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黒い翼  作者: 高山小石
3/5

3.さがしもの

 俺はジョイから屋敷の場所を聞いた。俺の屋敷の近くだった。知っている場所だしここから歩くには遠いので、近くまで瞬間移動することにする。

 ジョイと俺は向かいあって、両手の指をからめて胸の前でしっかりと繋いだ。自分以外の物を移動させるには、それなりに密着しないと成功しないのだ。指を絡めるのはちょっと照れるけれど、抱きしめるよりはマシだ。

「行くよ」

 ぎゅっと結んだ小さな唇を見たと思った次の瞬間、俺たちは隣町に来ていた。

 自然公園に飛んだから人目にはつかないはずだ。木陰に身を隠しながら俺たちは静かに移動した。

「この向こうよ」

 ジョイが公園に面している屋敷の塀の一部を指した。なるほど。高い塀だ。

 俺は先ほどと同じようにジョイと手を繋ぐと、ジョイと自分を持ち上げた。暗がりを選んで塀を越えると、ほっと息をつく間もなく犬の気配がした。

 俺が低くうなると、あちこちから返事がきた。

 ジョイは元々この屋敷に住んでいたのだから、本来なら犬に守られる立場だ。犬から話を聞くと、どうも現在はジョイも敵だと教えられているようだ。俺たちを見逃す交換条件を色々提示したところ、犬たちはジョイを覚えていて、見返りはいらないと答えた。ジョイは良い主だったのだろう。

「大丈夫。こっちだ」

 広い庭を越えて、ようやく屋敷に近づけた。

「あそこが私の部屋よ」

 ジョイは三階の窓を指した。大きなバルコニーがあるので、瞬間移動で行けそうだ。

 俺たちはまた手を繋いだ。

 バルコニーには大きな窓があった。当然、鍵が掛かっている。見たこともない鍵で、開けられそうにない。ジョイに聞いても、新しい鍵のようで、開け方がわからないと答えた。部屋の中に瞬間移動すれば良いのだけど瞬間移動は力の消耗が激しい。帰りのことを考えると、今は使いたくない。最初から部屋の中に入れば良かったのだろうけど、見たこともない知らない場所に瞬間移動することはできないのだ。窓を割るとうるさいし、どこか別の部屋から入るとなると、人目につく危険が出てくる。どうしようか。

 立てつづけに能力を使った疲れからか、考えがうまくまとまらない。

「ねぇ、猫ともお話しできる?」

「いればね」

「呼ぶから待ってて」

 ジョイが身につけていた小さなブレスレットの一部を開くと、鈴が出てきた。

 ちりりり ちりりり

 かすかな振動を何度か繰り返すと、部屋の中から、なぁんと猫の鳴き声がした。

「シャール」

 ジョイは窓にはりついた。シャムネコは窓の向こう側から、しきりにジョイを呼んでいる。どこに行ってたの? 早くこっちに来てよ。撫でてよ。遊ぼうよ。

 俺が低く鳴くと、シャムネコは仕掛けを外して、鍵を開けてくれた。

 飛びついてきた猫をあやしながら、ジョイは笑う。

「ありがとう。シャールはとっても賢いわ。ねぇ、なんて言ってるの?」

「ふん。もっと撫でろってさ」

 俺はわからないほうがありがたかった。シャールときたら、喉を鳴らしながら、ジョイは誰にも渡さないだの、ジョイの父親をどこへやっただの、俺の話を聞こうともせず、ひたすら文句を言っている。最近、質が下がった飯の文句まで俺に言わなくてもいいと思うぞ。

「で、お金は?」

「あったわ。これだけあれば、しばらくは大丈夫」

「じゃあ、戻るぞ」

「うん」

 ジョイは名残惜しそうにシャールから離れた。シャールの抗議の声が上がる中、俺たちは手を繋ぐ。一息に教会に戻ろうとしたけど、目標の教会から少し離れた街角までしか飛べなかった。

