ」
苛立たしげに舌打ちをして、悪態を付く。
たぶんだけど、貸してもらっているという立場を理解していない。
それに、
「ねぇ、兄さん。僕らは、黒木で小屋を作るどころか、丸太にすら出来なかったよね? 黒木、切れなかったよね?」
「ふん! そんなことは忘れた!」
いや、忘れたって……。
ドワーフの誇りにかけて切ってやる! って、半日頑張ってたの、兄さんでしょ……。
「俺なら、こんなもったいない使い方はしねぇ! すごい物にしてやれる!」
「……まぁ、そうだね。兄さんなら」
次期国王として認められた兄なら、この難しい木を組み合わせて、最高の物を作れるのだろう。
僕には出来ないけど、兄さんなら。
そんな思いを胸に秘めながら、マローニが敷かれていた布団にポスンと寝転んだ。
疲れがあふれだす体を上向きにして、低い天井目掛けて右手を伸ばす。
「兄さんに助けられてからは、どうなることかと思ったけど。運が、良かったのかな」
森の中を逃げて。
追っ手や、魔物をやり過ごして。
隠れた土の中で、食料が尽きて。
それでもこうして生きている。
「運じゃねぇだろ。実力に決まっている。お前の知恵のおかげだ」
「……そうだね。そうだと良いね」
寝返りを打つように転がって隣を見ると、隣に寝ころんでこちらを向いていた兄が、慌てて背を向けていた。
自分の方が年上だから、立派な漢だからと、常に前を歩いてくれた、小さな背中。
その背中をじっと見詰めていると、不思議な何かが体の中を上がってくる。
「なんで、助けたのさ……」
多分だけど、これで本当に逃げ延びた。
メアリさんもリリさんも、あの大きなキノコたちも、
ここに住む全員が、あり得ないほど強い。
彼女たちの庇護下に入れば、間違いなく生き延びれる。
双子の落ちこぼれだからと殺されるだけだった運命から、本当に逃げ延びてしまった。
ホッとした思いと共に、兄や祖国の未来を邪魔した罪悪感が湧き上がってくる。
嬉しいのか悲しいのかもわからない涙が、視界をゆがませていた。
「兄さんが国王になれば、きっとーー」
「あん? 馬鹿がお前は。別にロマーニを助けた訳じゃねぇよ。あんな馬鹿な奴らの王になるより、お前といた方が100倍楽しいに決まってるだろ」
本音が半分、同情も半分。そんな感じだと思う。
だけど、2人でいた方が楽しい、って言う気持ちは痛いほどわかる。
産まれる前から一緒にいた、双子だから。
「……そっか、そうだね。これから、どうしようか?」
「決まってる。お前が設計して、俺が作る。ずっとそうだ」
「2人で最高位をこえる、か……」
鍛冶や建築の技術は遠く及ばなかったけど、設計だけは兄を越えられた。
たぶんだけど、自惚れじゃない。そのための努力も続けていた。
2人で作り上げれば、2人で一流になれれば。
そんな願いもあったけど、結局、国を認めさせることは叶わなかった。
だけど、まだ遅くない。2人とも、生きている。
「ねぇ、兄さん。僕はメアリさんたちと一緒に、ドワーフを超える国を作ろうと思うんだ。おもしろいと思わない?」
問い掛ける言葉に、小さな肩が揺れる。
顔は見えないけど、何となくわかる。
兄さんは今、漢らしい笑みを浮かべてる。
「たしかに、暇潰しにはなりそうだ」
「でしょ? それにさ。多分だけど、この土地と、リリさんの家の場所は、偶然じゃないと思うんだよ」
「あん? 場所? どういうことだ?」
あぁ、やっぱり気付いてなかった。
でも今は、この気持ちを何かにぶつけたい。
「説明は後で! 先に大まかな設計図を描くよ!」
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出していく。
使い慣れた道具たちを傍らに寄せる。
口元に楽しげな笑みを浮かべて、紙の上に黒い線を走らせた。




