〈28〉2人の王子さま 3
「兄さんがご迷惑をおかけしました。第2王子であるボクの謝罪をもって、水に流して頂けると嬉しく思います」
そんな言葉と共に、男の子が膝を折って、額を地面に押しつけた。
10歳くらいの男の子が、這いつくばる姿に、リリの心臓がドキリと跳ねる。
だけど、その姿以上に気になる言葉があった。
「第2王子!?」
同じ顔で、王太子を兄さんと呼んでいるから薄々は感じていたけど、やはりこの子も王子様らしい。
リリが驚きに目を見開いていると、小さく顔をあげた第2王子が、優しそうに微笑んで見せる。
「申し遅れました。ボクの名は、ロマーニ・ケイスブルナル。ロマーニって呼んでもらえますか? 兄はシラネ・以下略ですので、シラネって呼んであげてください」
「はぁ!? 以下略!? ロマーニ、それはあまりにもーー」
「ねぇ、兄さん。誰が喋って良いって言ったのかな?」
不意に、ロマーニ王子の顔が ぐりゃん と後ろを向いた。
「ボクはそんな許可、出してないよね? 違ったかな?」
「ひっ!!」
次第に王太子ーーシラネ王子の顔が真っ青になって、ガタガタと震え始める。
リリたちからは、髪が邪魔でロマーニ王子の顔は見えないが、おそらくはすごい表情を浮かべているのだろう。
シラネ王子の首が有り得ないほど速く 動いていて、見えていなくても、その恐怖が伝わってくる。
「えっと! あの!」
頭をあげてください!
そんな言葉を飲み込んだリリが、ハッと背後に視線を向けた。
今更ながら、自分がメイドであることを思い出して、メアリの側へと歩み寄る。
そんなリリの肩に手を乗せて、お疲れさま、と小さく口にしたメアリが、数歩だけ前に出て行く。
彼女の唇が、いつもより緩んでいるように見えるのは、気のせいだろうか?
「ロマーニ殿下と、シラネ殿下ね? 彼女の主である私、メアリが、その謝罪を受け入れます。面をあげてください」
「寛大なご配慮、ありがたく」
素直に立ち上がったロマーニ殿下は、心の底から、ホッとしているように見える。
だけど、そんな彼の目は、真っ直ぐにメアリだけを見続けていた。
幼い少年とも、獣とも違う、吸い込まれそうな瞳。
不思議と、大店を任された若き商人を思い起こさせる。
「あら、良い目ね。ロマーニ殿下とは、良いお話が出来そう」
「そうなのですか? ボクに自覚はないのですが……。でも、退屈はさせないと思いますよ」
「そう、それは良かった」
メアリが口元に手を当てて、ふふふと微笑む。
対するロマーニ王子も、真っ赤な舌先で唇を湿らせて、楽しげに笑っていた。
何というか、2人ともすごく怖い。
「リリ、マッシュ。準備をお願い」
「「「きゅっ!」」」
「えっ? あっ、はい! わかりました!」
反射的にそう答えたリリだったが、イマイチ状況がわからない。
準備って、なにの!?
などと思っていると、
「きゅ!」
「あっ、ありがと」
大きなキノコが、何時もの紅茶セットを渡してくれた。
カップは4人分。
メアリとふたりの王子様、残る1つはリリの分だろう。
「あっ、私も参加するんですね」
なんて答えているうちに、どこからとなく机と椅子が運ばれて来た。
四つ角から全体を照らすように、魔法の光が浮かび上がって、即席の会議室が出来上がる。
「おぉー」
「これは、すごいな」
あまりの早業に、不機嫌だったシラネ王子も、驚きの声をあげていた。
「どうぞ、こちらにお座りください」
面目躍如、とばかりに、リリが香り高い紅茶を注いでいく。
ロマーニ王子に、シラネ王子、メアリと、リリ。
それぞれの前に紅茶が行き届いて、
「さてと、商談をはじめましょうか」
メアリが楽しそうに微笑んでいた。