「ごめんっ。ちょっと……限界」

 こんなに能力を使ったのは、あの時の暴走以来だ。あの時は、力尽きるまで、部屋を屋敷をめちゃくちゃにした。あの時から考えると、力を使う目標が定まるようになっている。教会でこき使われているのも無意味ではないようだ。

「ここまでで十分よ。後は歩けるわ。でも、ちょっとだけ、休憩してもいい?」

 俺を気遣っての言葉だったので、素直に頷いた。

 荒い息を整え、カスカスになった頭を液体で満たすイメージをとる。能力が使えるといっても万能じゃない。本当は、能力のない人が思うほど能力を使えることに大した意味なんてないんだろう。だって、能力を持たない誰もが、普通に毎日を送れているんだから。

 いつの間にか、時刻は真夜中を過ぎて明け方近くになっていた。もう少しすれば、朝の支度が始まりそうだ。それまでに帰らないと。

 静まった街に、小さな川が流れている音だけが聞こえる。闇に慣れた目が、その川縁に座っている子供を見つけた。俺たちよりも幼い子供だ。

「こんな時間に何してるの? 朝になる前にお家に帰らないと、お父さんとお母さんが心配するわよ」

 ジョイは迷いなく子供に近づいて声をかけていた。

「家に帰りたくないんだもん」

「どうして?」

「父さんはどっか行っちゃった。母さんはびょうきでねたきり。たべるものもクスリもないから、びょうきはわるくなるばっかり。ぼく、おなかすいたけど、どうしていいか、わかんなくて……」

 嗚咽が響く。ここいらではよくある話だ。なんだかんだ言っても、ご飯を食べられて生きていられる俺たちはまだ恵まれている。

「これ、あげるわ。陽があがったら、これでお母さんの薬と、食べ物を買いに行くのよ。買い物できる? わからなかったら、東にアンっていうお医者さまがいるから、アン先生に話せばわかってもらえるわ。そうすれば、お母さんも元気になるわよ」

「ほんと? ありがとう! おねーちゃん」

 子供は勢い良く立ち上がった。

 って、子供が手にしている袋に入っているのは、今とってきたばかりのお金じゃないのか?

 走りかけた子供が、振り返って言った。

「あのね、ぼく、ずっとカミサマにもんくいってたけど、きょうはありがとっていうよ」

 大きく手を振って、子供は家へと走っていった。そこは神様じゃなくて、ジョイや俺に感謝するところじゃないのか? 俺は不満に思ったけれど、ジョイは満足そうだ。

「良かった」

「良くない。子供に渡したのって今とってきたお金だろ? あげるにしても、全部あげなくても良かったのに。どうするんだよ? 早く父親を探しに行くんじゃなかったのか? 本当は、父親の行方も知らないんだろ?」

 言い過ぎたかな、とちょっと口調を和らげた。

「まぁ明日また取りに行けないこともないし。別に、父親を探しに行かずに、ずっと教会にいてもいいけど」

「……私、怖いの」

「怖い?」

 唐突な言葉に俺の思考が止まった。

「父様が本当に私のこと捨てたんだとしたら、私、父様を見つけても喜んでもらえない。どうすればいいのかわからないの。父様に会いたいけど怖い。このまま会えないほうがいいのかもしれないなぁって」

「なに言ってるんだよ。だいたい、おまえに捨てられる要素はないだろ?」

「あるの」

「それは何だよ? 能力、ここまで付き合った俺にも、教えられないのか?」

「…………」

 ジョイは口を閉ざした。もう一度見た(・・)けど、なぜかジョイの能力に関しては俺にも読め(・・)ない。

 俺はジョイと一緒に行動しながら、どこが異常なのか考えていた。今のところ、ジョイは異常どころか犬にも猫にも人間にも優しい。いったいジョイのどこに捨てられる要素があるって言うんだ。

「ジョイ? もしかして、そこにいるのはジョイかい?」

 暗闇から、ふぬけた声が聞こえた瞬間、ジョイが笑顔になった。

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