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〈1〉解放された日

お付き合い頂けると幸いです。

 婚約破棄を言い渡されて、断罪も終わった、その日。


「早く進め、クズが!」


 公爵家の令嬢であるメアリは、手錠をはめられた状態で、真夜中の王庭を歩かされていた。


 元婚約者である王太子に腕を引っ張られながら、メアリは、ふと、背後に目を向ける。


「……あら? あそこにいるのは、男爵令嬢のマリリンよね? 今日もどなたかとデートかしら?」


「なんだと!?」


 吸い寄せられるように視線が逸れていき、メアリは淡いドレスの端に隠し持った目薬を目元に近付けた。


 手錠のせいで動かしにくい両手をうまく使って、瞳に潤いを貯めていく。


 腰まである長い髪を夜風になびかせながら、より大粒の涙へと。


「どこだ? どこにマリリンが!?」


 なんて言葉と共に、血走った目を暗闇に向けているけど、こんな場所に男爵家の令嬢がいるはずもない。


 夜の王宮に入れるのは、王族とその親族のみ。


 元婚約者である王子様は、そんなことすら思い当たらないみたい。


 恋は盲目なんて、良く言ったものよね。


 そんな事を思いながら、メアリは目元をじっとりと濡らしていく。


 出来るだけ弱々しく見えるように。

 王子の自尊心を刺激するように。


「あら? 気のせいだったのかしら?」


「……きさまぁ!!」


 怒りに燃えた声と共に拳が飛んできて、力の限りに肩を突き飛ばされた。


 芝生の上をゴロゴロと転がっていくけど、元婚約者の行動を予想して自分から横に飛んだから、肩はそんなに痛くない。


 落ち葉や土などが、髪に付いていると思うけど、今はそのままにしておいた方が都合が良かった。


「ふざけた事を言いやがって!!」


 怒号が響くけど、二回目はない。


 弱々しく見えるようにゆっくりと顔を上げると、予想通りに、肩で息をする王子の姿が見えていた。


 突然、元婚約者の唇がニヤリと吊り上がって、楽しげな言葉が紡がれる。


「今更泣いても遅いんだよ、クズが!」


 どうやら、目薬の仕込みに気付いたらしい。


 どう見ても、作戦は成功。


 クズ王子は、弱々しいメアリの姿を見て、楽しくなってくれていた。


「お前みたいなヤツに禁固刑なんて生ぬるい罰は取り消しだ! 俺の権限で国外追放にしてやるよ!」


 なんて言葉が飛んでくるけど、それも想定内。


 そもそも、貴族用の牢屋は城の地下にあるのだから、禁固刑なら王庭を歩くはずもなかった。


 相変わらず、楽しくなると良く回る口よね。


 そんな思いは顔に出さず、メアリは地面に倒れたまま、出来るだけ大きく目を見開いた。


「そっ、そんな! 先ほどの裁判では禁固刑だと!!」


「ふん、そんなもの知ったことか」


 鼻を大きく膨らませて、バカな王子がニヤリと笑う。


 誇らしげに胸を張りながら、パチンと指を鳴らして見せた。


 ギシギシと揺れる音が近付いて、目の前に小型の馬車が停車する。


「この馬車に見覚えはあるかな?」


「え? これって」


 予想通り(・・・・)、王国が誇る高速馬車だ。


「お前は魔の森に追放だ!」


 くくく、くははははは!


 なんて声が、真夜中の王庭に木霊する。


 その耳障りな音を右から左に受け流して、メアリが小さく肩をすくめた。


 艶のある髪をさらりとかきあげて、冷ややかな視線を向けてみる。


「よかった。あなたが最後まで、バカで」


「なんだと!? おい!」


「さようなら」


 彼にほんの少しでも見所があるのなら、国のために頑張ろうかな、なんて思いもあった。


 だけど、もう、十分。


 パタパタと落ち葉を払ったメアリは、迷いのない足取りで、馬車に乗り込んでいく。


「負け惜しみを言いやがって! 竜に食われながら後悔しろ!」


「あなたこそ、手遅れになって後悔するのね。あなたの政策は、物事の一面しか見えてない。まずはそれを理解しなさい」


 民に媚びるだけの政治なんて、無駄でしかないわ。

 そんな言葉と共に、ドアをパタリと閉じた。


 目の前に並ぶのは、事前に積み込んでいたメアリの私物たち。


 決意よし。荷物よし。魔力よし。


「それじゃぁ、行きましょう。パジャマに着替えるから、覗き窓を閉じるわね」


「ぇ? あっ、はい……。……え??」


 戸惑う御者を横目に着替えを始めたメアリを乗せて、馬車が真夜中の街道をゆっくりと走り始めた。


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